153.もぐらっ娘、宿を建てる。
突然現れた王立騎士団のカーラさん曰く、本来〝赤薔薇隊〟とは女性王族が男子禁制の神殿や領地などに赴く際に随行する部隊だそうな。
「だから外にいた人たちもみんな女の人だったんですね」
「はっ、こんな身なりでありますが我々は女であります! よろしければどうぞご確認ください!!」
「あ、いえ、結構です。あの、別に何も疑ってないんで鎧を脱ごうとしないでください……」
てか、そもそも肝心な話はそこじゃない。
なんでミリーナ女王が私兵であるカーラさんたちを今になって派遣してきたのか。その理由が知りたいよ。
「事情に関しましては、女王様よりお二方宛ての書簡を預かっております!」
「あら、私のもあるの?」
「はい!」
「どれどれ、見せて頂戴」
アラクネ会長と一緒にそれぞれ手紙を受け取って開封後、しばし熟読。
几帳面にも時候の挨拶ではじまるその親書には、赤薔薇隊を派遣した経緯とともに、先日のお礼をこめて無期限で私兵を貸し与える旨がこっちが改まっちゃうほど丁寧な文章で綴られてた。
どうも経緯としては、襲撃者の件で街までやってきた王都の調査団がギルドに立ち寄った際、私の出した依頼書をたまたま目撃。その報告が調査組織の上層にまで上がったことで、最終的に女王様のお耳にも届いたって話らしい。
そして手紙の最後には、他に何か必要なものがあればなんでもいってほしい的なことまで書かれてた。
「うぅ、これはどうすれば……」
依頼の問い合わせの謎はこれで解けた。
でも、女王様の私兵を借り受けちゃったりしてほんといいのかな? ま、リリの件もあるし、本来はここまでしたほうが女王様も安心なんだろうけど。
――ボッ!
だらだらと冷や汗を流しながら救いを求めて隣に座る会長のほうに顔を向けると、読み終わった手紙を掌の上で燃やしてるところだった。
黒い魔術の炎に包まれた紙が一瞬で塵と化し、宙に舞う。
てか、機密保持のためだとは思うけど、女王様から頂いた手紙をそんな粗末に扱っちゃまずいんじゃ……?
「会長、燃やしちゃってよかったんですか?」
「いいのよ。別に大したこと書いてなかったし。それよりモグラちゃん、ついに親衛隊まで手に入れちゃったわね。そろそろ領主でも目指す?」
「いやいやいやいや、そもそも私兵を借りるなんてそんな畏れ多いこと……」
「あら、断るつもり? だけどせっかく頂いたものを突き返すなんて、それこそ失礼に当たるかもしれないわよ」
「……」
今さっき親書を塵にした人にいわれたくないけど、会長の指摘はもっともかも。昨日のユイの言葉もあるし、このまま女王様に貸しをつけたままってのは後々問題になる可能性がある。
そもそも私兵をお借りすることで、我が家の安全をわずかにしろ高められるなら願ってもない話だ。
てか結局、選択肢はいつも1つなんだよね。
必要なのは受け入れるまでの心の準備だけで……。
「女王様も事前にいってくれればいいのに」
「でも、事前にかけ合ってたらモグラちゃん絶対断ってたわよね?」
「それは、そうですが……」
どっちにしろ結論はもう出てる。
最終的に覚悟を決めて、私はカーラさんたち赤薔薇隊の受け入れを正式に表明した。
「えっと、これからよろしくお願いします」
「はっ! ここに隊を代表し、身命を賭してエミカ様の手となり足となること誓わせていただきます!!」
さて、そうと決まれば今後について。
いきなりの課題は総員39名という人数の多さ。
ま、ウチの地下ならすぐに部屋は作れるけど、シホルたちにまず説明しないとだし、それだけ人が増えて生活するなら大広間やお風呂やトイレだってもっと大きく作り変えないといけない。
ゼロからはじめるよりもイチから手直しするほうが変に手間はかかるし、比例して時間もかかっちゃう。
これはしばらくのあいだ、みんな別の場所に泊まっててもらうしかないかもだ。
「まさかモグラちゃん、全員自分の家に住まわせる気なの?」
「え? そのつもりですけど、ダメですか?」
「ダメとか以前の話ね」
「へ?」
「エミカ様! その、大変ありがたいご配慮でありますが……、寝食に関して我々がお恵みを受けるわけにはまいりません!!」
「あれ? んじゃ、寝泊りとかどうするつもりなんですか?」
「この街で宿を借りた上、もちろん生活も自分たちで賄います! どうかご心配なさらずに!!」
「残念だけど、今この街の宿に空きなんてほとんどないわよ。ただでさえ宿泊施設が不足してる上、地下道が開通してからは冒険者も旅行者も商人も増加の一途。39人も同じ場所に泊まるなんて無理よ」
「ならば野宿であります!」
「ええっ……」
いや、野宿って。
さすがにそれは反対だよ。
外にいた騎士さんたちもみんな若い人ばっかだったし、いくら治安のいい街とはいえ若い女性だけで野宿とか危険すぎる。
それに女王様の兵に劣悪な生活を強いるとか、それはそれでまたあとで問題になりそう……。
「やっぱウチに住んでもらうのが一番ですよ」
「それはどうかしら? さっきもダメ以前の話っていったけど、よく知りもしない大勢の人間をいきなり自分の家に上げるのはとんでもないリスクを抱えることになるわよ。たとえ相手がミリーナ女王の息のかかった兵士だとしてもね」
「か、会長……」
たしかに的確な忠告には思えるけど、さすがに本人の目の前でそれをいうのは失礼なんじゃ?
