208.もぐらっ娘、家族サービスで湖に行く。
激マズ料理事件の翌日。
みんなでシホルたちが作った朝食をきれいに平らげたあと、ルシエラパパ率いるホマイゴス代表団を見送るためモグラーネ村西にある地下道の入口まで赴いた。
リーナ、キャスパー、トリエラは代表団の一員として向こうの報告会に出席しないといけないらしく、家から一緒にやってきた三人とはここでまたお別れとなった。
「悪いわね。エミカに子守を押しつけるような形になって」
「ぜんぜん構わないよ。リリもチサと遊べるって喜んでたし」
ただ残りのメンバー二人についてはあと一日、予定を延長して泊まっていってもらうことになった。
それについてリーナは迷惑じゃないかってすごい気にしてたけど、私の影響で年上との交友が多いリリにとって同年代の友達はとても貴重だ。リリにはこの機会に交友関係の幅をもっと広げてもらいたいって思いもあって、宿泊の延長は私のほうから強く望んだことでもあった。
「まっ、実際のところチサよりも、あのナマモノのほうが迷惑かけないか心配だったりするんだけどね。エミカ、もし何かあったらこう鈍器で思いっ切り頭いっちゃっていいから。いい? こうよ、こう!」
そう言い放つと同時に、右手を突き上げて思いっ切り振り落とすジェスチャー。ビュンっと鋭い風切り音が鳴る。
いや、そんなことしたら連日の惨劇になっちゃうよ……。
ほんと、コツメに対してはまったく容赦のないリーナだった。
「エミカ君、今回の両都市の成果は君が架け橋になってくれたおかげに他ならない。その尽力に心からの感謝を。また今後とも娘ともども親交を深めていけるよう、我々も決して努力を惜しまないことを改めてこの場にて約束する。ホマイゴスとアリスバレー、そして我々と君との絆に誓ってね」
最後にルシエラパパにも挨拶。
お店の仕事でこの場にいないルシエラに代わって軽く見送る程度のつもりだったんだけど、なんか重々しい誓約の言葉をいただいてしまった。
「ところでルシエラになんか伝言とかあります?」
「伝言はないが……たまにでいいから実家に帰るよう、エミカ君からも娘には強く言っておいてくれ。どうか頼む」
んー、それはどうだろ。たぶん私が言ってもあの魔女っ娘は帰らないと思うけど。
ま、今後は何かしら仕事の関係でホマイゴスを訪れる機会も増えるだろうし、その折々理由をつけてルシエラを連れて行けばいっか。せっかく都市同士の距離が近づいたのに、そこで暮らす家族がいつまでも離れ離れなのはなんか悲しいもんね。
「両都市の繁栄と栄光に!」
「「「――乾杯っ!!」」」
見送りの間際、両代表団のお偉いさんたちは持ちこんだモグラワインで昨夜に続き盃を交わし合ってた。昨日レストランであれだけ飲んだのにまだ飲み足りないらしい。
ほんと、大人は理由をつけて飲んでばかり。まるでこのために生きてると言っても過言じゃないぐらいだ。
「まったく、大の大人たちがそろいもそろって真っ昼間から……」
「いいご身分だよね。まっ、実際にいいご身分なんだけどさ」
「酔っ払いは支離滅裂で嫌いです」
やれやれと、その光景を同年代のリーナたちと遠巻きに見つつ、そんな感じで歓迎会の全日程は終了した。
リーナたち三人が乗った最後の馬車が地下道に下りていくのを両手を振って見届けたあと、アリスバレー代表団もそこで正式に解散。
一部のいいご身分の大人たちは場所を替えて反省会という名目の下に宴を続けるらしいけど、私はいいご身分でも大人でもないので、久々の家族サービスという別の勤労に赴くためまっすぐ愛すべき我が家へと帰宅した。
「はい! というわけで今日はせっかくなので遠出したいと思います!」
「「わーい!」」
「遠出かぁ~。まっ、天気もいいし悪かねぇーか」
まずはリリにチサのちびっこコンビに、そして保護者役のコツメ。それと、護衛役としては赤薔薇隊のみんなが急遽だったにも関わらず手を挙げてくれた。
「エミカ様、移動のための馬車も我々が用意いたします!」
「あ、ほんと? んじゃ、お言葉に甘えてー。ありがとう、カーラさん」
これで大所帯でも心配なし。
ってことで、そこから妹たち筆頭に家族はあらかた誘ったんだけど、シホルは晩ごはんの準備があるからって理由で不参加。パメラは午後から教会の子供たちと何やら約束があるからとかであっさり断られてしまった。
