142.帰還
誤字報告ありがとうございますm(_ _)m
「――というわけでして、襲撃者はその4人でした」
「竜騎士に、馬鹿でかいクマのぬいぐるみを操る少女。それと、半裸の獣人族と異国の僧か……」
ハインケル城に戻ると、私は会談室で事のすべてを洗いざらい話した。
「まったく信じられん話ではあるが……いや、しかし……」
ベルファストさんは護衛部隊が壊滅したことにすごい驚いてたけど、襲撃を受けたことについては何か心当たりがあるみたいだった。
その様子が少し気にはなった。でも、たぶん私なんかが知ってもしかたのない話。なので探りは入れず、代わりに今後の予定について触れた。
「明日の朝には帰る予定でしたけど、しばらく私もリリも王都に留まってたほうがいいですか?」
「いや、今回狙われたのはミハエル王子で、お前の妹の件とは完全に無関係だ。地下道のおかげでまたいつでも事情を訊けるしな。一応女王様にもご相談はするが、予定どおり帰っても構わんという話になるだろう」
「でも、レコ湖の地下道はどうします? 祠のほうもけっこう穴だらけにしちゃってそのままなんですけど」
「……そうか。その後始末もあるんだったな。とりあえず埋める必要があるならば今後またこちらから連絡する。その件に関しては運輸局諸々とも話をせんといかんだろうしな。いや、だが最悪アンナを絡めるとまた話がややこしく……」
そこで頭を抱えると、ベルファストさんはしばらくブツブツいったあとで心底まいった様子でため息を吐いた。
立場上、今回の一件の責任者であるわけだから事後処理に追われるのは間違いない。
地位を持った大人ってほんと大変だね。
「ご心労お察しします」
「子供が妙な気を遣うな……」
「んじゃ、そろそろ戻ってもいいですか? 子供はもう寝る時間だとも思うので」
「ああ、構わん。遅くまで付き合わせて悪かったな」
「いえいえ」
席を立ち、軽く頭を下げてからドアノブに手を伸ばす。
そんな帰り際の私の背中に、ベルファストさんは不意にお礼をいった。
「お前がいてくれて助かった。感謝する」
「え? あ、はい……」
どうせなら面と向かっていってくれればいいのに。
気恥ずかしいのかプライドが高いのか、私が振り向いてもベルファストさんは手にした書類に目を落としたままだった。
やれやれ、面倒な人だね。
ま、お礼をいわれて悪い気はしないし、別にいいけど。
「ご報告、お疲れ様でした」
会談室を出ると、扉の外にはここまで案内をしてくれたティシャさんの姿があった。
どうやら事情聴取が終わるまでずっと待っててくれたらしい。
「女王様がお呼びでございます」
また彼女の案内に従って、私は次に謁見の間へと移動した。
「一度ならず二度までも、ミハエルを救ってくれて……エミカ、あなたには本当になんとお礼をいったらいいのかしら……」
ベルファストさんに続いて女王様からも感謝されて、私はその場でぎゅっと抱きしめられた。
1日動いてまだお風呂に入れてないから、なんというかその辺が気になったけど、女王様のほうに気にしてる様子はない。なので、ここは大丈夫だと思うことにしとく。
「……あ、あの、ミハエル様とリリは? もう眠っちゃいましたか?」
「ええ、よほど疲れていたのでしょうね。エミカが戻ってくるまであの子たちは起きているつもりだったようですが、つい先ほどベッドに」
お城に着いてすぐ別れた王子様とリリはもう夢の中。今は2人とも、厳重に警備された女王様の部屋でぐっすりだそうだ。
「妹が迷惑をおかけしませんでしたか?」
「迷惑だなんてとんでもないわ。自分のために大勢の人が負傷したと落ちこんでいたミハエルを、リリはずっと勇気づけてくれていたのよ」
私の印象だと王子様は終始パニックを起こさず冷静だったけど、やっぱ怖い目に遭ったわけだし心のダメージは大きかったみたいだ。ま、いくら王子様とはいえ7歳になったばかりの子供だし、当たり前といえば当たり前か。
だけど、リリがそんな気遣いを……お姉ちゃん、ちょっぴり感動だよ。
「朝になったらリリは貴賓室に連れていきます」
「わかりました。今晩はお言葉に甘えさせていただきますね」
熟睡してる妹を起こすのも可哀想なので、今日は女王様のほうで預かってもらうことになった。