言い争いになって2人が喧嘩でもはじめたらどうしよう。
一瞬、なんて不安が過ぎったけど、カーラさんが同意を示したことでそれはすぐに杞憂に終わった。
「アラクネ会長様の仰るとおり! 護衛の観点からも我々がエミカ様のご邸宅に常駐することは考えておりません!!」
「あ、そうなんですか?」
「はっ、エミカ様のご信頼は今度得ることができたとしても、お恥ずかしながら我々の実質的な実力や技量の問題もございます! ゆえに、現時点ではご家族様の外出時の警護を主務とさせていただくのが最善かと愚考いたしております!!」
「ようは守る側が守られる側より弱いんじゃそうするしかないって話よね。ま、賢明な判断だわ。それに邸宅に出入りする人間が多くなればなるほど、魔術での〝偽装〟や〝操り〟の危険も高くなるし。モグラちゃんが寝首をかかれるとは思わないけど、リスクは極力排除する方針で進めていかないとね」
「なるほど……」
たしかにいわれてみれば39人って人数を考えると、家で同居するのはあまりに無謀。てか、そもそも全員の顔と名前を覚えるのだって大変だ。
それに、変装は門の手前でモグレムが見破ってくれたとしても、操られた人間に対してモグレムたちがどう行動するかまではまだ調査できてない。
うん。
やっぱここは素直にアラクネ会長の助言に従ったほうがよさそうだね。
とりあえずカーラさんの希望どおり、しばらくは外出時のみんなの護衛を基本業務としてもらった上、キングモール邸周辺のパトロールなんかもやってもらうことになった。
「で、結局問題は住む場所ですよね……」
「私にいい案があるわよ」
「ほんとですか?」
「ええ、なければ作ればいいのよ」
「え? 作るって、まさか――」
そのまさかだった。
「せっかくだし、景気よく大きいのをドカンと建てちゃいましょう」
「いや、そんないっぱい紙持ってきて、何階建ての宿にするつもりですか……?」
会長が設計図をぱぱっと描いて、そのあとカーラさん含めて赤薔薇隊のみなさんとともに馬車で移動。
泊まる場所がないのなら宿を建てればいい。
たしかに道理だけど、ギルドのある街の中心部にそんな土地はない。
なので、街の南東――ローディスに通じる地下道周辺に建てることになった。
「設計図どおりに作ればいいって話ですけど、建材はどうします?」
「外装も内装もすべて白色に光り輝く大理石なんてどうかしら」
「すごい贅沢な感じというか、宮殿みたいな宿になりそうですね……」
ただ、さすがに建物全部に使ったら素材が底を尽いちゃうかもなので、まずは基礎部分となる中身を土で作ることにする。最後に壁や床の表面を大理石でコーティングすれば希少な建材も節約できるって寸法だ。
「ここ一帯の土地なら私の権限でいくらでも自由に使えるわよ」
「んじゃ、ここら辺にサクッと建てちゃいますね」
まずは土台となる部分をモグラウォールで作成。大きすぎて何度か移動することになったけど、これで建物の面積は決まった。
次に大モグラ農場を何段も重ねるイメージで階数を伸ばしていく。
「大体こんな感じですかね」
「上々だけど、入口周辺が殺風景ね」
作ってみたら思った以上にシンプルすぎたので、正面部分をアーチ状に刳り貫いて、建物が柱で支えられてるような構造に作り変えた。
なかなか雰囲気が出てきたこともあり、さらに四隅と中心部分には鐘楼つきの塔っぽい物を増築。
そのまま外装の仕上げとして大理石のコーティングを施し、続いて私は内装に取りかかった。
まずは設計図どおりに1階の内部を壁で仕切り各部屋を作ったあと、天井に穴を開けつつ上層に上がるための階段を設置。
その工程を最上階まで繰り返した。
