番外編:とあるさらわれた少年の話
1
二年前のとても寒い日に、母ちゃんはボクらを残して亡くなった。
ちいさいボクらのため自分はほとんどなにも食べずに仕事をしてたせいだ。それで母ちゃんは体をこわして死んでしまった。
母ちゃんがいなくなってからは、村でいちばんえらい人の畑をたがやす仕事をもらって、ボクらは牛小屋に住むことになった。
毎日のごはんは、ぱさぱさになったかたいパンとうすく色のついたスープがちょっとだけ。
ボクはいつも妹といっしょにおなかをぐーぐーならしてたけど、雨や風をしのげる場所にいさせてもらえるだけボクらはまだマシなほうだったと思う。
「さっさとここから出て行け、ウジ虫ども!」
でも、そんな生活もとつぜん終わりがやってきた。
よくわからないけど小麦や野菜がこれまでどおりの値段で売れなくなったとかで、これからはたくさん作物をそだてる必要がなくなったらしい。
村のいちばんえらい人はそのせいでとてもおこってて、荷物をまとめてたボクの背中をいら立ってけったりもした。
「おにぃちゃん……」
「心配するな。お兄ちゃんがぜったいになんとかしてやる」
牛小屋からも村からも追い出されたボクらは、近くの別の村や街を流れながら王都を目指した。
人がたくさん住んでる場所のほうがちゃんとした仕事にありつけると、前に村にやってきた商人さんが教えてくれたから。
壁に囲まれた王都は安全で、女王さまのおかげでおなかをぐーぐーならしてる子供もいなくて、みんながしあわせにくらしてる。
そんな夢みたいなところだって。
「資格のない者に入場は許可できない」
でも、門の兵隊さんからボクらは中に入れられないと断られてしまった。
「おにぃちゃん、あっち」
「……ん?」
「人がいっぱいくるよ」
「ほんとだ。あっちには大きな街はないはずなのに。みんな、どこからきたんだろ?」
妹と壁の前でとほうにくれてるとだった。たくさんの馬車と人が西に行き来してることに気づいた。
ちょうど馬車に乗ろうとしてた御者さんにきくと、この先にある〝モグラの抜け穴〟を進めば、その先にはアリスバレーという王都よりも豊かな街があるらしい。
「今さっき積み荷を降ろしてな、これから俺も帰るところだ。荷台も空いてるし、よかったら乗ってけ」
親切な御者さんの馬車に乗って、ボクらは長い地下の道を抜けた。そして、その日のうちにアリスバレーに到着すると、ボクは仕事をさがした。
豊かな街なら働ける場所はいっぱいあるはずだ。まずは大きな塔を道しるべに街の中心に向かった。
「先月からウチは人手に困ってなくてな――」
「流れ者のガキは雇えねぇよ――」
「あ、ここで働きたい? ははっ、もう少し大きくなって出直して来いや、坊主――」
でも、ボクのような子供を働かせてくれるようなところはなくて、お願いした先々で断られてしまった。
「おにぃちゃん、もう、歩けない……」
三日前からボクらは雨水ぐらいしか口にしてなかった。
妹はもう動けなかったし、ボクもかなりフラフラだった。
塔のある街の広場ではたくさんの小さなお店が出てて、焼いたお肉のこうばしい匂いが風に流れてきていた。
「………………」
「おにぃちゃん?」
「……少し、ここにいろ。お兄ちゃんがごはんをもってきてやる」
その日、ボクは生まれてはじめて盗みを働いた。
母ちゃんにはどんな理由があっても、人を傷つけたり、人の物を盗ってはいけないと教えられていたけど、ボクは、それをやぶった。
2
しばらく働ける場所をさがしてたけど、毎日盗みをくりかえしていると、そのうちそっちが本当の仕事になってしまった。
すでに屋台や市場では目をつけられていることもあって失敗も増えてきた。
一度、大人たちから袋叩きにあって体中をアザだらけにされたこともあって、ボクは盗みを働く場所も慎重に選ぶようになっていた。
人の多い時間と場所。
失敗したとしても痛手が少ないところ。
いろんな条件の中から毎日、盗みを働くお店を決める。
その日はアリスバレーで一番大きなお店を選んだ。
まるい土の人形が見張ってて、これまで何度も失敗しているところだけど、お店の人が甘いからいつも口で怒られるだけで許されていた。
失敗したときの危険が少ないし、もしこのお店での盗みが成功すれば、これからはもっと妹にごはんを食べさせることができるかもしれない。
そんな希望もあって、ボクはいつもより慎重に盗みを働いた。
でも、結果はいつもと同じであっけなく失敗に終わった。
「はい、これあげるから今日は帰って。だけど、もう二度と盗みなんて――」
