幕間 ~竜殺しの休日4~
イドモ・アラクネ――
元金剛級冒険者。現在はこの街のギルド会長に君臨し、アリスバレーの有力者の1人として多大なる権勢を振るう。王国中枢部もその動向を注視する危険人物である。
「――モ、モコっ!?」
そして、現れたそいつは双子の片割れに突如すさまじい前蹴りを放った。
家の屋根よりも高く打ち上がった小さな身体は、やがて自然の摂理に従って落下を開始。数瞬後、ぐぢゃんと地面に形容し難い嫌な音を響かせると、そのままピクリとも動かなくなった。
「……」
「……」
突然のことにオレもシホルも固まった。
「あっ……」
相方をやられたドワーフの少女は、信じられないといった表情で口をあんぐりと開けて同じく微動だにしていない。イドモ・アラクネという情報を知らない分、オレ以上に状況を呑みこめていないようだ。
「まったく、落書きはダメだって母親から教わらなかったのかしら」
イドモ・アラクネは動かなくなった双子の片割れをつま先で突っつきながら呑気に呟いたあとで、顔を上げてさらに続けた。
「それで、これはどういう状況なの? 説明してもらえると嬉しいのだけど」
「あんた……な、何をして……」
「何って、子供がおいたをしたら叱るのは大人として当然のことよ? 何か問題でも?」
「……お、大有りよ! よくもモコを!!」
ヤバい。ドワーフの少女が三度投げナイフを袖から出したのを見て、オレは咄嗟に叫んだ。
「逃げろ! こいつは得物を一瞬で転送してくるぞ!!」
「一瞬? ああ、もしかして天賦技能ってやつかしら? へー、面白そうね」
「なっ!? バ――」
「――死ねっ!!」
オレの警告に従わず、イドモ・アラクネは一切逃げようとしなかった。次の瞬間、ドワーフの片割れの力が発動し、手中の投げナイフが消える。バカでもわかる必中必殺の攻撃だ。
死んだ。
そう思った。
しかし――
「――はい、キャッチ。ま、頭部を狙うのは当然よね」
本来ならば額を貫通していたはずのナイフ。イドモ・アラクネはそれを2本の指で楽々と受け止めていた。
「な、ななっ――なんで!?」
回避不能の攻撃を止められ、激しく狼狽するドワーフの少女。再び得物を袖から取り出そうとするも焦って地面に取り落とし、キンッとした金属音が響く。
そんな相手の様子を見て、イドモ・アラクネは苦笑を浮かべた。
「何度やっても無駄よ」
「そ、そんなことない! 私の攻撃は必中なんだから!!」
「いいえ、あなたの攻撃に〝狙う〟という動作がある時点で転送は一瞬ではないもの。不意打ちならともかく、面と向かってなら殺気の流れや視線の動きでいくらでも攻撃は読める。よって回避は可能よ。タネがわかれば興ざめの手品と一緒ね」
「いや、無理だろ……」
堪らずオレが突っこんでしまった。この女、やっぱあの姉が監視を命じてくるだけある。マジで滅茶苦茶だ。
「……私は選ばれた人間で、この力は絶対的なものよ!」
「大した自信ね。でも、それただの過信よ」
「黙れっ! 次は外さ――!!」
「――次なんてないわ」
挑発に激怒したドワーフの少女が再び能力を発動させようと、袖から投げナイフを取り出す。
先ほどの論理を無理やり呑み、たとえ攻撃までの動作が一瞬でなかったとしても、発動までの時間は〝ほぼ一瞬〟のはず。瞬きほどの猶予で一体何ができるというのか。
しかし、次の瞬間、イドモ・アラクネは常識外のことを平然とやってのけた。
敏捷性だとか俊敏性だとか、最早そんなレベルの問題ではない。
辛うじて残像らしきものは捉えられたものの、〝動いた〟というよりはまさに〝消えた〟だった。正真正銘の一瞬で間合いをゼロまで詰めると、イドモ・アラクネは膝蹴りを相手のみぞおちに深く叩きこんだ。
「ガハッ……!?」
片割れと同じく、ロコと呼ばれていたドワーフはそのまま地面へと崩れ落ちた。
「私が起こすまでしばらく寝てていいわよ」
圧勝。
或いは完勝か。
いや、そもそも基本的な戦闘能力が違いすぎる。
人が蠅を追っ払うのと同等だ。
初めから勝負ですらなかった。
「あなたたち、大丈夫?」
イドモ・アラクネが友好的な微笑みを浮かべて1歩こちらに近づく。同時、オレは無意識に大剣を出現させていた。
「ひどいわ、私は味方よ? たぶんだけど」
「……」
「あ、あの……危ないところを助けていただきありがとうございました」
「あら、あなたたしかモグラちゃんの妹ちゃんよね。しっかりお礼が言えるなんて偉いわ。さすがモグラちゃんの妹ちゃんね」
「……え? エミ姉のことをご存知なんですか?」
「ウフフ、ご存知も何も私はあの子とは固い友情の絆で結ばれているの。互いに親友の間柄よ」
「そ、そうなんですか……」
