幕間 ~終焉の解放者2~
「本当に大丈夫なのかね!?」
「はい、問題はありません。皆ズバ抜けた戦闘能力を持つ逸材たちです」
「しかし、実行部隊がたった四人とは……」
なぜ、そんなにも怯えている。
決行日当日。
首府議事堂内の一室に集まった小国代表者委員会の面々を見て、パープル・ウィスパードが真っ先に抱いた感想はそれだった。
どいつもこいつもだった。
身の内に、恐怖を宿している。
理由は明白だ。
それは、今日成されることが正義だと信じていないから。
頭の中にあるのはただ己の保身ばかり。
力を持ちながらも信念はなく、ただ命じられたままに動く傀儡。
そんなものは生きていても死んでいても同じ。
価値は、無きに等しかった。
「ちょっと、どこ行くの?」
「すぐに戻る」
一番付き合いの長いジーアが随時状況を報告している最中、興味を失ったパープルは欠伸を噛み殺しながら部屋を出た。そのまま目的地を定めず、なんとなく足の向いた方角へ進む。
この国にきてもうしばらく経つ。しかし、パープルにとってなんとも言えない退屈な日々が続いていた。
元々は世界に天賦技能を齎したというダンジョン目当ての入国。それが、道中襲ってきた山賊をジーアが尋問したことで大幅に予定が変わった。
『小さいけど、この国は利用できるかもしれないわ』
犯罪組織と権力者たちとの癒着を鑑みれば、根無し草の私たちでも国家の中枢に入り込める。そう豪語するジーアの指示の下、メンバーの数名が北方で名声を得た結果、あっさりと先方からお呼びがかかった。
この国の代表者たちとの接触は今後、国境を接する王国打倒への布石となる。
些か遠回りで消極的でありながらも、ジーアの戦略と読みは正しかったと言える。
ただし、いきなり王子の誘拐話を持ちかけられるとは彼女も思いもしていなかったが。
『かなり切羽詰まってる印象よね』
何者かに追い立てられている。
そして、それこそが彼らの恐怖の根源。
黒幕の存在は当初から二人の共通認識であり、その正体はすでにジーアの天賦技能である〝従属する死と腐敗〟で判明している。
しかし、黒幕の処遇については二人のあいだでも意見が割れた。
『黒幕が辺境の領主なら直接乗り込めばいい』
『それで、乗り込んだあとは?』
『殺す』
『またそうやって、あなたはすぐ考えなしに……』
利用できるだけ利用し、入り込めるだけ入り込む。
パープルの強硬策は即時却下され、結局ジーアの案が採用となった。
従順な飼い犬を演じるならば自分の存在は却って邪魔になる。しかし、だからといってクランの代表者として顔を出さないわけにもいかない。結果として実行部隊にも参加できず、こんなところで暇を持て余すこととなった。
『パープルは何もしなくていいから、とにかく絶対に問題は起こさないこと。もちろん流血沙汰も禁止よ。いいわね?』
ここ直近で何度も何度も念押しされ、いい加減うんざりしていることではあったが、奇跡的にまだ約束は守れていた。
「――うろちょろしやがって、ブチ殺してやるぜ!!」
「ひいいぃ~、お許しをーー!!」
私も我慢強くなったものだな、そんなことを考えながら通路を曲がったところで五、六人の集団と出くわした。
揉め事か、人一倍体格の大きな男が全身黒尽くめの少年の胸倉をつかみ上げている。情けなく泣き叫んでいる後者にどこか見覚えがあると思えば、それは終焉の解放者の古株の1人だった。
「ユウジ、何をしている」
「パープル!? た、たしゅけてー!!」
先ほどから姿が見えないと思っていたが、こんなところで絡まれていたとは。パープルは呆れながらも、オーガに似たゴツゴツとした強面の大男に向かって仲間を解放するように諭した。
「それは我がクランの所有物だ。返してくれないか?」
「……はっ、いいぜ! そんなに返してほしけりゃ、返してやる――よッ!!」
「ぎゃああぁー!!」
次の瞬間、大男はユウジを振り回すように高く持ち上げると、力一杯に振りかぶった。
直後、至近距離から投げ付けられたユウジを最低限の動きだけで躱すパープル。そのまま背後に転がり壁に激突する仲間を見届けたあとで、彼女は表情一つ変えることなくまた大男に向き直った。