お店のえらい人らしき赤い髪のお姉ちゃんがイモをひろって差し出してくれた。瞬間、ボクは急いでその場から逃げ出した。
落ち着いたあとでよく考えてみると、これまでも失敗して注意だけですまされたことはあったけど、盗んだ品物をくれたのはその赤い髪のお姉ちゃんが初めてだった。
あの人なら事情を話せば、あのお店で働かせてくれるかもしれない。
でも、そんなの今さらだった。ボクはもうなんども盗みを働いて、やってはいけないことを毎日毎日くり返し続けていた。
何があろうと、もう一生この生活は変えられない。
今さら後戻りなんてできなかった。
「……だいじょうぶ?」
ボクたちのような流れ者が集まる壁際のたまり場で、もらったイモを煮てスープにしているとだった。妹が悲しそうにボクを見てた。
「うん……」
大丈夫だと言って妹を安心させてあげたかったけど、ボクの声はふるえていたと思う。
ごはんは、いつもより味がしなかった。
3
子供を狙った人さらいが出没している。
最近、スラムではそんなうわさが広がっていた。
しかも、お金持ちの子供を狙うんじゃなくて、ボクたちみたいな行き場のない孤児ばかりをさらっていくんだとか。
だからといって街に行かないわけにもいかない。
でも、妹はまだ小さいし、もし人さらいが目の前に現れたらボクが全力で守ってみせる。
――バサッ!
そんな決意の中、街に到着していきなりのことだった。人さらいは目の前からではなく、とつぜんボクたちの背後から現れた。
大きなアミを持ったまるい土の人形がまずはそれでボクをつかまえると、続いて別のやつが素手で抱えるようにして妹をつかまえた。
「はなせっ!」
ボクたちはそのまま抵抗すらできず湯気が出てる建物まで運ばれると、そこにいたあの赤髪のお姉ちゃんの前に立たされた。
子供を狙う人さらいの正体。
それが誰だったのかを理解したボクは妹だけは見逃してほしいとお願いしたけど、赤髪のお姉ちゃんは「えっと、とりあえず説明はあとでするから」とだけ言って、湯気の出てる建物の中に入るようボクらに命じた。
入口は二つにわかれていて、妹とはそこで離れ離れになってしまった。
中に入ると同い年くらいの子にここで服をぜんぶ脱ぐよう言われて、中で全身をきれいに洗うよう言われた。
石けんの泡で汚れを落として湯船につかってるあいだ、同じくさらわれたらしき子供たちが新しく何人も入ってきては、同じように体をきれいに洗っていた。
「――おにぃちゃん!」
ふかふかの布で体をふいて用意されたあたらしい服に着がえて外に出ると、妹とはすぐにまた会えた。
近づくと同じ石けんの匂いがした。どうやら中で同じ指示を受けたらしい。着たきりのボロ布ではなくて、妹も女の子が着るひらひらのあたらしい服になっていた。
しばらくすると、さらわれた子供たちはみんな集められて、ざわざわするくらいの人数になった。
「ゴーレムたち、今日はかなりがんばってますね。これで男女合わせてちょうど三十人目です」
「エミカ、そろそろいいんじゃねえの?」
「だね。あんまここで待たせたらみんな湯冷めしちゃうだろうし、第一陣はこれで」
赤髪のお姉ちゃんが並んでついてくるよう声をかけると、それから道に止まってたいくつかの馬車にわかれて乗りこむよう全員に命じた。
まるい土の人間がたくさん見張ってたこともあって逃げ出すような子供はいなかった。ボクも妹のそばから離れないようにすることだけで、そのときは頭がいっぱいだった。
ボクたちが乗りこんだ馬車は街の中心から東に向かってしばらく進むと、やがて大きくて高い建物の前で止まった。
となりにも同じオレンジ屋根の大きな建物があって、何もないはらっぱにその二つはなかよく並ぶようにして建っている。馬車からおりた子供たちは建物を見上げるように、ボクと妹もふくめてみんながみんなポカンと口を開けていた。
「ここが今日からみんなが住む場所だよ!」
赤髪のお姉ちゃんはいきなり大声で元気よくそう言うと、ボクたち全員を連れて二つの建物の中を案内した。
ボクらが住む建物が〝宿舎〟で、となりが〝学校〟らしい。
どっちもまるで昨日建てられたばかりのようにあたらしくて、どこも広くて真っ白できれいだった。
「男の子と女の子で階をわけた上、相部屋って形にはなるけど、あとで宿舎の部屋を割り当てるからおのおの自由に使ってね。それに食べ物も着る物も十分に用意してあるから」
