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番外編:激マズ料理事件 -P side-


 ホマイゴス代表団、来訪初日。


「メインのソース完成したぞ!」

「コック長、最後の仕上げお願いします!」

「わかりました!」

「こっちの皿も完成です!」

「ホールのほうはどうなってる!? このペースで間に合うのか!?」

「まだ予定より遅れてます! 手の空いた人からもうデザートの準備に入ってください!!」


 レストランの厨房でシホルたち料理人が奮闘していた頃。別の厨房では、もう一つの戦いが繰り広げられていた。




 キングモール家、地下一階。

 調理場。


「もう目分量でいいっす」

「ダ、ダメだよ! ちゃんと計量して入れ――」

「えいっす」

「あっ!」


 ――ドサァーーー!


 止める間もなく、煮込まれたスープに大量の塩が投入されていく。


「あわ、あわわ……」

「るんるんるー♪」


 終わった。

 ピオラが呆然と立ち尽くす中、鼻歌まじりのイオリはこれでもかと木べらを使い、力任せにガチャガチャと大鍋をかき回しはじめた。


「あれ? なんか煙が出――げぶげぶっ!」

「ごほごほっ!」


 中のスープが飛び散り嗅いだ経験のない異臭が辺りに漂うと、本日の晩餐の用意をメイド長であるコントーラバから命じられていた二人は思わず咳き込んだ。

 そして直後、もはや料理と呼んでいいのかどうかも定かでなくなったそれを見て絶句した。


「「………………」」


 最後に駄目押しとして大量の塩を加えた結果だろう。斑に入り混じった紫と緑。スープは異常ともいえる色彩を放っていた。

 さながら悪い魔女が丹精込めて作った毒薬である。少なくともピオラにはそれを口にする勇気はなかった。


「大丈夫っすよ、料理は見た目より味っす!」

「それじゃ、イオリちゃん、味見してみてよ……」

「しかたないっすねー、ピオラがそこまで言うのなら見た目もよくするっす」

「………………」


 流れの中、さらりと味見を拒絶したイオリは続いて何をするかと思えば、大鍋に大玉のトマトを次々に投入していった。


「ひとーつ、ふたーつ、みっつー♪」


 ――ボチャ、ボチャ、ボチャボチャ!


「イオリちゃん、野菜は切って入れたほうが……」

「そうっすか? ま、お前は危ないから絶対に包丁は持つなって故郷では親に口酸っぱく言われて、自分は主に食べる専門だったっすからね。細かいことは気にしないでいくっす」

「………………」

「あれ? なぜかスープが青くなってきたっす。どうしてっすかね?」

「………………」


 ならば青い物を入れれば今度は反対に赤くなるのでは? という謎の推理をもとに該当の食材を探すことに。

 が、そんな色をした野菜は見つからず。


「もう面倒っすからこれでいいっす」

「………………」


 しかたないので食料庫にあった水玉模様のキノコを投入することで落ち着いた。


「あれ? なんか今度は七色に輝き出したっす。料理って不思議っすね」

「………………」


 その後、大量の砂糖を入れたり貴重なスパイスを加えたり試行錯誤する中、なんとか元の毒薬色に戻すことに成功したイオリは一仕事終えたとばかりに深々と息を吐いた。


「ふぃ~。やれやれ、一時はどうなるかと思ったっすが一件落着っすね」

「何も解決してないよー!!」


 ピオラが全力で叫ぶも、時すでに遅し。あとの祭りであることは明らかだった。地上ではすっかり日も沈んでいることだろう。到底、今から作り直す時間などあるはずもなかった。

 ああ、完全に終わった。

 絶望的な状況に、ピオラは調理場にヘナヘナと膝をつき頭を抱える以外になかった。


「ど、どうして、こんなことに……」


 自分だって料理はそもそも得意ではない。しかし、やる気のないイオリは元々当てにしておらず、ほとんどの工程は自らでこなした。

 今思えば、完成間際。あとは煮込んで仕上げの味付けをするだけという段階になり、「隠し味を入れるっす!」と、急にやる気を出したイオリを止めなかったのがそもそもの終わりのはじまりだった。しかし、それを今さら悔やんでもそれこそあとの祭りである。


