幕間 ~竜殺しの休日3~
エミカとリリ嬢が王都に旅立った翌日。
オレはシホルと一緒に2人のメイドを引き連れ、発注していたコートを受け取りに出かけた。
「うわっ、このコートものすごく暖かい。それに手触りも、ふわっふわっ……」
「キングラクーンの毛皮は飛び抜けた防寒性を持ち、我々の業界では特級素材にも指定されております故、たとえ極寒の雪山でも快適にお過ごしになれますよ」
「と、特級素材……パメラさん、本当にいいんですか? こんな高そうな服、誕生日だからって……」
サイズの最終確認も兼ねての試着。コートに袖を通したシホルはその価値を知ると困惑し、オレが元手が一切かかってないことを説明しても、しばし悩ましげに首を傾げていた。
「ううっ~、シホル様が羨ましいっす! パメラ様、私にもなんか服買ってくださいっすよ!」
「イオリちゃん! 何言ってるの失礼でしょ!?」
「てか、お前はエミカのメイドだろ。ねだるなら主人であるエミカにねだれよ」
それでも、プレゼントのアイデアを出したのはこの穀潰しだったかと、ふと思い出す。しかたないので店頭の一角に並んでいた毛糸商品を適当に見繕った。マフラーと手袋の組み合わせで計2セットを購入。
「よっ! さすがパメラ様、太っ腹っす!!」
「そんな、私まで頂くわけには……」
「まー、今日はオレの私用に付き合ってもらってるわけだしな。その駄賃だとでも思っておけよ」
そのあと4着分のコートを綺麗に包んでもらい、オレたちは裁縫屋を出た。
「それじゃ、私たちはモグラ屋さんに行ってくるっすね」
「パメラ様もシホル様もお気をつけてお帰りください」
予定どおり買い出しはメイドたちに任せて、オレとシホルは両手に荷物を持って先に帰路に就いた。
何気ない会話の中、空を見上げるといつの間にかどんよりとした雲が覆っていた。この様子だともうじき雨が降るかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えながら冒険者ギルドや商会本部がある賑やかな大通りを抜ける。
そして、ちょうど人気のない路地に差しかかったところだった。
「え、パメラさん、どうしたんですか?」
「……」
こちらを尾行する何者かの気配。
それに気づいたオレは咄嗟に荷物を捨て、シホルを庇うようにして背後を振り返った。
「誰だ……? 後をつけてきてんのはわかってるぞ、出て来い!」
静寂の中に交じる、わずかな殺気。
やがて追跡者は観念したのか、薄暗い路地の一画からその姿を現した。
「もー、モコがちゃんと気配を消さないから!」
「違う。ロコがいつも駄々漏れにしてる殺気のせい」
「はぁ? あんた私に口答えするつもり? いい度胸じゃないの!」
「口答えじゃなくて、事実。どうでもいいけど」
「……」
セミショートにセミロング。
髪の長さに違いはあれど、出てきたのは同じ顔をした2人の少女だった。
両者ともごちゃごちゃと金具のついた黒いワンピースを着用し、頭にはエンブレムのついた黒い円筒形の帽子を被っている。
見慣れない格好だ。しかし、その揃いの出で立ちからは記号的なものを感じる。騎士や魔術師を育成する機関などで着用が義務づけられている制服とどこか似た印象だ。
そこまで考えが至って警戒心はさらに跳ね上がった。
「……人をつけ回して、一体なんの用だ?」
「あー、まーまー。そんな警戒しないでよ。私たちも別に暗殺するつもりで尾行してたわけじゃないし。ね?」
最初は見た目から、シホルよりも同年代以下の子供だと思った。だが、その背丈のわりに大人びた顔立ちには明らかに違和感があった。
「お前ら、もしかしてドワーフか?」
「ぴんぽーん、正解」
「そのわりに妙に細いな……。ドワーフってのはもっとずんぐりむっくりしてるもんじゃなかったか?」
「ドワーフ族だっていろいろよ。特に私たちは遠縁にプレーンの血も混じってるからね」
プレーンはノーマル人種のことで、王国の外にある非ノーマル人種圏領の人間がよく使う言葉だ。たしか多少侮蔑の意味も含まれているとか。
「ずいぶん遠くからきた旅行者みたいだな。道がわからないなら街の中心に戻ったほうがいいぞ。ここらは入り組んでるからな」
「お生憎様だけど迷ってなんかいないわ。むしろ探し物も見つかってこれからって感じ?」
「……」
奴らの狙いはなんだ?
尾行していた理由がエミカの家を突き止めることだったのなら、やはりリリ嬢のことか? いや、それなら知っている人間はあまりにも限られている。情報はそう簡単に漏れない。
ならば、エミカの力に目をつけてやってきた輩か。あいつがいれば交通機関の整備なんて楽勝だからな。噂を聞きつけ利用したいと思う君主や領主なんてごまんといるだろう。
「ねえ、一応確認してもいい?」
「……なんだ?」
いくつかの可能性を巡らせる。そのうちのどれかが正解だろう。しかし目前のドワーフは次の瞬間、オレの想定になかった発言をした。
「あんたがパメラ・ファンダインでいいのよね? ま、そんな格好で歩いてる外見10歳前後の女の子なんてこの世界に何人もいないだろうし、間違いないんだろうけど」
意外だった。
どうやら連中の狙いはオレらしい。
しかし、なぜ?
