138.強襲
「――あ、そういえば、今度ウチのお店で木工全般の新商品を扱うんですが、こういう物なら買うぞっていうか何か要望はありませんか?」
「ほお、木材製品であるか」
祭壇部屋からも離れた鍾乳洞の奥地。
聖杯の儀が終わるまでのあいだ、私は精鋭部隊に選ばれた6人の冒険者と輪を囲んで雑談。ついでなのでモグラ屋さんの新商品について、みんなには相談に乗ってもらった。
「新人の育成用に木剣や打ちこみ用の人形などがあればまとめて買おう」
「ウチは弓部隊もいるからな。矢もいくらあっても困らんぞ」
「我々肉体言語は、ちょうどパーティーハウスの家具の新調を考えていたところである。もしエミカ殿の店で発注できるのならばお頼みしよう」
ふむふむ。
木剣に打ちこみ台に大量の矢。
それと、家具一式のあつらえか。
うん。やっぱ実際に意見を聞くと勉強になるね。需要がはっきりすれば在庫を抱える心配もなくなるし。てか、お客様用に要望箱を店内に設置するってのもいいかも。帰ったらスーザフさん辺りに相談してみよう。
「木材品となると、もしかして馬車みたいに大きな物も取り扱う予定だったりするのかな?」
「あ、いえいえ、さすがにそこま……」
アーサーさんに訊かれてすぐに否定するも、途中で不可能でもないことに気づいて口ごもる。
ぶっちゃけ材料はいくらでもあるし、馬車の設計図と大工さんがいればたぶん作れちゃう。それに金属に代用可能な部品があれば、私が用意することもできるわけだし製造する時間も短縮できそうだ。
材料費がかからないぶん、手間と時間を省ければさらに販売価格を安く抑えられる。それなら馬車に手が届かず荷台を押して商売してる人にも買ってもらえるんじゃ――あ、でもどっちにしろ馬代がかかっちゃうか……。1頭だけにしろ最初の購入費はもちろん、エサ代だって大変だ。
ん?
いや、待てよ。
なら馬も安く売ってあげればいいだけじゃ? 私が牧場を作って牧草も魔力土で育てれば、たぶん馬も格安で育てられる。
おお、なんかピンときちゃったかも!
「フッフッフ……」
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないです!」
格安馬車の大量生産。
ま、ほんとにやるかやらないかは別として、こういう発想は新しい商売のヒントにも繋がるはず。
貴重な意見をゲットして私がホクホクしてると、そこで遠くのほうからリリの声が響いてきた。
「おねーちゃ~~ん!」
どうやら儀式が終わったらしい。神官服姿の妹は駆け寄ってくると、えいっと私に抱きついてきた。
「ちゃんといわれたとおりにできた?」
「うんっ!」
自信満々に頷くリリ。私はそのぷにぷにのほっぺを両手でスリスリしつつ、トラブルもなく儀式が終わったことにホッと一安心。妹の小さな手を取り、そのまま他の冒険者メンバーとともに祭壇部屋の前に戻った。
「皆の者、無事聖杯の儀は終了した。我々はこれより帰還する!」
ラッセル団長の号令の中、部隊は再度陣形を組み直して出発。往路とは反対に、私とリリは王子様や精鋭部隊、神官さんたちとともに最後尾での進軍となった。
30名を超える一団が長い隊列を維持したままゆっくりと進む。
気をゆるめたわけではないけど、行きとは違って肩の荷が下りたように足取りは軽かった。
いつもより朝が早かったこともあり、今さらになってそこで眠気にも襲われる。気の抜けたあくびが漏れた。
「ふわ~あ……」
あー、まずい。
これじゃ帰りの馬車の中で眠っちゃうかも。
気合を入れ直さないとだ。
「う~んっ――ん?」
それは私が両手を上げて、思いっきり背伸びをしてる最中だった。
不意に、隊列が止まった。
まだ鍾乳洞エリアを歩きはじめて少し。祠の出口へと繋がる道にも入ってない。何やら先頭のほうがザワザワと騒がしいけど、人の列が重なってて何が起こってるのかは最後尾からじゃわからなかった。
「私が確認して参ります――」
そして、そういってラッセル団長が隊列を離れようとした直後だった。
突然前方で何かが飛び上がった。
――ドガアアァン!!
