134.準備
ティシャさんの突然の来訪から翌日、私はさっそく出発前の準備に取りかかった。
着替えなどの荷物の用意は基本として、まず1つ目はキングモール家の誕生日会について。
毎年、私とシホルの誕生日のあいだの日(つまりはリリの仮の生誕日)には、ちょっぴり贅沢なごちそうを用意してささやかなお祝いをしてる。もちろん、今年も例年どおり我が家で開催の予定だった。
「エミ姉たちがいないあいだ、お祝いの準備は私とメイドさんたちで進めておくから」
「丸投げしちゃってごめん。悪いけど、お願いね」
今年はちょっと豪勢に祝うつもりだったんだけど、日程上、王都から帰ってくる日がちょうど誕生日会当日となってしまってる。前日、前々日と、私とリリは準備にすら参加できないので、すべてシホルとメイドさんたちにお任せとなった。
続いて2つ目は、モグラ屋さんの営業とワインの製造について。
ただ、これは概ね問題なしで、スカーレット含めてお店の関係者に不在を説明しておくだけで用件は済んだ。
そして最後の3つ目は、ロートシルトさんと前々から話してた〝植林場〟の建設計画について。
先延ばしにするのも嫌だったので、王都に出発する前に着手することにした。場所は大モグラ農場の地下一帯を利用。サクッと掘削。構造は教会のキノコ栽培所と同じだけど、規模は何10倍にもなった。
さらには地下植林場の入口に隣接して、木材の第1加工場と第2加工場も建設。そこからさらにさらに家具や食器や紙など、用途に合わせた生産所も各自追加。
すべて合わせると、よりとんでもない規模の大施設になった。
完成後、さっそく雇われた作業員さんたちに植樹してもらってから、巨大な入口を密閉。内部をモグラストレージ状態へ。少し時間をおいたあとで再び入口を開ければ、記念すべき最初の植栽林の完成だった。
「こんな短期間で森林が育つとは、本当にすばらしい」
鬱蒼とした木々の中を一緒に歩いてると、ロートシルトさんがしみじみと感慨深げにいった。
普通、人の手で森林を作るとなると最低でも10年近くはかかるらしい。だけど、この施設なら急げば1日で森1つ分の木材資源が確保できてしまう。ロートシルトさんが感嘆するのも当然だった。
「感覚がマヒしてましたけど、たしかに冷静に考えればものすごいことなんですよね、これって」
「もちろんですとも。近い将来、この施設を中心に一大生産革命が起きることは間違いありません」
そう息巻くロートシルトさんによると、もう明日には大勢の木こりさんを呼んで伐採をはじめるという。
さらには家具職人さんをはじめ技術者を雇う目処も立ってる上、本計画の目玉でもある紙の大量生産も含めて、もう今年中にはもろもろ開始できる運びだそうだ。
ちなみに今後生じる利益の分配に関しては、私とロートシルトさんで綺麗に折半の予定。
ただ、折半といっても施設で働く人のお給料や必要な設備費用は全額ロートシルトさん持ちの上、受注した商品はモグラ屋さんで販売してもいいことになってたりと、正直私にとってかなり有利な契約内容になっちゃってる。
どうもロートシルトさんは今回、利益に関しては度外視で何も考えてないみたいだった。
「キングモールさん、私はこの世界をより豊かな世界にしたいのです」
地下から地上に出てその辺のところを訊くと、ロートシルトさんからはそんな答えが返ってきた。
誰もが飢えず、誰もが人並み以上の生活を送れる世界。
それを達成するには、まずは世界を物で溢れさせる必要があるという。
「商品を大量生産できれば自ずと価格は下がり、より多くの人間に購入のチャンスが巡ってきます」
たしかに、みんなが欲しいと望む物がなんでも行き渡る世界になったら、それはとてもしあわせなことだと思う。
「物で溢れた世界か……いいですね! これからは木の製品以外にも量産できるものがあればじゃんじゃん作っちゃいましょうよ!」
「ほっほ、これは私の夢に百人力の賛同者を得ましたね」
ただ、植林場の施設が本格始動しても、現状お店の棚に空きはない。世界を物で溢れさせるためにも、もう何度目になるかも忘れた売り場の拡大は必須だ。
その件で前もって話を通しておくため、私はロートシルトさんと別れたあとギルドに向かった。
「――あら、モグラちゃんじゃない」
ちょうどギルドの正面入口に手を伸ばしたところだった。建物から出てきたアラクネ会長と鉢合わせになった。
「あ、会長。お出かけですか?」
「ええ、暇潰しに釣りでもしようと思って。よかったらモグラちゃんもどう?」
右手には釣り竿らしき木の棒、左手には鉄のバケツ。見る限り冗談ではなく本気らしい。
でも、仕事中なのにいいのかな? なんて感想は今さら会長相手に出てこない。こっちの用事もあったので私は2つ返事でお誘いに乗った。
「せっかくだし、どちらが多く釣れるか勝負しましょうか」
「お、いいですね! 負けませんよー」
道中、店舗拡大の了承をもらい、川へ到着。
会長からの何気ない提案を呑んだ私は釣り針にエサをつけて、ひょいっと橋の欄干から糸を垂らす。
正直、川釣りなんてちっちゃい頃以来だけど、こうやって糸を垂らして待つだけの単純なお遊びだ。難しいことなんて何もない。たとえ久しぶりでも気軽にやれた。
「あ、そうだ。たくさん釣れたら今日の晩ごはんにしよう」
そうなると最低でも10匹以上は釣らないとだね。
私は気合を入れて当たりの反応を待った。
「おっ……」
少しして、水面がかすかに揺れる中、垂らした糸の近くに魚影が近づいてくるのが見えた。
よし、幸先よく1匹目!