「こ、このクソアマ!」
「何よけてんだてめー!」
「スカしてんじゃねぇぞ、コラ!」
大男の取り巻きたちが口々に罵るのを無視して、パープルは大男に向かって訊いた。
「悪いが、喧嘩を売られる覚えがない。私は、お前に何かしたか?」
「……」
「おいおい、言ってくれるじゃねぇかよ! 眼中にねぇってことか、ああっ!?」
「眼中ではなく、記憶にない。お前らは誰だ?」
「て、てめぇー!!」
「もう我慢できねぇぜ!!」
「ボス! マジでここで犯ッちまいましょうよ、このエルフの雌!!」
「くっく……」
取り巻きたちが騒ぐ中、大男は額に手を当て、くつくつと笑う。しかし、その目の輝きは怒りの色で満ち溢れていた。
「お偉方に媚を売って入り込みやがって!!」
「おかげで俺らにお呼びがかからなくなったじゃねぇーか!!」
「責任を取りやがれっ、この淫売!!」
飛び交う暴言に、パープルはそこでようやくなんとなく事情を呑み込んだ。つまりは逆怨みである。
「二つ、誤解があるな。まず我々がこの国の権力者たちを色香で惑わせたという事実は存在しない。彼らが我々を指名したのはそれに見合う力と意志があると判断したからだ。よって、お前らが干された理由はただの力不足だ」
「「「………………」」」
パープルの釈明後、周囲は静まり返った。取り巻きたちもまさか面と向かってここまで言われるとは思ってもいなかったらしい。その視線は一様に大男へと集まっていく。
ここまで虚仮にされて俺たちのボスが黙っているはずがない。
取り巻きたちは込み上げる怒りを抑えつつ大男の言葉を待った。
「くっく……、エルフ風情が言ってくれるじゃねぇーか。今日のところはその度胸に免じて見逃してやるぜ」
「兄貴っ!?」
「いいんですか、このままナめられっ放しで!?」
「うるせーぞ、てめぇら。俺はお楽しみは最後まで取っておくタイプだぞ。おい、エルフの女、俺の名は――ブブドロゴスだ。よく覚えとけ!」
捨て台詞を吐くと、大男とその取り巻きたちは背を向けて離れていく。その背中が見えなくなる頃にはもうパープルは男の名を失念していた。
たしかやたらと濁った名前だった気がするが。
いや、そんなことはどうでもいい。
「生きてるか、ユウジ」
「う、ううっ……」
頭から壁に激突し、情けない格好で伸びているメンバーに肩を貸して起き上がらせる。ダメージはあるものの、彼の意識ははっきりとしていた。
「犬骨の連中は……?」
誰だそれは? と一瞬思うも、さっきの連中のことだろうとすぐに理解する。
「お楽しみがどうの言って帰っていったぞ。何か予定があったんだろう」
「そ、そうか……。クソ、あいつら少し肩がぶつかっただけで因縁付けてきやがって! 今度会ったら百倍返しにしてやる!!」
「連中まだそう遠くには行っていないぞ」
「え?」
「報復したいなら今度と言わず今連れ戻してきてやろう。ここで待ってろ」
「あ、ちょっ、待ってやめてパープル! ごめんなさい嘘嘘嘘、嘘だから! ぶっちゃけ情けない自分を慰めるためちょっと虚勢を張ってみただけですからー!!」
「それならそうと先に言え」
「ふぁい、ずびばせんでぢた……」
廊下に跪き頭を垂れるユウジを再び助け起こす。頑丈さだけが取り得のユウジのことだ、手当ては不要だろう。このままジーアと代表団がいる部屋まで引き返すことにした。
「しかし、パープルも変わったよな~」
「なんの話だ?」
「いや、さっきの連中、昔だったら俺を投げ付けてきた時点でプッチーンの皆殺しだっただろ?」
「……」
言われて違和感に気づく。
なぜ、殺さなかったのか。
「たしかに、少し前の私だったら連中をユウジごと抹殺していたな」
「いや俺は殺さないでくれます!?」
自ら変わったのか、それとも仲間に変えられたのかまではわからない。
しかし、どうやら自分は本当に我慢強くなったようだ。
パープルは自らの変化に僅かな驚きと不安を抱いたが、それもすぐに忘れた。
「――アレク経由でラッダたちから今連絡があったわ。祠入口の戦力は無力化。これから中に突入するそうよ」
同時刻、王国のレコ湖周辺ではミハエル王子誘拐計画が着々と進んでいた。











