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139.くまさん


 咆哮。

 爆発。

 崩れ落ちる天井の音。


 後ろから響く喧騒を振り切りながら、私は苔の光を頼りにして走る。もちろん両脇には王子様とリリも一緒だ。


「はぁ、はぁ……!」


 ある程度離れてから穴を掘って脱出するつもりだったけど、もう隣ではミハエル王子が息を切らしてた。

 かなりつらそうだ。

 ここは無礼を承知で小脇に抱えちゃうべきか、それとももうこの辺で穴を掘ってしまうべきか。


 逡巡する中、そこでふと背後に異様なプレッシャーを感じた。


「――げっ!?」


 振り向くと、何か大きな影がものすごい勢いでこちらに迫ってきてるのが見えた。

 確実に縮まっていく距離。やがて光苔のぼうっとした緑の明かりが、その巨大な姿をはっきりと照らし出す。


「2人とも、そのままいって!」


 人の3倍近くはある継ぎはぎだらけのクマのぬいぐるみ。

 それが小走りで私たちを追いかけてきてた。


「……」


 なんとなくクマには見覚えがあるような気もする。

 でも、意味がわからない。

 しかも発せられる雰囲気はトゲトゲしく、ひどく攻撃的。愛らしい姿ではあるけど、いい存在じゃないことはたしかだった。

 私は幼い2人から手を離して、すぐに回れ右で戦闘態勢に入る。


 どうする?

 モグラホールで大きな穴を掘って足止め?

 それとも、ここは単純にアッパーかシュートで迎撃?


