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213.もぐらっ娘、幼なじみに相談する。


 もやもやとした頭で考えて悩んだりしても、答えなんか出やしない。結局、午前中は仕事が手につかなかった。

 このままじゃダメ。

 一人でくよくよしてても何も解決しない。

 そう思い立った瞬間、毅然としたユイの顔が浮かび上がった。

 やっぱこういうとき頼るべきは困ったときの幼なじみだ。ってわけで、そのなじみの顔は冒険者ギルドの受付台をはさんで今、私の真向かいにあったりする。


「はぁー」

「………………」


 お昼の休憩後に自然と足が向いて、そのまま無言で席について受付台に突っ伏したあとは、何回もため息を吐いたりしつつチラチラと視線を送ったりもしてみたけど、さっきからユイは私を完全にいないものとして頑なに机の書類と向き合ってた。

 いや、そこは私と向き合って。

 こっちからは相談し難い内容だし、できればそっちから自然と伺いを立てるように気配りの精神で労わるように優しく何があったのか訊いてほしい。


「ねえ、ユイ」

「………………」


 それでも、もう完全に気にしたら負けみたいな雰囲気が漂ってたので、私はしおらしく先に折れることにした。


「私ってさ、やっぱ〝悪〟だと思う?」

「……見てのとおり今、こっちは仕事中なんだけど? ていうか、いきなり何よ? エミカが悪……? は?」


 不機嫌に疑問符を連発するユイに、私は今朝モグラ屋さんであったこと、そしてジャスパーとヘンリーから聞かされたことを説明した。


「それが真実なら、その兄妹たちにとってあなたという存在は間違いなく悪でしかないでしょうね」

「はうっ!?」


 予想してた以上にきっぱり一刀両断されてしまい、思わず面を食らってしまった。ユイならもっと言葉を選んで遠回りに非難してくれると思ってたのに。


「だけど、あなたがそれを悔やんでもしかたないわ」

「……え?」


 それでも、だった。

 すぐにユイは結論として言葉をつけ加えて、悪であるはずの私を擁護してくれた。


「誰かがしあわせになれば、誰かが自ずと不幸になる。世の中ってそういうものでしょう。違う?」

「………………」


 そして、それはすぐに肯定するのも否定するのもはばかれるような、とってもドライな意見だった。

 でも、だからこそ言ってることに矛盾はないんだと思う。

 みんながみんなしあわせならそれが一番だけど、平等じゃないのが世の中だ。もし最初から与えられた立場が不満なら、不遇をバネにしてがんばるしかない。

 それはわかってる。

 わかってるけど。


「んー。でもなぁ……」

「何よ、せっかく人が温かい言葉をかけてあげているのに。それとも、私に悪者として貶めてほしかったとでもいうわけ? 無意味ね。被害者でもない第三者から責め立てられたとしても、あなたがその当人である兄妹を不幸な立場に追いやってしまったという事実はけっして消えないもの」

「うぅ……なんか普通に非難されるよりも、ドスンと罪の意識が……」


 うん。

 たしかにユイに怒られたいっていう飲んだくれの冒険者ならたくさんいると思う。なんなら、それで一儲けできるぐらいの需要すらある気がするよ――って、あれ? なんの話だっけ……?

 いや、違う違う。

 今はマジメな話だよ。

 まず一つの結論として、私が何を悔やもうが過去は変えられないということ。

 ただ、それをすんなり呑みこめないのは私が結果として振り撒いてしまったその不幸を、ついさっきこの目にしてしまったから。

 言葉として話に聞くのと、実際の現実を目の当たりにするのじゃ受け止める重さが違いすぎる。そして、もう見てしまったからには簡単に割り切れない。だって、私には不可能を可能にしてしまう爪の力があるんだから。