「あぁ、どうしよぉう、どうしよぉう……。こんな毒物もどき晩ごはんに出したらメイド失格だよ。ううん……それどころか、もしリリ様たちがお腹でも壊したのなら大問題に……」

「でも、今晩はもうこれを出すしかないっす。大丈夫っすよー、ピオラ。なんか臭いもさっきと比べたらなんかマシになってるっぽいっすし、そもそも食べられない物なんて何一つ入ってないんすからー」

「そ、そうかな……?」

「そうっすよ。ピオラはなんでもかんでも心配し過ぎっす」

「なら、イオリちゃん、味見――」

「ささっ、時間が惜しいっすよ。すぐに盛り付け作業に入るっす!」

「………………」


 パメラ様もリリ様も、心のお優しい方だ。多少、料理が不味い程度ならドジなメイドの失敗として大目に見てくれることだろう。

 内心、そんな保険としての打算があったことも確かだった。

 自信満々に力説するイオリに押された結果、ピオラは一縷の望みに賭けることにした。


「「「いただきます――」」」


 しかし、いざ晩餐がはじまると、それが魔の差した決断であったことをピオラは完全に思い知ることになった。



 ――バタッ!

 ――ガタッ!

 ――ドタ、ガシャン!



 皆が皆、一斉にスープを口に運び入れた途端も途端だった。

 呻き声ひとつ漏らすことなく、キングモール家の住民たちは糸が切れた人形のように、次々と大理石のテーブルの上に力なく倒れていった。


「えっ……?」


 その悪夢のような光景に、ピオラは口元に運ぼうとしていたスプーンを手にしたまま固まった。

 前触れもなく、急に静寂に支配された大広間。遅れて大量の冷や汗がピオラの額からダラダラと流れ出していく。

 ふと、隣を見ると、スプーンを口元に近づけた状態でイオリも彼女と同じように固まっていた。


「イ、イオリちゃん……」

「ピオラ」

「これって、やっぱ、このスープの……」

「あとは任せたっすよ」

「へ?」


 次の瞬間だった。

 邪悪な共犯者はにっこりと微笑んでそう言い残すと、手にしていたスプーンを勢いよく口の中へ。ほぼ一瞬で気を失うと、そのまま彼女は皿に顏を埋めるように突っ伏した。


「イオリちゃん!? ず、ずるいっ――!!」


 そのあと意識を失わなかったリリとサリエルとともに皆を介抱していると、やがて主人であるエミカが帰宅。

 責任問題になることはなかったが、ピオラは連帯責任のとばっちりを受ける形でイオリとともにコントーラバからこっぴどく叱咤されることになった。


「ほんと酷い目に遭ったっす」

「それ私のセリフ!」

「しかし、おかしいっすね。自分、料理の腕なら自信があったんすけども」

「また嘘ばっかり……」

「嘘じゃないっすよ。料理(クッキング)のスキルだってシホル様より高いはずっす」

「……は?」


 いい加減どうしようもない嘘を吐くイオリに腹を立て、その後は口論に発展。最終的には、ならばきっちり調べて白黒つけようじゃないかということになった。

 さっそく翌日、二人は休憩時間の合間に冒険者ギルドを訪れるとエミカの伝手を利用して受付嬢であるユイに解析を頼んだ。


「結果が出たわよ」


 すぐに技能解析(スキルオープン)念写(ソートグラフィー)の結果、以下の数値が導かれた。




―――――――――――――――――――――――――

◆保有スキル


 ・※※※※※※※※※※※

 ・分身(アバター)<Lv.2>

 ・※※※※※※※※※※※

 ・※※※※※※※※※※※

 ・気配消失(ハイド)<Lv.5>

 ・挑発(プロバケーション)<Lv.5>

 ・料理(クッキング)<Lv.-7>


―――――――――――――――――――――――――




「ほらほら、Lv.7っすよ。シホル様より高いっす」

「嘘……ん? あれ? でも、この隣の棒って……。あ、あの、もしかしてこれって……」


 ピオラが尋ねると、解析したユイ自身も結果に信じられないといった様子で回答した。


「噂に聞いたことはあったけれど、私も直接保有者を解析したのはこれがはじめてだわ。〝マイナススキル〟――その名の通り、マイナスのスキル。結果として通常のスキルとは反対の効果を齎すと考えていいわ」