「あなたも疲れたでしょう。あとのことは私たちに任せて今夜はもうゆっくり休んで頂戴」
襲撃の件は今後、女王様主導でミハエル王子誘拐未遂事件として調査を続けるそうだ。
あまり私が首を突っこむべき話ではないんだろうけど、もし何か協力できることがあればいってくださいとだけはいっといた。
ま、私にできることなんて事情聴取程度だから社交辞令みたいなもんだけど。
「ティシャ、エミカを貴賓室までお連れして」
「はっ」
「エミカ、今日は本当に助かりました。謝礼はこの騒動が落ち着き次第、後日必ず」
「あ、いや、そんな謝礼なんて……」
護衛として当然のことをしたまでです。なんて歯の浮くようなセリフが出かかったけど結局呑みこんだ。
そのまま女王様と別れて貴賓室に戻った私は、お城の浴場で今日の汚れを洗い流したところで体力の限界を迎え、部屋のベッドに倒れこんだ。
「おねーちゃん、おきてぇ~!」
「――ごふっ!!」
翌朝、リリの容赦ないボディプレスで目覚めた私は、朝食をたらふく食べたあとで帰りの準備を進めた。
朝食を運んできてくれたティシャさんの話では、女王様は明け方近くまで襲撃の件でベルファストさんたちと話し合ってたそうで先ほどおやすみになったばかりらしい。
ほんとなら一言挨拶してから立ち去るのが礼儀なんだろうけど、お店のこともあるからできれば遅くても昼前にはアリスバレーに戻りたかった。
「エミカ様のご予定を優先してください。女王様もそれを一番に望まれておりますので」
ティシャさんに相談した結果、今すぐ帰りの馬車を用意してもらえることになったので3人で城門に向かった。
「あ、おはようございます」
「おう」
「てか、ひどい顔ですね」
「ほっとけ」
馬車を待ってると目の下にクマを作ったベルファストさんがヨレヨレとやってきて、昨夜王都へ運ばれたマストンさんたち重傷者の経過を教えてくれた。
「全員とりあえず山は越えた。全治に相当かかる者もいるそうだが、死者は奇跡的にゼロで済みそうだ。王立騎士団のメンバーも両パーティーの冒険者たちも、みんなお前に感謝してたぞ」
「わざわざそれを伝えにきたんですか?」
「気になっていると思ってな。なんだ、別に教えなくてもよかったか?」
「……いえ、正直めちゃくちゃ気になってました」
「だろうな。お前はそういう奴だ」
ベルファストさんはかすかに口角を上げると、またヨレヨレと城のほうに戻っていった。
「では、エミカ様にリリ様。またお目にかかれる日を楽しみにしております――」
それから少しすると馬車がきたのでティシャさんとも別れ、私はリリと一緒にアリスバレーに戻った。
ほんと一時はどうなるかと思ったけど、こうしてなんとか無事に帰ってこれて万々歳。見慣れたアリスバレーの街並みに、ザワついてた私の心もようやく完全に落ち着きを取り戻した。
「家に帰る前にちょっとモグラ屋さんに寄らせてね」
「はーい」
ダンジョンがある広場の近くで御者さんに降ろしてもらったあと、私はリリと手を繋ぎお店に向かった。
「しーちゃんたちいるー」
「え?」
リリにいわれて街路の先を見ると、お店の壁に背中を預けてるシホルの姿があった。
さらにはその両隣に、イオリさんとピオラさんのメイドさんコンビ。
呼びこみでもやってるのかと思えば、そんな感じでもなさそうだった。
「お~い、シホルー!」
遠くから声をかけると、上の妹はパッと顔を上げてこちらに駆け寄ってきた。
「エミ姉、大変なの! パメラさんが昨日変な人たちに襲われて――それで、どっかいなくなっちゃったの!!」
「へ?」
あまりのことに最初、話が頭に入ってこなかった。
「パメラが襲われたって……え、無事なの? てか、いなくなったって!?」
「え、えっと! エミ姉の〝親友〟だっていう人が助けてくれて無事は無事だったんだけど、今朝起きたらパメラさん家からいなくなってて……それでエミ姉の親友だっていう人に訊いたら、襲ってきた人たちとどこか遠くにいったって! もう戻ってこないかもしれないって!!」
「戻ってこない……?」
衝撃に思わず口を噤んだ。
私がいないあいだパメラの身に一体何があったのか。
それを確かめるため、私は私の親友の下へ向かった。