次の瞬間、打ち上がった〝モノ〟が天井に衝突。鍾乳洞内に衝撃音が木霊する。
「危ないっ、伏せて!」
砕けた鍾乳石がガラガラと周囲に飛び散ってくるのを見て、私は慌てて王子様とリリの上に覆いかぶさる。周囲にいた精鋭部隊のみんなも取り囲むようにして咄嗟に2人を守ってくれた。
「な、何が――」
起きたの?
それを言葉として吐き出す前に衝撃音はさらに2度、3度と立て続けに響き、また天井の鍾乳石を破壊していく。
私はなんとか情報を得ようと、しゃがんだままの姿勢で爆発音のした方角を仰いだ。直後、マストンさんたちの赤いマントの隙間から見えたのは落下する人らしき姿。一瞬だったけど、鎧に刻まれた王立騎士団の紋章も確認できた。
「えっ……」
つまり、鍾乳洞の天井にぶつかったのは騎士団のメンバー?
それも何人も。
まったく意味がわからなかった。
未だに状況を把握できないまま、辺りは怒号や悲鳴で一層騒がしくなってた。ラッセル団長に王子様と一緒に下がるよう指示されて、リリともども背後に匿うようにしてミハエル王子を守る。
その頃にはもう、前方では本格的な戦闘がはじまってた。
「――ガハハハッ、鈍ぇ!」
「――ぬんっ!」
今度は左右の壁に同時だった。甲冑に身を包んだ団員さんたちが吹き飛ばされていく。
また木霊するすさまじい衝撃音。
反響で耳がおかしくなりそうだった。
「おねーちゃん、あのひとたちだれー?」
「……」
リリの質問には答えられなかった。
だけど、その時点で自分たちが何者かの襲撃に遭ってることは嫌でも理解できた。幼い2人に絶対傍から離れないよう念を押したあとで、私は再び前方に視線を戻す。
進行方向。
鍾乳洞の出口側。
そこには全身黒尽くめの3人組の姿があった。
1人はツルツルの頭に一風変わった法衣を身にまとい、もう1人は上半身裸でその頭には獣人族特有のケモノ耳がある。
顔立ちから判断するに、両方とも年齢はかなり若そうだ。
前者は横にガチッとしてて、後者は縦にガチッとしてる感じ。どちらもものすごい大男だった。
「ゴルディロックス、貴様も手伝わぬか」
「お断りなの。くまさんが返り血で汚れるのは嫌なの」
最後に、2人の大男のあいだに半ば隠れるようにして、ふわふわでひらひらのワンピースを着た女の子がいた。たぶん私と同じか、もしくは1つか2つ上ぐらいの年齢だと思う。
ゴルディロックスと呼ばれた少女は、なぜかその胸にボロボロのクマのぬいぐるみを大事そうに抱えてた。
「――くっ、下がって態勢を整えよ! 両側面を囲え!!」
不用意に突っこめばただやられるだけ。先頭集団の大部分が吹き飛ばされたところで王立騎士団は一度距離を取り、黒尽くめの3人組を包囲しにかかった。
追撃はなく、そのまま弧を描く形で相手の正面と側面を抑えることに成功する。
にらみ合う両陣営。
襲撃がはじまって初めて生まれた膠着だった。
直後、剣を抜いたラッセル団長が前方に歩み出て叫んだ。
「貴様ら、何者だ!?」
その問いに法衣姿の大男が応じる。
「残念ながら貴様らに名乗る名は持ち合わせていない。用があるのはそこの王子だけだ。この場で大人しく引き渡すのならば貴様らは見逃してやろう」
「き、貴様っ! それは我々が誇り高き王立騎士団であると知っての言動か!? もはやこれ以上の狼藉は許さんっ、不逞の輩どもめ……! 今この場でその命を持って償ってもらうぞ!!」
交渉とも呼べない交渉だった。
決裂直後、ラッセル団長の号令とともに半包囲した王立騎士団の面々が一気に襲いかかった。
次々に振り下ろされる剣。
だけど、それらは命中することなく、いとも簡単に避けられていく。
正直なところ、包囲しても勝機がないことはすぐにわかった。
法衣姿の大男は素手で、獣人の大男は足で、また騎士たちを打撃で吹き飛ばしては辺りに轟音を響かせていく。
あまりにも動作が速すぎて私の目では追い切れなかった。