いや、思い当たる節がないわけではない。むしろ思い当たる節がありすぎてこれだというものを挙げられないぐらいだ。それでも、なぜこのタイミングで? なんとも解せない感覚が喉元にあった。
「……で、オレになんの用件だ?」
「スカウトに来たの。私たちの仲間になって」
「断る」
「あっそ。なら悪いけど力尽くってことになるわね」
ロコと呼ばれていた髪の短いほうのドワーフが、シュッと服の袖から投げナイフを取り出す。それを見て、オレもすばやく大剣を出現させた。
「パメラさん!?」
「シホル、お前は下がってろ!」
シホルを巻きこまないように3歩ほど間合いを詰めるも、連中に動きらしい動きはない。
妙だ。
飛び道具は距離を取ってこそ。
まさか、あんな投げナイフ1本でオレの大剣を受けるつもりなのか?
すでに相当不利な立場にありながらも対峙するドワーフの少女はその顔をニッと歪め、余裕の笑みを浮かべていた。
「へー、それが聞いてたあんたの大剣ね。えっと、たしか天賦技能名は……」
「〝いでよ、我が大剣〟。どうでもいいけど」
「あー、そうそうそれそれ! 斬るとか潰すだけじゃなく、それで魔力を吸い取ったり自分の傷を癒したりもできるってのが便利よね」
「……」
おいおい。なんでこいつら、オレの天賦技能についてこんな詳しいんだよ。
特に傷を癒す力のことは王都の冒険者だって知らないことだ。
ならば、一体誰がこいつらに情報を与えたのか。
「これから仲間になるわけだし、私の天賦技能も見せてあげる――」
その言葉を完全に咀嚼する前だった。
右肩に突如、激痛が走った。
視線を向けると投げナイフ。それがオレの肩に深々と突き刺さっていた。
「――なっ!?」
いつ投げた?
いや、その前に今、私の天賦技能と言ったか、こいつ……。
「〝瞬き禁止!〟――投げナイフ程度の小さな物ならこのとおり一瞬で狙った場所に転送できるわ。生き物とかは無理だけどね」
「お、お前も……天賦技能持ちだってのか……?」
「そうよ。というか私だけじゃなくてこっちのモコもね。これからあんたに紹介する仲間もみんな特殊な力を持ってるわ。どう? これで少しは仲間になる気になった? それとも、まだ風穴が必要?」
そこでドワーフの少女は再び服の袖から投げナイフを取り出すと、切っ先をこちらに向けて構えた。
「笑わせるなよ……」
見え透いた脅しだ。
所詮、そんなチンケなナイフじゃオレの動きは止められない。
たとえ何本この身に刺さろうが一撃をブチかました時点でオレの勝ち。
「いいぜ、やれるもんならやっ――」
「パメラさん、動いちゃダメ!」
ボタボタと地面に零れ落ちる血痕。それを見てか、オレの負傷に気づいたシホルが青ざめた顔で背後から駆け寄ってきた。
げっ、まずい。
奴が物を転送できる射程は不明だ。
それでも、オレの隣は絶対にまずかった。
「バカ、来るな! 下がってろ!!」
「で、でも血がこんなにたくさん……早く止血しないと!」
「あーらら、ラッキー♪ はい、〝チェックメイト〟。下手に動いたらわかってるわよね? ああ、そうやって前に出て庇ったりしても無駄だから。私の天賦技能は転送だってさっき言ったでしょ? 狙えばあんたの身体もすり抜けるから無意味よ」
「くっ……」
「さて、まずはその物騒な大剣をしまってもらえる?」
「……」
「ねえ、聞こえなかった? 私、消せって言ったんだけど? その子がどうなってもいいわけ?」
対峙するドワーフの少女の殺気が増していく。今度は、それがブラフではないことは明らかだった。
こいつ、殺人に慣れてやがる……。
逡巡する余裕すらなく、オレは能力を解除した。
「おっけーよ。それじゃ、これから私たちのアジトに案内するわね。モコ、準備をお願い」
「んっ……」
眠たげな顔をした双子の片割れが不承不承といった様子でしゃがみこむ。モコというもう1人のドワーフは、そのまま白い石を手にすると地面に大きく丸い円を囲んだあと、中に複雑な模様を描きはじめた。
どこかで見たことがあるような図形だった。しかし、肩の痛みもあってうまく思い出せない。
「……あの子たち、何をするつもりなんですか?」
「さぁな、オレにもわからん。だがシホル、これから何があってもお前は絶対に動くなよ。連中の狙いはオレなんだからな」
「で、でも、このままだとパメラさんが……」
「オレなら大丈夫だ。どこに連れて行かれようがすぐに戻っ――」
「――あら、妙な邪気を感じたと思えば、見慣れない子たちね」
小声でシホルとコソコソ話してると、不意に路地の奥から冷たい声がした。
「困るのよね。よそ者にこういうことされると」
「……は? 誰、あんた?」
長い銀髪に、漆黒のスーツ。
なんの躊躇もなくツカツカと歩み寄ってくると、その人物は地面にしゃがんでいた双子の片割れの前で立ち止まった。
「あら、転送の魔法陣? 上手ね。だけども路上での落書きはご法度よ――」
――ドガッッ!!
直後、すさまじい速さの前蹴りが放たれ、小さなドワーフの身体は高々と宙に舞い上がった。