連れてこられたまわりの子供たちはみんなおどろいたり喜んだりしていたけど、ボクはそれを聞いてさらに不安になった。生まれた村ではあれだけ毎日きつい農作業をしても、少しのパンとスープしかもらえなかったからだ。
これだけ広くてきれいな家に住める。さらにはごはんもおなかいっぱい食べさせてもらえるとなると、一体どれだけの仕事をやらされることになるのか。
ボクには想像もできなかった。
だから、素直に赤髪のお姉ちゃんに質問した。
「ボクらは、何をすればいいの?」
「あっ、ごめんごめん。まだ肝心なことを説明してなかったね」
赤髪のお姉ちゃんは指を二本立てたあとで言った。
「ここに住む条件は二つだよ。一つ、悪いことはしない。二つ、学校で勉強すること」
「……それだけ?」
「うん、それだけ」
4
それからすぐにあたらしい生活ははじまった。
学校では先生たちからいろんなことを教えてもらってる。文字の読み書きから算術や魔術、この世界のことまで。
むずかしい勉強もあるけど、教えてくれる先生はみんなやさしくてどの授業も楽しい。
似た境遇の子ばかりで同部屋のメンバーとはすぐになかよくなれたし、同じ教室でよく顏を会わせる子たちとももうすっかり打ちとけた。
男女で部屋が別々だから妹と離れ離れになる時間が多いのは少しだけ不安だけど、同じ授業を受けることも多いし、昼ごはんと夜ごはんの時間はいつも一緒にいられる。
あたらしいこの生活に不満なんてない。それは、ここにいるすべての子供たちが思っていることだと思う。さらわれてよかったなんて思うのは変だけど、ここにいればもう盗みを働く必要も、飢えに苦しむ心配もないのだから。
ボクは生まれてはじめて今、心の底からしあわせだった。願わくば、この時間が長く、できればずっとずっと続きますように。
「アリスバレーみたくダンジョンがある地域だと、子供たちはみんなこんな生活をしているの?」
授業にも慣れてきたある日のこと。
ダンジョンの授業が終わった休憩時間中、ボクはとなりの席の女の子と話をしてた。女の子が自分の故郷の近くにもダンジョンがあったと教えてくれたので、ボクは気になっていたことをきいた。
「ううん、そんなことないよ。今わたしが住んでる村も、この学校と同じでエミカお姉ちゃんが作ってくれたの。だからね、わたしたちがこうやって何不自由なく暮らせてるのは全部、ダンジョンじゃなくてエミカお姉ちゃんのおかげなんだよ」
そのエミカという人が、あの赤髪のお姉ちゃんであることをボクはもうすでに知っていた。
そうか。
やっぱりあの人は、最初に思ったとおりの人だったのか。
「エミカお姉ちゃんはね、すごく強くてかわいくて面白いんだよ♪ ねね、エミカお姉ちゃんの話、聞きたい!? 聞きたい!?」
「え? あ、うん……」
そのあとボクはとなりの女の子から赤髪のお姉ちゃんの武勇伝をたくさん聞かされた。それは勇敢でかしこくて、ときどきドジな英雄の日常譚。ボクは最初こそ女の子の勢いに押されていたけど、すぐに話に入りこんで感化された。
ここで勉強を続けていけばいつかボクも、その物語の英雄のような弱い立場の人を救える側の人間になれるんだろうか。
一度ならず、何度も盗みを繰り返してしまった、このボクであっても。
届かないかもしれない。
叶わないかもしれない。
とても不安に思う。
それでも、すぐに気づいた。
だからといって、それが目指さない理由にはならないことに。
生まれて初めてだった。そこでボクの中で、人生における目標と呼べるものができた。
「わわっ、ノートが――!?」
同時に、その瞬間のこと。空いてた教室の窓から強い風が吹きこんできた。
机の上のしまい忘れていた教本のページを勢いよくめくって、授業の内容を写した女の子のメモ用紙をさらっていく。
「気持ちのいい風だね」
「のんびりしてないでノート拾うの手伝ってー!」
花の匂いのまじったさわやかで少しあたたかい風は、長い冬の終わりと明るい春の訪れを告げていた。
今話で【なんだかんだでやっぱりのんびり編】は終了となります。
次章は【旧都編(※仮)】を予定しておりますが、いつものごとく再開までにお時間を頂きたく。また、今回で最終章までのプロットを固めようと思っておりますので、いつも以上にお時間をもらうことになると思います(いや、すべてはリアル次第ではあるんですけども……)。
何卒、気長にお待ちしていただければ幸いでごぜいますm(_ _)m
まだまだ続きそうな厳しいご時世ではありますが、皆様のご健全を祈りつつ。
それでは、また次章で!











