148.もぐらっ娘、護衛を募る。
壁の建設を終えて数日が経った。幸いなことに目立った混乱もなく、大きな問題も起きてないみたい。
造ったら造りっぱなしってわけじゃないけど、門外漢な防壁の管理や運用については会長にあとは全部お任せして、私は思いついた次の対策に取りかかった。
手配書の配布と転送魔法陣の破壊。
そして、防壁による検査機関の導入。
現状これだけでもかなりの効果を見こめるはずだけど、未然の防止策だけじゃなく万一に備えて家のほうの守りも固めておきたい。外と内で二重の壁を築ければより安心できるって話。
ただ、それをするにもやっぱ一番に必要なのは人手だった。
「あら、またスクロール関係の依頼?」
「ううん。今回は護衛の募集」
「護衛?」
さっそく朝一でギルドに赴き、掲示板にでかでかと依頼書を貼り出してるとユイに声をかけられた。
「〝業務内容:家宅内外の警備と外出時の護衛など〟――って、何かあったの?」
「あ、いやさ……地下道の影響でこの街も人が増えてきてるし、治安の悪化っていうの? それに備えようと思って。ほら、ウチ3人も妹いるしミニゴブリン除いたら完全な女所帯だし」
「へー。何も考えていないようで家族のことしっかり考えているのね。偉いじゃない」
「えへへ。いやいや、それほどでも……」
パメラとシホルが襲われたことを知ってるのは、家の人間を除けばサリエルとアラクネ会長だけだ。周囲に余計な心配はかけさせたくないし、パメラとも相談して話し合った上で、関係性の高いティシャさんにもとりあえず今は内緒にしておこうという結論に至った。
幼なじみ相手に嘘を吐くのは気が引けるけど、巻きこむよりはずっとマシだ。
私は適当な理由をつけるとその場から早々に立ち去った。
数日後。
「うぅ、なんで誰も応募してこない……」
再びギルドを訪れたけど、依頼に対する応募者はゼロだった。
相場に比べてもかなりの高給を提示してるのに、どうしてだ。やっぱ冒険者はダンジョン好きが多いのか。それともただ単に私に人望がないだけか。
うん、残念ながら後者っぽいね……。
「――ってわけでさ、白銀級の冒険者の依頼なら人も集まるんじゃないかと思って。だからこの依頼パメラの名前で出し直してもいいかな?」
「いや、それは別に構わねーけど、どのみちこの内容じゃ誰も応募してこないぞ。なんだよ、この条件……」
そういって募集要項の一文を指差すパメラ。
そこには一言、『私より強い人』という唯一の採用条件があった。
「何がダメなの?」
「……」
「え?」
こいつ正気か。そんな目を向けられた挙句、護衛の募集はあきらめるよう諭されてしまった。
ま、たしかに誰も手をあげてくれないんじゃしかたない。別の手を考えることにしよう。
ただ、やっぱ1人で対策を練るにも限界がある。
私は代案を立てるためモグラ屋さんへ移動すると、そのまま地下の倉庫で在庫の整理をしてたルシエラをつかまえ、彼女に家の防犯対策について相談に乗ってもらった。
「提案。精霊召喚術を使ってみては」
「精霊召喚術って、あの魔術スクロールの中で一番高いやつ?」
「肯定。スクロールなら誰でも使用できる上、召喚者をオートで守護する」
「おー」
いいね。なんかとってもよさそうだ。
とにかく物は試し。おすすめの精霊を見繕った上でルシエラには我が家にきてもらった。
「あの、これどうやって使えば……?」
「ヒモを解いて広げ、魔力を注ぐ。基本的に一般生活でも利用されている炎岩や氷水晶と起動方法は同じと考えていい」
私が試してもあまり意味がないので、晩ごはんの準備をしてたシホルに無理をいって訓練場まできてもらった。
「えっと、ヒモを解いて魔力を――わっ!」
開かれたスクロールが跡形もなく消失した次の瞬間、スイカほどの大きさの光の球体が私たちの目の前に現れた。
それはプカプカ浮かび上がると、シホルの頭上にゆっくりと移動。そのままぐるぐると自転しながら周囲を見張るようにしてとどまる。
光球の魔術に似てるけど、あれよりは眩しくない。なんというか焚き火みたいに目にも優しくて穏やかな明かりだ。
「これが精霊……?」
「んー。なんか想像してたより地味だね……」
「光の精霊召喚術――召喚と同時に契約は成立。術者に危害を加えようとする存在を容赦なく排除する」
容赦なくか。
でも、見かけはただの光の球だ。ルシエラを疑うわけじゃないけどほんと役に立つのかな、これ?
