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2.エミカ・キングモールはお金に困ってる。


 街の中心から離れた場所にある我が家は、石材を積んだごくごく庶民的な平屋だ。

 部屋は、居間と台所と寝室で、合計三つ。ちなみにトイレと風呂は、家の裏手側にある小さな離れの中に備えつけられてる。


「ただいまー」

「おねーちゃん! おかえりぃぃぃいいいいーー!!」

「あ、ちょ――ぐふっ!」


 帰宅すると真っ先に下の妹のリリが出迎えてくれた。てか、完全に体当たりでみぞおちに突っこんできた。キラキラと輝く金髪と、トレードマークの大きな赤いリボンが眼下で揺れる。


「こらこら……いつも汚れるって言ってるでしょ?」

「えへへ、まだおふろはいってなーい! だからだいじょぶー!」


 汚れたオーバーオールの胸元に、平気で頬をすりつけてくるリリ。あー、いわんこっちゃない。両頬とも土で汚れちゃってるよ。


「エミ姉、おかえり」


 リリの顔を拭いてやってると、台所からシホルが出てきた。私と同様に紅蓮のハデな色の髪をした上の妹は、すぐに家の裏手を指して言った。


「お風呂、リリと一緒に入ってきちゃって」

「あいよー」

「えー!」


 そのままタオルと着替えを持ち、裏手の出口から別棟へ。嫌がるリリの服を脱がし、嫌がるリリの身体をすみずみまで洗う。

 おお、暴れおる暴れおる……。


「はい。次、頭ね」

「やーだぁ~!!」

「せっかくきれいな金髪なのにもったいないでしょー?」


 泡立てた洗髪剤で優しく洗ったあと、タンクの水ですすぐ。冬場であれば炎岩で温めたお湯を使うけど、今は暖かい春先だ。水でも風邪を引く心配なし。

 リリを洗い終えて、自分の身体もすみずみまで汚れを落としてきれいさっぱり。キングモール家のモットーは『清潔第一』です。


「はーい、フキフキしますよ~」

「がるるぅうー!!」


 すっかり機嫌をそこねて、なんだか野生化してしまったリリと別棟を出る。

 居間に戻ると、テーブルに晩ごはんが並べられていた。

 メインは、川魚と野菜のミルクシチュー。

 シホルの得意料理の一つで私の大好物だ。魚の骨と野菜クズで取ったスープがベースになってて、一口食べただけで深い旨みが舌の上いっぱいに広がる。


「うまい! シホルまた腕を上げたね!」

「そういえば、こないだユイさんにスキルチェックしてもらったら〝料理(クッキング)<Lv.4>〟だって言われたよ」

「<Lv.4>!? 十二歳でそれはすごいよ! 宮廷料理人も夢じゃないかもだ!!」

「ははっ、私はそういうのはいいや」

「えー! せっかく才能があるのにもったいない!」

「夢も仕事も普通が一番だよ、エミ姉。あ、それより今日ね、教会で野菜をわけてもらえたんだけど――」


 晩ごはんに舌鼓を打ちながらそうやってしばし談笑を続けてると、やがてリリがスプーンを手にしたままウトウトしはじめた。どうやらお腹がふくれて眠くなっちゃったみたい。寝室に運ぶため、私はまどろむ下の妹を抱きかかえた。


「あれ、なんか重い……」


 リリって、こんな重かったっけ? いやー、日に日に大きくなってるんだね。妹の成長を感じて、なんかしみじみ。


「すー、すー……」

「おやすみ」


 お日さまの匂いがするふわふわのタオルケットをかけてあげると、リリはより深い眠りに落ちていった。


「エミ姉、今日も一日お疲れさま」


 居間に戻ると、シホルが温かい紅茶とベリージャムを用意してくれていた。ありがたくティーカップを口元に運び、味わう。


「はへー」


 心が休まるひと時。まさに、至福の時間。

 だけど、そんなやすらぎは長くは続かなかった。


 ――ドンドン!