気づけば斬りかかりにいった騎士団のメンバーが1人、また1人と倒されていく。
まるで大人と子供だ。
襲撃者たちの力は圧倒的だった。
「な、なんなの、あの人たち……」
そう呟いてるあいだにも、さらにまずい状況になってきてる。
さっきまであくびが出るほどの状況だったのに、一瞬先は闇。落とし穴にでも落ちた気分だった。
焦りからか頭も上手く回らない。
その上、一度クールダウンする時間すらもなさそうだ。
とにかく相手の狙いが王子様だってことははっきりしてるわけだし、絶対に私が守らないと……。
とにかくまずはこの場を突破すること。
祠を出れば、そこには大勢の味方が――
「――あっ」
不意に、そこで疑問にぶち当たった。
入口からここまでずっと一本道だった。つまり、どっかに隠し通路でもない限り、あの襲撃者たちは普通にあの入口を通ってきたってことになる。祠の前には100名以上の守備隊がいたはずだ。
いや、さすがにあの数を全員倒して突破してきたとは思えない。きっと透明化や迷彩の魔術やスキルを駆使して入りこんだんだろう。少なくともここさえ突破すれば事態が解決する前提は変わらない。
「………………」
そう結論づけながらも、こめかみからは一筋の冷たい汗が流れ落ちていく。
どうしようもなく嫌な予感。
前方ではさらに味方の戦力が減りつつあった。
「――エミカ殿、エミカ殿!」
「へ? あ、はい!」
そこでようやくマストンさんに声をかけられてたことに気づく。周りを見れば冒険者の精鋭6人と神官さんたちが私を見てた。
「エミカ殿、あれらは真の強者である。そして、おそらくまだその力の片鱗すらも見せていないだろう」
「時間は俺たちが稼ぐ。王子様とその子を連れて君は逃げてくれ」
「え?」
「エミカ殿の力ならば、ここを脱出することも容易であるはず」
「……い、いや、それはそうですけど、皆さんはどうするつもりですか!?」
「今いっただろ。我々はここで時間を稼ぐ。だが安心しろ、もちろん負けるつもりもない」
「この神官たちも俺らに力を貸してくれるそうだしな」
「治癒や補助系統の魔術ならば全員使えます」
「我々が負傷した方を治療しつつ、交代で戦えば奴らもいつかは体力を消耗するはずです」
「だけど、100%勝てる確証はない。だから君は王子様を連れて逃げてくれ」
「で、でも……」
「エミカ殿、もう迷ってる時間はないのだ」
「……」
自分が残ったほうが勝率は少なくとも上がるはず。
だけど、あの連中の狙いは王子様だ。このままここに留まれば、戦闘の混乱の中で大怪我をさせてしまう可能性もある。
ここは王子様とリリを連れて逃げ、地上の守備隊に急いで合流して助けを求める。
それが最善。
それが、最善のはず……。
やがて私は逡巡しながらも決断した。
「わかりました! でも、あとちょっとだけ時間をください」
その場で赤黒い長剣と斧と盾を大急ぎでクリエイト&リリース。
以前、ダンジョンの外層で作った〝絶対に壊れないシリーズ〟の復刻版だ。
今できるもう1つの最善策として、それらを蒼の光剣の3人に渡した。
「モグラメタル製のやつよりも性能は遥かに高いはずです。あと竜が踏んでも絶対に壊れません」
「おいおい嬢ちゃん、そりゃ本当か!?」
「たしかにこの盾、異様な魔力を感じますね……」
「ありがたく借り受けよう。そしてこの場を切り抜けたら改めて礼をさせてくれ。王子様を頼んだぞ」
「はい!」
――ドガアアアァン!
直後、また衝撃音が響いて天井からバラバラと鍾乳石の破片が降り注いだ。
前方をちらりと見ると、王立騎士団のメンバーはラッセル団長含めてもう数人ほどになってた。
「王子様、リリ、絶対私から離れないで! 全力で走るよ!!」
「はぁーい!」
「は、はいっ!」
どこか間延びした返事と、少し震えた返事。幼い2人の手を取ると、私は鍾乳洞の奥へと戻る形で駆け出した。