 モグラ屋さんやアリスバレーを発展させるにも、もっともっと他にいい方法があったんじゃないか、正しい方法があったんじゃないか。

 どうしても、そう思ってしまうし、考えちゃう。


「あー、なんで時間って戻せないんだろ? 人生がやり直せたらすごく便利なのになぁ……」

「まったく、今度は何を言い出すかと思えば」


 受付台にまた突っ伏して現実逃避。そんな感じでますます項垂れてるとだった。


「はぁ……エミカ、ちょっときなさい」

「はへ?」


 頼れる幼なじみはこちらの頭をぺちっと叩くと、私を外に連れ出した。


「どこ行くの?」

「すぐそこよ。ほら、こっち」


 どこへ行くかと思えば、そこはギルドの裏手――モグラの湯。

 まさかアラクネ会長みたいにお昼からひとっ風呂する気かと思えば、やっぱ違った。

 ユイは私が建てた副会長室兼ルシエラの寝泊まり部屋の前で止まると、屋外の番台で働いてる教会の子供たちを指差しながら言った。


「あそこに浴場ができたのは、あなたがギルドの敷地に穴を掘ったから。しかも無断で。それ自体は悪いことよ」

「………………」


 その節は大変ご迷惑をおかけして誠に申しわけありませんでした――って、ユイは私から謝罪を引き出したくて話してるわけじゃない。そんなことは私にだってわかる。

 なら、なんで今さらそんな話を蒸し返すのか。

 その答えはモグラの湯じゃなくて、働いてる教会の子供たちにあった。


「それでも、今あの子たちが飢えずに済んでいるのは、あなたが引き起こした傍迷惑のおかげよ。たとえ悪行からはじまったことだとしても、最終的にそれがどんな結果を引き起こすかはまた別の話。そう考えると、まったく反対のことだって起こり得る」


 私が良かれと思ってやったことが、ある立場の人にとっては不都合でしかなかった。おそらく、今までそんなことは多大にあったんだと思う。ただ、私が気づかなかっただけで……。


「善悪なんてものは結局、人の立ち位置で決まってしまう。それでも、エミカが本当に悪いことをしたと思ったなら、私はこれまでどおり全力で怒るわ。私があなたのことを考えてできることは、もうそれくらいだろうし」

「ユイ……」

「それでも、その兄妹の件でどうしてもあなた自身があなた自身を許せないっていうのなら、思い悩むのはやめてこれからどうしていくかを考えなさい」

「これから……?」

「そう、これからよ」


 これから。

 つまり、過去よりも未来。


 そう。

 そうだよ。

 何よりも大事なのは過ちを悔やむことじゃない。

 あの兄妹たちのように不幸になってしまった子供たちを、これからしあわせにするにはどうすればいいかだった。


「ありがと、ユイ。なんか相談してすっきりした!」

「それはよかったわ。あのまま受付でずっと項垂れられていたらこっちも仕事にならなかったし」


 ユイに指摘されてもやもやしてた頭も晴れた。

 問題のはじまりは過去にあるけど、より大きな問題は未来にこそある。あとはその先を考えれば、自ずとすべきことも見えてくるはず。


「んー。とりあえず、あの兄妹みたくみんなひもじい思いをしてるだろうし、ジャガイモを無料で配るとか?」

「栄養が偏る――って、食べ物も大事だけど……、それより一番大事なのはその子たちが自立できるよう手助けしてあげることじゃないかしら。ま、あなたがこの先、子供たちの一生分の食べ物の面倒を無償で見るっていうのならそれはそれで止めないわ」


 今朝の兄妹のような子供たちが実際どれだけいるのかは正直、まったく見当がつかない。下手したら数百人、あるいは数千人規模でいるのかも。

 ただ、たとえそうだとしても、単純な食料の問題だけなら爪の力を使えば解決はけっして不可能じゃない。

 だけど、少し考えてみれば、教会の小さな子供たちですら農作業やモグラの湯のお仕事をして毎日のごはんにありついてる。

 何もしなくてもごはんが食べられる子と、一生懸命働いてやっとごはんが食べられる子。生まれてしまうその立場の差は歪で、頭の中がまたもやもやとした。


「んー……」


 もう一度、整理した上で考えを改めてみよう。一番大事なのは、子供たちの環境を整えてあげるってこと。そうすることで人間らしい裕福な生き方に繋がっていく。

 その上で、最初の問題。

 生きるためには、食べなきゃいけない。

 食べるためには、働かなきゃいけない。

 それなら、働くには何が必要か?

 そう。

 それこそが、最も重要で、必要なこと。


「あっ」


 そこまで考えたところでだった。

 答えはすんなりと出た。


「勉強?」

「そうね。子供にとって勉強はとても大事なことだわ」

「うわ、勉強かぁ……」

「建設的な話の最中に苦手意識から露骨に嫌な顔をするのはやめなさい。まずは基本的な読み書きと計算は必須。それに専門知識を学ぶことができれば安定した場所で働ける確率はより高くなるわ。私がギルドの受付嬢として仕事ができているのも〝学校〟で学んだからこそよ」


 学校。

 私は教会でテレジア先生からいろいろ教わったけど、アリスバレーにも小規模ながら学校というものは存在する。

 ただし、そこで学ぶにはお金がたくさんかかるって話だ。しかもその上で、学校側もいきなり数百人規模の子供たちを受け入れるのは難しいはず。

 なら、どうすべきか?

 そこまで考えると、その答えもすんなりと出た。


「んじゃ、学校を作ろう!」

「途中から半分導いておいてなんだけど、実際言葉にするととんでもない結論ね」

「え、ダメ……?」

「いいえ、ダメじゃないわ。私も先のことを考えればそれが一番だと思う」

「よし、なら善は急げだ!」


 というわけで立派な学校を設立すべく、私はさっそく動き出した。


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[一言] とうとう校長まで兼務してしまうのか
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