だけど、そう思った瞬間だった。
魚は私の釣り針を華麗にスルー。
そのまま隣のアラクネ会長の針へと吸い寄せられるように逃げていった。
「さっそくヒットしたわ」
「えー、それ私の獲物~!!」
最初は運が悪いとしか思わなかったけど、それ以降、何度も何度も同じことが続いた。
「またまたヒット」
「……」
そして異様な魚の引き寄せが数えて10を超えた時、私は確信した。
「会長、ずるいです!」
「ずるい?」
「そっちの釣り竿、さては魔道具かなんかですね!?」
「モグラちゃんと同じ普通の釣り竿で、エサだって同じミミズよ?」
「絶対嘘です! だったらなんでこんな偶然が何度も何度も起きるんですか!」
「フフ、それならモグラちゃんの竿と私の竿、交換しましょうか」
願ってもない話だったので提案を受けてすぐに互いの釣り竿をチェンジ。
よし、ゴネて勝機をつかんだ。
こうなればあとは追い上げるだけ。
こっからがほんとの勝負!
「ヒットよ」
「げっ!」
「これで、ええっと、30匹目ぐらいだったかしら?」
「……」
未だに私は0匹。
一方、アラクネ会長は開始から次々に釣り上げて、何杯ものバケツの中身を川魚でいっぱいにしてた。
「これはもう勝負ありかしらね」
「ま、参りました……」
完全敗北を認める。
だけど、条件は同じなのに、なんでここまでの差が出たんだろ?
「私の魚釣りは<Lv.6>よ」
納得できない私がふて腐れてると、会長は自身のスキルについて触れた。
「モグラちゃんは習得してる?」
「……いえ。釣りなんて子供の頃、ちょろっと遊びでやってた程度ですし」
「それなら<Lv.6>と<Lv.0>で、この程度の差は出て当然よ」
「でも、同じように糸を垂らしてたようにしか見えなかったですけど……」
腕を磨き続けて剣術レベルを極限まで上げた人に、私が剣で敵わないってのはとても理解できる。
だけど、私とアラクネ会長が競ったのはただの川釣りだ。釣り針にミミズをつけて糸を垂らして待つ。そんな誰でもできることに、技術の差が入りこむ余地なんてほとんどないはず。
その上、相手は自然の魚だ。運の要素にだって強く左右される。
「モグラちゃん、それは一言でいうとね――」
私が疑問を並べて反論すると、会長は明け透けにいった。
「この世界がスキルに引っ張られてるからよ」
「え?」
「言い方を変えれば、システムに支配された世界だから」
「……支配?」
「突き詰めれば、〝鶏が先か、卵が先か〟――みたいに〝世界が先か、システムが先か〟って話になるわ。ねえ、モグラちゃんはスキルやレベルという概念が生まれたのはいつだと思う?」
「……」
うわ、なんか難しい話っぽい。
ただスキルに関していえば、その数値なんかが表示化されるようになったのは世界の眼システムのおかげだってのは聞いたことがある。だから、最初にダンジョンが攻略された日が正解……?
「たしかに、あらゆるシステムは500年前に導入されたと唱える人間もいるわ。でもね、私はこう考えてるの。スキルを含めたシステムの土台は、少なくとも人類の黎明期より遥か前には潜在していたんじゃないかって」
たぶん、少し前の私だったら会長がなんのことをいってるのか、ほんとさっぱりわけがわからなかったと思う。
「………………」
だけど、今ならちょっと思い当たる節があった。
それは天獄で会った、箱の住人たちの言葉。
たしか、この世界の法則に干渉したとか、なんとか……。
「あら、もしかして何か心当たりが?」
「え? あ、ないですないです! あるわけないじゃないですか!!」
考え中、不意に顔を覗きこまれて慌てた。
否定するも、完全に怪しさマックス。
こりゃ会長のことだし、何か勘づかれたかも……。
「ふーん。ま、今日はいいわ。モグラちゃんはどうも秘密の多い女の子みたいだしね」
「ほっ……」
助かった。いや、許された。
「私たちのこの世界が生まれる以前、すでにシステムは存在した。故に世界はシステムそのものであり、本来であれば干渉できない事柄にシステムは世界を越えて介入することができる」
「……えっと、つまり今私たちが生きてるこの世界は、ちょっと普通とは違ってておかしな世界ってことですか?」
「理解が早いわね。そうよ。もしも世界が正常であれば、今日モグラちゃんは私に勝てたかもしれない」
「……」
だからといって、今さらスキルやレベルの概念が世界から消えても困ってしまう。
たとえ異常なものだったとしても、それらは私たちにとってみれば昔から当たり前のように存在してるものなのだから。
ま、勝敗はともかく、魚は食べたかったけど……。
「今日は楽しかったわ。つき合ってくれたお礼にモグラちゃんにはこれ全部あげる」
「えっ、いいんですか!?」
川魚がいっぱい入った鉄バケツを軽々同時に4つ持ち上げると、アラクネ会長はそれをこちらに差し出してきた。
私は即座にお礼をいってありがたく頂戴する。
世界が先だろうとシステムが先だろうと関係なかった。
持つべきものはスキルよりも太っ腹な上司。
そして、晩ごはんに魚料理を存分に堪能した翌日。
私はリリと一緒に王都へと出立した。











