幕間 ~竜殺しの休日1~
ここから何話か、時間軸が多少巻き戻ってのパメラ視点となります。
「あ? 〝お祝い〟ってなんのだ?」
「そういえばパメラにはまだ言ってなかったっけ。ウチでは毎年ね、同じ日に私たち3人の誕生日をまとめて祝ってるんだよ。ちなみに今年はみんなも呼んでいつもより豪勢にやるつもりだから」
「ふーん……」
そんな話をエミカから聞いた翌日。
労働環境の改善がどうたらこうたらで最近与えられるようになった休みを利用して、オレは朝から1人家を出た。
向かう先は冒険者ギルド。
目的はプレゼントの素材となる材料の確保だ。
シホルにそれとなく確認してみたところ、キングモール家には誕生日にプレゼントを受け渡すような習慣はないそうだが、せっかくの1年に1回しかない機会である。
ここは人生の先輩として大人の気遣いを見せてやっかと、オレは思い立った。
「まー、たまにこんなことでもしねぇとな。エミカの奴、マジでオレが年上だってこと忘れかねねーし……」
誰に対するでもない言い訳を呟きながら冒険者ギルドの扉を開き、建物の中へ。アリスバレーでは朝っぱらから活動する冒険者は少ないらしく、人影はまばらだった。
「あっ」
「げっ……」
不意にそこで知ってる顔と目が合った。
以前オレの飲酒を勘違いで咎めた受付嬢。エミカとは幼なじみで、たしか名前はユイとか言ったか。赤い眼鏡をかけた黒髪の少女だ。
「ああ、そういえばあなたも冒険者なのだったわね。というか、いきなり人の顔を見て『げっ』は失礼だと思うわよ?」
「ちっ……」
一々文句の多い女だ。
しかし、顔を合わせておきながら無視して別の受付に行くのも何か負けた気がする。オレは目の前の椅子にどっかり腰を下ろした。
「小さな冒険者さん、今日はなんの御用かしら?」
「……ダンジョンで素材探しだ。冬用のコートを何着か裁縫屋に発注する予定でな」
エミカたちへのプレゼントはもう決めていた。
自分で考えていい案が出なかったこともあり、ダメ元で昨晩メイドのイオリに相談したところ『ご主人様たちはいつも薄着っすからね、外套なんていいんじゃないっすか?』と、想像以上にまともな答えが返ってきたのでそのまま採用。あの穀潰しが初めて役に立った瞬間だった。
「裁縫屋からなら丁度、毛皮の大口入手依頼が先日あったばかりだわ。たしかまだ貼り出す前だったはず。ちょっと待っていて」
そう言って背後にある書類棚に向かうと、少しして受付嬢のユイは真新しい1枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
「んー、やっぱりこれはダメね。この依頼なら達成さえすればコートの製作費用もかからず一石二鳥だったかもしれないけど……」
「どれ? おっ、獲物は〝キングラクーン〟で、それも水属性のホワイト種……いいじゃねぇか。簡単そうだし、オレこれ受けるわ」
「いや、簡単そうってあなた……アリスバレー・ダンジョンの一番近い氷雪エリアが何階層にあるか知ってて言ってるの?」
「知らん。深いのか?」
「50階層よ」
「なんだ、やっぱ楽勝じゃねぇか」
「……」
「最短で行きたいから50階層分の地図を売ってくれ」
「……本気なの? 内容をうろ覚えで持ってきたのは私だけど、とてもソロ用の依頼ではないと思うわ」
「たしかに転送石で運ぶにしても重量限界があるからな。帰りが少し心配か。まー、毛玉どもを狩り過ぎちまった時はその時だ」
「いや、そういう心配をしているわけではないのだけど……」
良案件をオレに譲りたくなくなったのか受付嬢のユイは妙に渋っていたが、やがて折れて依頼書を机に置いた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「楽勝だって言ってんだろ」