「あっ――」


 再度の逡巡の中、そこでクマの左肩にちょこんと座ってる女の子の存在に私は気づく。

 ストレートでツヤツヤの綺麗な黒髪と、ヒラヒラでフワフワのどこか怪奇的なワンピース。

 間違いない。

 さっき見た襲撃者の1人だった。


 やっぱ敵。

 私しかいないんだ。

 私が、2人を守らないと……。


 やることはあまりにもはっきりしてた。

 だけど、相手が同世代の女の子だとわかった途端、決心が鈍った。

 派手にやったら大怪我をさせてしまうかもしれない。

 いや、モグラの爪は強力だ。

 怪我だけで済めばまだいいほうだろう。

 下手をしたら――


「――わあぁー!!」


 迷いとためらいの中だった。

 唐突に、背後から歓声が上がる。



「おっきなくまさんだああぁ~~~!!」



 あ、まずい。

 そう思った瞬間、私の横を疾風のごとくリリがとおり抜けていった。そのままクマのぬいぐるみに向かって猛進していく。


「ダメ、止まって!!」


 心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる中、慌てて叫ぶ。

 今からモグラシュートを繰り出そうにも射線上にはリリがいる。もう迂闊には攻撃できなくなってしまった。


「リ、リリちゃん……!」

「王子様はそこにいてください!」


 こちらに近づこうとしてくるミハエル王子を手で制しながら、私も巨大なクマ目がけて駆け出した。

 同時、クマの肩に座ってた女の子がスクッと立ち上がるのが見えた。

 接近してくるリリに気づいたんだろう。

 彼女は暗い眼差しを地面に向けてた。


「くまさぁーーん!!」

「……たとえ子供でも、邪魔をするなら容赦はしないの」


 女の子の冷たい声音が響いた直後だった。

 クマが両足を踏ん張って急停止。

 巨大な布と綿の塊はピタリと静止したあとで、その先端が丸まった右手を鍾乳石の天井スレスレに掲げた。


「くまさん、チョップなの」


 巨大さゆえの錯覚か、やけにゆっくりと動いて見えるクマの腕。

 だけど、今度は叫ぶ間もなかった。

 リリの頭上を目がけて振り下ろされた一撃は、耳をつんざく衝撃音とともに周囲の地面をぼっこりと凹ませた。


「――っっ!?」


 声にならない悲鳴。

 すぐに思考も足も止まる。

 一瞬、あまりのことに心臓も止まったかと思った。


「おかしいの。手応えが、ない……?」


 それでも、クマに乗る女の子の怪訝な表情を見て、私はハッと我に返る。


「わぁー、くまさんのおてておおきいー!!」

「リ、リリ!?」


 直後、クマの右腕にしがみつく妹の姿を確認。

 そのまま半ばよじ登るようにしてあっという間に肩まで駆け上がると、リリはクマの右頬にぎゅっと抱きついた。


「くまさん、ふかふかぁー!!」

「あっ!? こら、触っちゃダメなの! この子はゴルディーのくまさんなの!!」


 反対側の肩から身を乗り出して、襲撃者の女の子は必死になって声を荒らげる。

 だけど、リリは目下のところクマに夢中で彼女の存在にも気づいてなかった。


「ねえねえ、くまさん! くまさんはどっからきたのー!?」

「ゴルディーを無視しないの!」

「ん? おねーさん、だれぇ?」

「ゴルディーはゴルディーなの! いいから早くそこから下りるのー!!」

「なんでー?」

「な、なんでって……とにかくこの子はゴルディーのくまさんなの!」

「えー。でも、くまさんはくまさんで、だれのものでもないよー? たぶんくまさんもそうおもってるよー」

「……うぐっ、これだから子供は嫌いなの! こうなったら実力行使なの!!」


 リリの謎の主張に怒った女の子は、うなじ側から回りこみ左肩から右肩に移動。クマのほっぺたにしがみつく妹を力尽くで引き剥がしにかかった。


「ゴルディーのくまさんから離れるのー!」

「いやぁー!」


 頑なに拒否するリリ。捕まえようとする女の子の手から逃れて、今度はクマの頭部をよじ登りはじめる。

 女の子も負けじと腕を伸ばし、妹の両足を逃がすまいとつかむ。


「ああっ!? そこは取れかかってるからほんとに触っちゃダメなのー!!」


 引きずり下ろされそうになったリリは、慌ててクマの右耳に手を伸ばしぶら下がった。

 直後、ビリリッと布が豪快に引き裂ける音とともに周囲に白い綿が飛び散った。


「「あっ……」」


 ほぼ千切れかかった耳を見て、クマを巡り争ってた2人はその場で固まった。


「ゴ、ゴルディーのくまさん……」


 ただ唖然とする女の子。

 さすがにリリも悪いと思ったのか、クマと女の子の顔を交互に見ながらしおしおと項垂れていく。


「くまさんとくまさんのおねーさん、ごめんなさい……」


 素直に謝ることはいいことだ。

 でも、その安易な謝罪は却って相手を怒らせる結果となった。


「よ、よくもなの! よくもゴルディーのくまさんをっ……!!」


 怒りに震える女の子が一歩一歩、リリにゆっくりと近づいていく。

 ああ、まずい。

 下からでもわかるほどに、ヤバい雰囲気が漂ってる。

 もう時間切れだ。

 動くなら今しかない。

 下手をすればなんて、考えてる余裕はなくなった。



「――モグラアッパー!!」



 危険は承知の上。

 妹に危害が加えられる前に、私は地面から巨大な石杭を出現させるとそのままクマのボディーを貫いた。

 貫通の衝撃で揺れつつも、斜め下から串刺しにされたことで標的は倒れず地面に固定。

 クマの肩から2人が振り落とされなかったことに安堵しつつ、私は下から大声で叫んだ。


「リリ、今すぐ下りてこないとおねーちゃんものすごく怒るよ! ()()()()()()()!!」

「――っ!?」


 一番上の姉としてその脅し文句はどうかと思ったけど、狙いどおり効果は抜群だった。

 クマの右肩から腹部に突き刺さった杭の上にすばやく着地すると、ズサーと滑って地面へ。そのままリリは素直に私のほうに駆け寄ってきた。


「危ないから王子様と後ろにいて!」


 妹が指示に従うのを待ってから、私はさらに狙いを定めて攻撃をしかけていく。

 即座にゴーレムの宝石で杭をクリエイト&リリース。



「――モグラシュート! シュート!!」



 連続で強烈な技を2発。

 クマの右足先、左足先と順番に撃ちこんでいく。

 脚部が破裂して布の破片と細かな綿が散る中、支えを失ったクマはぐったりとお腹に大穴を開けた杭に寄りかかるようにして前傾。その直後、ポンッと気の抜けた爆発音と煙を残して、瞬く間にその姿を消した。


「………………」


 手応えはあった。

 それでも油断することなく、私は前方に立ちこめる白煙の中を注意深く見つめる。


「うぐ、ひっぐ……」


 やがて煙が晴れると、地面の上でうずくまるようにして泣いてる女の子の姿を視認。彼女は嗚咽を漏らしながら、お腹に大穴が開いて両足がなくなったクマのぬいぐるみを労わるように抱きしめてた。


「うぅ、ひどい……ゴルディーのくまさんをこんなにするなんて、ひどいの……」

「……」


 状況を見る限り、さっきの巨大なクマがあのボロボロのぬいぐるみで間違いなさそう。

 つまり、物を巨大化させるような魔術を施してたってことかな?

 でも、そんな魔術聞いたことないような……?


「いや、今はそんなことよりも……リリ、王子様いくよ!」


 敵は完全に戦意喪失。

 脱出するチャンスだった。



「――おりゃ、モグラクロー!」



 結局、そのまま鍾乳洞の一番奥まで走って地上に向けて一気に階段を掘った。

 急いだぶん段差はかなりきつくなったけど、ほどなくして地上へ。

 鮮やかな夕焼け空の中、顔を出すとそこは開けた草原だった。北側の少し離れた場所には鬱蒼とした森も見える。

 王子様とリリを地上に出したあと、私は暗黒土竜の魔眼の自動地図機能を使って現在地を確認してみた。


「どうもレコ湖の東側に出たみたい」


 つまり、祠の入口に戻るにはこのまま西に向かえばいいってわけだ。


「エ、エミカさん――!」


 とりあえず1つ山を越えたことに安堵してると、唐突に王子様にぐいぐいと腕を引っ張られた。

 何事か、彼は困惑した表情で西の空を指差してる。

 私が視線を向けると、そこには大空を優雅に飛翔する竜の姿があった。


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