 不意に玄関から響いてきたのは、強めのノックだった。


「こんな夜中にお客さんなんて、めずらしいね」

「あー、私が出るからいいよ」


 席を立とうとした妹を制し、扉に向かう。

 どちら様ですか、と問う前にこちらの気配を感じたのか、外から「あたしじゃ!」と反応あり。聞き覚えのある、しわがれた女性の声音。それはこの貸家の持ち主である大家さんの声だった。

 あ、まずい。

 これは心の準備がいるやつだ。

 なんの用件かは、扉を開ける前からわかっていた。


「すーはー、すーはー……」


 たっぷり何度も深呼吸して、精神を統一。

 よし、準備完了。いざ参る!


 ――ガチャ。


「ええい、遅いっ! 起きてるんならさっさと開けんか!!」

「こ、これはこれは!」


 とりあえず先手必勝。大家さんを野外に押しやり、すばやく後ろ手に扉を閉めておく。


「いやぁ、実にいい夜ですねー。月もあんなに輝いてる」

「何がいい夜じゃ! ナチュラルに外へ追い出しおって! 茶の一杯も出さんつもりか!?」

「いやいやいや、勘弁してください。こんな話、妹たちに聞かれたくないですし……」

「あたしだってね! こんな催促したかないよ、まったくぅ!」


 家から少し離れて、道ばたへ移動。

 大家さんは口は悪いけど、こっちの立場も考えてくれる人だ。こういうところはなんだかんだで簡単に引いてくれる。


「で?」

「……で? と、おっしゃいますと?」

「滞納してる家賃の件に決まっちょろうが! 今日こそは払ってもらえるんだろうね!?」

「あ、ええっと……こ、今月分だけでしたら、なんとか……」

「ほおぅ、それは珍妙な話だぁ! この前あんたと交わした約束は『滞納した三ヵ月分、きっちり耳を揃えて払う』だったはずじゃ!!」

「うぐっ……お、お願いします大家さん! もう少しだけ、もう少しだけ待ってください!!」

「あんたねぇ、それ何度目だい? こっちにだって生活ってもんがあるんだ、これ以上は待てん!」

「絶対に払いますからこのとおりです! お願いします、大家さんっ!!」


 平身低頭。

 地面に膝をついて、お願いする。

 今までならこれで「なんとかの顔も三度までだよ!」とか言って許してくれる流れになってた。

 でも、今夜は大家さんも本気だったらしい。


「ダメだね! 払えないってんなら出ていってもらう他ないよ!!」

「ええ”っー! そ、そんなぁ~~!!」

「……だがね、あたしも別に鬼ってわけじゃない。それと生前、あんたらの母親から頼まれたってのもある。だから最後のチャンスをやろう。一週間……あと一週間だ。それだけは待ってやる!」

「一週間っ!?」

「ああ、そうだよ。それで金を用意できないなら問答無用で追い出すから覚悟しときなっ!!」

「一週間なんてそんなの無理に決ま――」

「あ”ぁ~ん!? なんだってぇ!?」

「ひっ!」

「いいかい? あたしはたしかに伝えたよ!? わ”がっだがい”っ!?」

「はひー!!」


 あ、ヤバ。

 あまりにもすさまじい剣幕なもんで、つい返事しちゃった……。

 ――ギロッ!

 鬼の形相の大家さんは最後にひと睨みの威嚇をすると、そのまま背を向けて大股でドシドシと帰っていった。


「あはは……」


 うふふ。

 一週間で家賃三ヵ月分稼げですってよ、奥さん。


「ど、どうしよう……」


 トボトボ家に戻ると、不安げな眼差しのシホルからいくつか質問を受けたけど、私はそれらをすべて空元気でごまかした。


「大丈夫……? 大家さん、なんかすごく怒ってなかった?」

「あはは、そぉ~? 普段からあの人、あんな感じじゃーん♪」


 それでも、マジでお尻に火が点いたのは紛れもない事実だった。はて、ほんとにどうしたらよいものか……。


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