ならば家のメイドさんにターゲットを切り替え。イオリさんなら誘えば絶対きてくれると思ったけど、さすがに昨日の今日でコントーラバさんからみっちりマンツーマン指導を受けてて、とてもじゃないけど声をかけられる雰囲気じゃなかった。
あ、あと、こっちは誘わないでも絶対ついてくると思ってたけど、今日はサリエルもめずらしくしなきゃいけないことがあるとかで早朝に家を出たっ切り。そろそろお昼の時間なのに未だに帰ってくる気配もなかった。
「んー、なんか思ったよりも寂しい人数になっちゃったね」
ま、今回は少数精鋭ってことで、このメンバーで全力で楽しめばいいだけの話か。
「ねーねー! どこどこー!?」
「どこ行くのー!?」
「フッフッフ……」
準備を終えてカーラさんが用意してくれた馬車の一台に乗りこんだところで、私はそれまでもったいぶって内緒にしてた行き先をちびっこコンビに告げた。
「ズバリ、目的地は王都の東! レコ湖です!!」
「「おおっー!?」」
純粋な子供だけあって、二人からはとてもいいリアクションが返ってきた。
ちなみにそこに決めた理由は二つ。一つはリリも一度行った場所である上、地下道もあって比較的安全が確保されてること。
そして、もう一つは例の漁の件も兼ねて。
つまりは家族サービスとともに仕事もこなせて、これ以上にないまさに一石二鳥の行楽地というわけ。しかもちょうど魚に詳しいコツメもいることだしね。漁場ルートとして成立するかどうか、今日はコツメ先生からその辺のアドバイスもたっぷりいただくつもりだ。
「んじゃ、出発ー!」
「「しゅっぱーつ♪」」
アリスバレー北東の地下道経由でまずは王都へ。
赤薔薇隊のおかげで審査を受ける必要なく入場を果たすと、そのまま総合庁舎がある王都の北側に進んで受付でアンナさんを呼び出してもらった。幸いなことに予め話が通ってたっぽい。今日はすんなりとすぐに会うことができた。
「家族と友達を連れてレコ湖まで?」
「そうなんですよー。なので、またあの地下道を使いたくて。あ、あとついでに例の件の調査も進めちゃおうかなーと」
「エミカちゃん、相変わらずの行動力ね。断る理由もないし、もちろんいいけど。というか、そういうことなら今回も同行させてもらっていいかしら? やっぱりそのほうが話も早いし」
「おお、ちょうど参加者が少なくて寂しかったところなんで大歓迎です! えっと、旅は道連れ、死なばもろともあの世にも道連れってやつですね!」
「そんな物騒な格言は初耳だわ……」
ってわけで、今回の旅にアンナさんも加わることに。面識のないメンバーに紹介したあと、私たちは王都の門を出てレコ湖に繋がる地下道を目指した。
衛兵さんたちが見張る入口。アンナさんが一言声をかけると、すぐに進入の許可が出た。そのまま傾斜を下って馬車は地下道内に入る。
「おや? エミカ様、あの黒い物体は一体……?」
「ん? あっ。あー、あれはね――」
やがて少し進んだ先では、試作のだいぶ進んだ例の魔力列車がデーンっと待ち構えてた。
黒光りする角張った金属のボディー。線路に設置された光石が、その迫力ある鋼の車体を暗闇からくっきりと浮き上がらせてる。
御者台に乗り出してその乗り物の存在に気づいた瞬間、リリとチサのちびっこコンビは同時に目を輝かせながら「わわっー!」と大歓声を上げた。
「おねーちゃんおねーちゃん、あれのりたーい!」
「チサもー!」
試作段階だけど運行に支障がないのは実証済み。念のためアンナさんにも確認したけど、少し動かすぐらいなら問題ないとのこと。
ってなわけで線路を敷設した地下道の途中までではあるけど、いい機会なのでリリたちにも試作した魔力列車の乗り心地を味わってもらうことにした。
「うごいたうごいたー!?」
「すごーい!!」
前方の小さなガラス窓から外の景色が流れていく様子を見て、飛び跳ねながら大いにはしゃぐリリとチサ。
小さい子がここまで喜んでくれるなら、もっと外の景色を楽しめるよう客席側にも窓を取りつけるべきかも。ただ、薄暗い地下道の中を延々と眺めてるだけじゃそのうち飽きるから、さらに一工夫しないとだね。
たとえば時間のロスにはなっちゃうけど、あえて一部地上を走る区間を設けて魔力列車から大陸の景色を眺められるようになんかしたらどうだろ? 地上部分を走る線路周りは固定化したガラスでケース状に覆っちゃえば、危険な害獣や野生化したモンスターから一切被害を受ける心配もなく乗客の安全も確保できる……お、我ながらこれは名案かもだ。