「やっぱ窓は開け閉めできたほうがいいですよね」
「そうね。上の部屋ほど風の心地もよいでしょうし、開閉できるならそのほうがいいわね」
窓ガラスは全部固定する予定だったけど、最上階からの眺めを見て気が変わった。
「――モグラウインドー!」
モグラドアーの応用でガラスつきの窓枠を作って、それを各フロアの部屋や回廊に片っ端から設置。
窓があると自然光で明るくていいけど、夜になれば真っ暗になっちゃうのでちゃんと照明もつけて回った。
仕上げに内装部分も一気に大理石でコーティング。すごい高級感とツヤツヤ感あふれる空間になった。
「ふー、まだ細かい部分で気になるとこはありますけど、大体完成ですね」
「お疲れ様、モグラちゃん。すばらしい宿になったわね」
1階は受付ホールと食堂とトイレ。それと遊技場となる(らしい)スペースも確保。
2階より上は全部客室で、塔を除けば本館部分は5階建て。
部屋数は大小合わせて60以上にもなった。
「まさか本当にこんな短時間で建ててしまわれるとは!?」
「しかも、ここまで立派な宿を……!」
「まさに神のなせる業よ!」
「お噂は本当だったのだわ!」
「エミカ様に忠誠を!!」
「エミカ様に喝采を!!」
「エミカ様、万歳!!」
「「「エミカ様、万歳ッ――!!!!!」」」
「さっそく親衛隊の心をつかんだわね、モグラちゃん」
「………………」
一応の完成後、赤薔薇隊のみなさんを各部屋に案内してるとなんか次第にどよめきが起こりはじめた。
正直、ちょっと怖かった。
「あとは家具運んで、水回りをちょっと整備すれば住めますね」
「搬入ならカーラたちだけでもできるし、もう放っておいても平気でしょ。ま、とりあえずあとのことはモグラちゃんに任せるわ」
「あれ? 空いた客室で商売しないんですか……?」
赤薔薇隊39名。
2人で1部屋使ったとしても、まだ40部屋以上の空きがある。
てっきり会長のことだから、嬉々として旅館業をはじめるわよとかいい出すんだろうとばかり。
「人手が足りないのよ」
私が小首を傾げてると、アラクネ会長はお手上げのポーズを取りつつ営業できないわけを明かした。
「ついこないだまでは近隣から集まってきた出稼ぎが大勢いたんだけど、最近になってロートシルトの奴がそんな連中を根こそぎ雇っていったのよ。あれだけの規模の労働力を使って、一体あいつ何をはじめるつもりなのかしらね」
「……」
あ、それたぶん地下植林場と木材加工施設で働いてる人たちだ。共同経営者でもあるのですぐにピンときた。
でも、今この場で会長に知られたら何をいわれるかわかったもんじゃない。
沈黙は金なり。
私は何も知らない振りを貫いた。
「あ、そうだわ。モグラちゃんのゴーレムを従業員として使うのは?」
「しゃべれないのでモグレムに接客は無理ですよ」
意思の疎通はできるけど、宿泊客に何か説明したりとかはできないからね。
やっぱセキュリティーのために作り出した存在だけあって、そういう使い方には向いてないんだと思う。
「いっそのこと住まわせる条件としてカーラたちをここで働かせるのは?」
「あ、それならモグラ屋さんにも――って、ダメですよ! あの人たちはあくまで女王様からお借りしてる騎士さんたちなんですから!!」
「でも、さっきなんでもやるっていってたわよ」
「……」
あー、ですね。
たしかにカーラさん、なんでもやるっていってくれてたし、少しぐらいならいいかな――って、いやいや! やっぱダメダメ!!
悪魔の囁きをなんとか振り切った私は、建てた宿泊施設を〝モグラホテル〟と命名。
結局、開業は後々考えることにして、現状は赤薔薇隊の宿営地として使ってもらうことになった。