「もし危なくなったらすぐに帰ってきなさいよ。エミカだってあなたがいなくなったら悲しむんだから」
「は? なんだそりゃ……」
サインなどの手続きを済ましている最中だった。不意にそんなことを言われ、なぜか少し動揺してしまった自分に驚く。
エミカにとって、キングモール家にとって、オレはなんなのか。
いや、そんなことは考えるに値しない。
必要のないことだ。
なぜなら、オレはあいつらの本当の家族でも姉妹でもないのだから。
「いきなり変なこと言うな、このエロ眼鏡!」
「エロ眼鏡!?」
去り際に暴言を吐いて逃走。
その足でオレはダンジョンに突入した。
「さてと、マジでサクサク行くぞ」
地図を頭に入れてから、地上から地下11階層まで一気に下りる。ボス階層では駆け出しらしきパーティーが苦戦していたので加勢。ミノタウロスを大剣で屠って勢いをつけたオレはひたすら階下を目指し疾走。怒涛の勢いでダンジョンを駆け抜けた。
そして、数アワ後――
想像よりは多少手間取ったものの地下50階層に到達。
広大な雪原エリアで獲物を探しはじめて早々、幸運にもキングラクーンの群れを発見した。
「――いでよ、我が大剣!」
ミノタウロスよりもでかい真っ白な毛玉に目がけて突貫。最初の一振りで1匹目の首を斬りつけ屠ると、血に染まる雪原の中を素早く動き、オレは2匹目のキングラクーンの頭を大剣の腹で押し潰すように叩き割った。
「っと、毛皮だけ剥いで持ってくにしても2匹が限界か……」
四方八方に逃げ出していく残りの個体は追わず、オレは仕留めたキングラクーンの解体に移る。
大剣の先で切りつけ、部分ごとに毛皮を素手でズルズルと剥いでいく。地味な作業を終えると、オレは持参した布袋から強制解除のスクロールを取り出し、それを引き剥がした毛皮に向けて使用した。
モンスターの死骸はダンジョンの内外問わず、時間が経てば魔力の流失による分解作用で自然消滅してしまう。素材に対して強制解除を使うのは、それを防ぐための一般的な手法の1つだ。
「よし、帰るか」
毛皮を重ねて丸め、いくつも縄で縛った上で背負う。傍から見ればかなり無様な格好だが、転送石で運ぶ場合は戦利品をできるだけ身体に密着させておく必要があった。
「嘘、本当にソロで狩ってきたの……?」
「言っただろ、楽勝だって」
白いキングラクーンの毛皮を背負ってギルドに戻ると、エロ眼鏡は信じられないといった表情でオレを見た。
「……と、とりあえず、依頼の達成手続きを進めるからギルドカードを提出して」
「ほらよ」
「って、白銀級!?」
白銀に輝くカードを投げると、エロ眼鏡はさらに驚愕した。どうやらこいつ、オレをそんじょそこらの並の冒険者だと思っていたらしい。たくっ、また勝手に人を見かけで判断しやがって。
「……手続きは以上よ。素材は遅くても明日中には依頼主に届けておくわ。あと報酬は今この場でギルドから支払うことも可能よ。どうする?」
「目的は金じゃなく品だからな。裁縫屋と直接交渉のが手っ取り早い」
「わかったわ。それなら先方にはそう伝えておくわね」
さっそく翌日、オレはシホルとリリ嬢を連れて裁縫屋に向かった。
「これはこれは、キングモールさんのご家族の方々でしたか」
毛皮と交換でオレの分も含めて冬用コート4着を発注。シホルにだけは事情を説明した上、採寸のためエミカの服を持ってきてもらっていたが、結果としてその必要はなかった。
「以前、専用のスーツを仕立てさせていただきましたので、キングモールさんのサイズはこちらで把握しております」
「……スーツ?」
思えば一緒に暮らしはじめて以降、オーバーオールじゃないエミカの姿を見たことがない。
あいつオーダーメードのスーツなんて持ってやがったのかと、少し意外だった。