「マイナススキル……? えっと、つまりどういうことっすかね?」

「そもそもの話、Lv.7とはこの世界における最高の熟練者、或いはその存在に肉薄し得る者しか到達できないレベルだろうと言われているわ。すなわち、この世界における最強最高の料理人、その反対に位置するのがあなたというわけ。ここまで言えば、もう理解できるでしょう?」

「………………」

「つまり、イオリちゃんは、世界一――」


 ――料理ができないメイド。

 少なくとも、それは間違いなさそうだった。


「ま、結婚相手は料理ができる男の人を探せばいいし、そんなに気を落とす必要はないと思うわよ、たぶん。それに単純に食材を焼いたり混ぜたりする簡単な作業程度なら、それは料理(クッキング)のスキルの範囲外でしょうし」

「………………」


 ユイに慰められるもイオリは無言でその身体をわなわなと震わせていた。それもそうだろう。料理が破滅的に――いや、絶望的にできない。それはある意味、一般的なメイドとしては失格の烙印を捺されたようなもの。

 ピオラは彼女の心情を慮り、なんと声をかけていいものか迷った。


「イオリちゃん……」


 それでも、こういうとき言葉は無用の長物であると、ピオラはすぐに悟った。

 相棒ともいえる同僚の立場として今、自分にできることは静かに隣に寄り添うことのみ。そのままイオリの震える肩に触れようと、その小さくとも血の通った温かい手を、そっと伸ばす。


 ――バンッ!


「え?」


 しかし、次の瞬間だった。イオリはピオラの手から逃れるように前のめりになると、目の前の受付のテーブルを強く叩いた。


「他には! 他にはないっすか!?」

「はい? 何が?」

「マイナススキルっすよ! 掃除すればするほど汚れるとか、もてなせばもてなすほど来客が不愉快になるとか、ないっすか!? ないならどうやったら覚えられるっすか!?」

「いや、あなたのスキルは見てのとおりなのだけど……というか、そんなマイナススキル身につけてどうするつもりなのよ?」

「決まってるっす! そんなマイナススキルがあれば料理当番以外にも堂々と仕事をサボれるっす!!」

「………………」

「………………」

「この通りっす! どうか自分にマイナススキル習得の極意を教えてくださいっす!!」

「さすがはエミカのメイドね。なんか、ダメなところがそっくりだわ……」

「はっ!? ユイ様、私は違いますから!!」


 冷ややかな視線を受けて、ピオラは思わず反射的に否定した。

 そのあとしつこく懇願を続けるイオリを引き摺ってなんとか冒険者ギルドをあとにしたものの、帰宅後もピオラの受難は続いた。


「マイナススキル……?」

「ええ、そうなんっすよ。というわけで今後、料理に関係する業務は全部NGでお願いしまっす!」

「ああ……そうですか、そうですか。ついにはそのような絵空事まで……。なるほど。いい度胸ですね、イオリ」

「へ?」

「………………」

「よくわかりました! そこまで言うのならその腐り切った性根、今度こそ徹底的に叩き直して差し上げましょう! 覚悟なさいっ!!」

「ええっー!?」

「ほら、だから止めたのに……」

「ピオラ、あなたもです!!」

「ええっー!?」


 解析結果を伝えるも、イオリの日頃の行ないのせいで一切信じてもらえず。その後、コントーラバによる地獄の料理特訓が即日開始されたのは言うまでもなくだった。


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[一言] 鍛えたらスキルレベルが上がるんだから、鍛えたらマイナススキルが裏返ることもありうるかもしれない?
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