「おやおや、みなさんこんなとこに集まって何してるっすか?」
なんて半信半疑になってると、メイドのイオリさんが通路側からひょっこり現れた。たまたまとおりかかったらしい。その手には地下農場でもぎ取った果物が握られてた。
「イオリさんこそどうしたの?」
「エヘヘ、ちょっと小腹が空いてしまったっす」
そういいながら手に持ってたナシにかぶりつくイオリさん。
やれやれ、これは完全に仕事をサボってる感じだね。またコントーラバさんに怒られても知らないよ。
「てかシホル様、その頭の球はなんすか? おしゃれっすか?」
「それが、なんか光の精霊らしいんですけど……」
「精霊?」
「防犯に使えないかと思ってね。あ、そうだ。もし暇ならイオリさん、ちょっと暴漢役をやってみてもらっていい?」
「お、なんか面白そうっすね! いいっすよ!!」
ちょうどよかった。試すにも襲撃者が普通の人じゃ意味がないし、動きが素早いイオリさんなら適任だ。
「しかも相手は成長真っ盛りのシホル様! グヘヘ、襲いがいがあるっす!!」
「お、お手やわらかにお願いします……」
普通に変質者としても適任なのはどうかと思うけど。
「んじゃ、さっそくいくっすよ! とりゃー!!」
「あ、待っ――」
私の合図を待たずシホルに飛びかかっていくイオリさん。
次の瞬間、球体が煌めくと同時、稲妻のような閃光が放たれた。
「――あばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」
光に射抜かれ、こだまする絶叫。
直後、全身からプスプスと煙を発しながら倒れこんだイオリさんに、私たちは慌てて駆け寄った。
「イオリさんっ!?」
「げっ、これかなりヤバいんじゃ!?」
「問題ない。こんなこともあろうかと治癒のスクロールを持参」
「さすがルシエラ用意がいい!!」
「ん、あれ?」
「早く早く!」
「たしかこっちの袋に……」
「ルシエラ?」
「……前言撤回。やはり持ってきてなかった」
「えぇー!?」
「う、うぅ……何があったっすか……?」
「あっ、イオリさん!? よかったー!」
幸い、私たちがオタオタしてるあいだにイオリさんは自力で立ち上がった。ところどころ全身がコゲてるけど、元気そうだ。どうやら閃光を受けて一時的に行動不能になってただけみたい。
「精霊っておっかないっす……」
「でも、これなら間違いなく防犯に使えるよ」
「採用ならば量産に着手するが」
「うん、採用で! 効果時間ってどのぐらい?」
「活動内容による。しかし、何もしなければ3~4日は継続」
「ってことは家族の人数分×2倍として大体1週間当たり50本か」
「え? 50本って……エミ姉、スクロールって高級品だよね? この召喚術のっていくらするの……?」
「えっと、いくらだっけルシエラ?」
「精霊召喚術は1本で40万前後が相場」
「40万っ!?」
ってことは、1週間で2000万マネンかかる計算だ。
んー。安全には代えられないけど、たしかにちょっと高いね。
「ま、とりあえず200本ぐらい作っと――」
「エミ姉!!」
「えっ?」
ルシエラに発注を頼もうとしたところでシホルが声を張り上げて詰め寄ってきた。あまりに突然のことに、私は思わずその場から後ずさる。
「……え、えっ? あれ、なんかシホル怒ってる……?」
「もー、当たり前だよ! 私たちを心配してくれてるのはわかるけど、どれだけお金を使うつもりなの!?」
「へ? えっと、1週間で2000万だから1ヶ月で……8000万だけど? なんかダメだった?」
「エミ姉、ちょっと話があるからそこに座って!」
「あ、いや……で、でもね、ルシエラがそうしろって提案したからこそ私は……」
「っ!?」
「ならルシエラさんもそこに座ってください!」
「否。私はあらゆる条件を鑑みた上でより確実な方法を提言したまで。エミカはコストのことまで条件に加え――」
「いいから座ってください!!」
「りょ、了……」
「……」
まずい。
なんか知らないけど、我が家の次女様がお怒りでいらっしゃる。てか、1年にあるかないかレベルのヤバいやつだ、これ。
こうなったら最後の望みの綱は――
「自分仕事の途中だったっす! 親愛なるご主人様方どうかごゆるりと!!」
「あ、ちょっ、イオリさん!!」
あっさり切れた。
「エミ姉にルシエラさん、いいですか? そもそも2人ともちょっと金銭感覚がおかしいです。まずはその点をしっかり自覚して反省してください」
「はい……」
「了……」
結局、そのあと長時間〝お金の大切さについて〟お説教をみっちり食らった上、襲撃者対策に精霊召喚術を使う方法は正式に没案となった。