よし、忘れないうちにメモしておこう。
メモメモっと。
「何してんだぁ~?」
リリースした小さな石板に爪を立てて走り書きをしてると、その行動を不審に思ったのかコツメが隣にやってきた。ただ、こっちの手元を見て何をしてるのかはすぐに察したらしい。
まるっこい字だなー、そんな感想を言うだけ言って、それ以上メモの内容に触れることもなくコツメは雑談をはじめた。
「しかしエミスケよー、お前こんなもんまで造ってんだなぁ~」
「まだ試作段階だけどね。これからもっと内装も考えて車両も増やしてかないと」
「これでまだ完成前なのかー? だがよぉ、この感じならでかい船や〝飛行機〟もぱぱーっと造れちまいそうだよなぁ~」
「え、ヒコー……キ?」
「あ? なんでい、エミスケ。お前こんな立派な鉄道造っておいて、飛行機を知らねぇーのか? 空を飛ぶバカでけー鉄の塊だよ」
訊くと、それは飛竜みたいに空を自由自在に飛ぶ乗り物なんだとか。
「いやいや、コツメ……船はともかく、さすがに金属の塊が大空を飛ぶなんてありえないよ」
「そうかー? 俺様にとっちゃ人間が直接的に火やら水やら土塊やらを自由に操ってるほうが不自然に思えっけどなぁ~」
それを言ったらコツメだって口から微妙な量の水を飛ばせるじゃん。ほら、超獺砲。
てか、それだとまるで基本的な魔術すらこの世界の常識じゃないみたいな言い方だ。ホマイゴスの偉い魔術師さんたちが聞いたらどう思うだろ。
いや、だけど、魔術と魔法の線引きについては私もよくわかってないとこだし、もしかしたら金属の塊を空に浮かべる魔法だって存在するのかも。
んー、ってことは結局、サリエルしかり暗黒土竜しかり、魔法なんてものが存在してる時点でこの世にあり得ないことなんてないのかな?
すなわち可能は可能で、不可能も可能。
え、何それ?
そう考えると魔法って、とんでもなくズルいのでは……?
「………………」
「ん? どしたい、エミスケ? いきなり黙りこくってよー」
うん、大丈夫。
とりあえず、気づかなかったことにしておこう。
「線路の終わりが見えてきたわ。そろそろ減速して停車させるわね」
「えー! もうおしまーい……?」
「リリちゃん、もっと乗ってたかったねー」
「二人とも、帰りにまた乗らせてあげるから」
魔力列車を降りて、そこからは後ろから追いかけてきてくれてた赤薔薇隊の馬車に再び乗りこんだ。
そのままさらに地下道を進んで地上を目指す。
出口に差しかかってゆるやかな斜面を馬車が上りはじめると、頭上には光が。やがて地下道を完全に抜け切るとだった。目の前には見渡す限りの水源――レコ湖。
その自然豊かな湖畔に辿り着いた私たちは、さっそく馬車を降りると水辺の近くに立って広がる雄大な景色を眺めた。
「わー、ひろーい! これが海ー!?」
「チサよー、これは海じゃなく湖なぁ~。てか、海はこんなもんじゃねーぜ? 地平線のずっとずっと先まで全部水で満たされててなー、しかも波がこう延々と押し寄せてきてよぉ~。まっ、とにかくもっともっとでかいんだー」
「これよりも、もっともっと!?」
「あー、これよりももっともっとだぁ~」
「ちーちゃんちーちゃん! うみはねー、しょっぱいんだってー。おねーちゃんがいってたー」
「ほんとー? それじゃ、ほんとに海じゃないかたしかめてみよー!」
「うんー!」
そう言って裸足になると、リリとチサはなんの躊躇もなくバシャバシャと湖の浅瀬に入っていった。冬の峠は越したとはいえ、まだまだ相当寒い季節。二人は両手で水をすくってゴクゴクと喉を潤したあと、水をかけ合い「冷たい冷たい!」とさらにはしゃぎはじめる。到着して早々、一瞬でずぶ濡れになるちびっこコンビだった。
子供は元気が一番。
実に微笑ましい光景だね。
「くしゅん!」
「ううっ、寒いぃ~!」
「ちーちゃんちーちゃん、こっちこっち! ほら、ふかふかー!」
「あ、おいっ!」
「あー、ほんとだー! ふかふかのモフモフー!」
「こら、エミスケの妹にチサ! 俺様の自慢の体毛をタオル代わりにすんじゃねー!!」
ほんと楽しげで何より。
でも、二人が風邪を引いたら大変だ。私はカーラさん率いる赤薔薇隊と一緒に、まずは急いで焚き火の準備からはじめた。