得体の知れない相手の迫力に気圧され、困惑するシホル。
あまりこの2人を引き合わせてはいけないような気がする。オレは大剣を消すとイドモ・アラクネについて来いと目配せしつつ、最初に倒された片割れの傍まで歩を進めた。
「……こっちは殺したのか?」
「ドワーフは頑丈よ。この程度じゃ死なないわ」
「そうか。なら礼を言うよ。なぜかいきなり襲撃されてな、少しヤバかった」
「〝なら〟なのね。襲ってきた相手に情けは無用だと思うけど」
ふっと寒気がして地面から顔を上げると、目だけ笑ってない顔がオレを見つめていた。
「……そんなことより、こいつらの処遇は? このまま衛兵に引き渡すのか?」
「んー、そうね。いろいろ聞きたいこともあるからとりあえず尋問かしら。拘束してギルドに連行するわ」
「この双子のターゲットはオレだった。今後のためにも情報がほしい。尋問に立ち会ってもいいか?」
「ええ、構わないわよ」
イドモ・アラクネは同行をあっさり許可すると、どこからかロープを取り出して双子を後ろ手に縛りはじめた。
「用意がいいな」
「いつも持ち歩いてるのよ」
「……」
なんでだ、と心の中だけで突っこみつつ、オレはシホルの傍まで戻る。1人で帰らせるのは些か心配だが、ターゲットがオレである以上オレの近くにいるほうが危険だ。このまま帰宅させるべきだと判断した。
「荷物は持っていけるか? 重いなら置いてってもいいからな」
「私のことより、まず止血をしないと……」
「ん? ああ、これか」
忘れていた。オレは肩に刺さった投げナイフを抜くと、大剣を出現させて治療を行なった。
「ほら、これでもう大丈夫だ」
「あっという間に傷が……」
塞がった傷口を見せるといくらか不安を取り除けたのか、シホルはほっと息を吐いた。
「早く来ないと置いていくわよー」
双子を両脇に抱えたイドモ・アラクネの催促もあり、オレはその場でシホルと別れた。
「秘密の地下室に案内するわ」
ギルドの建物に入り、受付を抜けて奥へ。会長室と書かれた部屋に入ると、イドモ・アラクネは抱えていた双子を捨てて部屋の隅に向かった。
角に置かれた本棚。
それをおもむろに動かし、横にスライドさせていく。
「モグラちゃんの掘った穴とは違って狭いから気をつけて」
現れた隠し階段を下りると、天井の低い窮屈な地下空間と繋がっていた。
「さっそく準備するわね」
そう言うと、イドモ・アラクネはぶら下がったランタンに明かりを灯し、壁際に並べてあった2脚の椅子を運んできた。それをそのまま向かい合わせに配置し、それぞれに双子を座らせた上でさらにロープできつく固定していく。
やがて準備を終えると、イドモ・アラクネは双子に魔術で水を浴びせた。
「う、うぅ……」
「ぐっ……こ、ここは……?」
「はぁい、状況は理解できてる? さて、楽しい楽しい尋問のお時間よ」
「……げっ! あんた、さっきの!?」
「記憶は問題ないみたいね。単刀直入に訊くけど、あなたたちは何者? 目的は何? 他のお仲間はどこにいるのかしら?」
「くっ、ふざけんな! 誰があんたなんかに教えるもんか! さっさとこの縄解きなさいよね、クソババア!!」
「あら、まさかこの状況でまだ抵抗の意思あり? それなら、もうこうするしかないわね……」
邪悪な笑みを浮かべると、イドモ・アラクネはそこでいきなり髪の長いほうのドワーフに背後から覆い被さった。そのまま抱きすくめ、小さな体躯を怪しげな手つきでまさぐりはじめる。
「え? えっ……」
最初はその様子に呆気に取られていた口の悪い片割れも、イドモ・アラクネの行為がさらにエスカレートしていく中でようやく声を荒らげた。
「あ、ああああんた何してるのっ!?」
「何って、あなたが口を割らないからでしょ。要求が呑まれない場合、人質が犠牲になるのは世の必然じゃないの」
「やめて、モコが嫌がってるでしょ!」
「そうかしら? この子、まんざらでもないみたいだけど」
「え?」
「……な、なんか……もっとしてほしい、かも……♥」
「なんで受け入れてるの!? 抵抗しなさいよ!!」
「あら? あなたこんな可愛い顔して男の子だったのね。フフ、ならこうしてあげる」
「あ、あっ……ん、んんっ♥」
「ちょっ、本当にやめてってば! 私のモコに変なことしないでよー!!」
「………………」
なるほど。
これが直接身体に訊くってやつか。
あの様子を見る限り、落ちるのはもう時間の問題に思えた。
「お、終わったら教えてくれ……」
目の前で繰り広げられている行為を直視できず、オレは堪らず地下室を出た。
※行なわれた尋問は〝甘噛み〟レベルですのでごあんし(ry











