133.竜殺しという異名
ティシャさんを玄関前で見送ったあと、まもなくして入れ替わるようにシホルたちが帰ってきた。そして晩ごはんの準備も整って大広間の食卓に白いお皿が並ぶ頃には、店で働いてたメンバーも仕事から帰宅。
妹たち、ミニゴブリンたち、メイドさんたち、プラス他1名。
みんなで食卓を囲んでの楽しい夕餉は、私の隣に座るちびっこの愚痴からはじまった。
「クソ、抜き打ちで視察にくるなんざ聞いてねぇ……」
「そりゃ抜き打ちだからね。予告してたら抜き打ちじゃないし」
相当に神経をすり減らしたんだろう。
メイド服を乱雑に脱ぎ捨て、すでにパメラはいつもの露出過多な格好に戻ってたけど、その頬はげっそりと痩せこけてた。
「うるせー。大体、お前が地下道なんて掘るからじゃねぇか。あんなもん今すぐ埋めてこい!」
「えー、私フォローしてあげたじゃん……」
「視察ってなんすか?」
「ウチに誰かきてたの?」
イオリさんとシホルが同時に疑問を抱く。私は日中ティシャさんが訪ねてきたことを説明した。もちろん、この場で聖杯の儀については触れられないので、ある程度内容はボカしながら。
「えっ! 王都の湖に遊びにいくっすか!? なら自分も2人の護衛としてついていくっす!」
「あー、ごめん。無理なんだ。遊びにいくというかさ、その……なんというかギルドの秘密のお仕事でいくから」
「あうっ! 王都観光したかったっす!」
「護衛が旅行満喫しようとしてんじゃねぇよ」
「エミ姉、それってもうリリにはいった?」
「ううん、まだ。晩ごはんのあとにでも話そうと思ってる。あ、そういえば――」
答えながら、そこでリリの姿が近くにないことに気づいて私は大広間を見渡す。今、私たちは一番西側の角席に集まる形で座ってる。いつもなら傍にリリもいるはずなんだけど、今日はなぜか食卓の中央付近というずいぶん離れた場所に幼い妹の姿はあった。
耳を傾けると、楽しそうに食事をしてる声が聞こえてくる。
「さーちゃん、これあげるー!」
「ありがとー♪」
「これもこれもあげるー!」
「あはー♥」
器用によけてた皿の上のニンジンをフォークで勢いよく突き刺し、そのまま隣の皿にどんどん移していくリリ。
ありゃ、いつも好き嫌いはダメだよっていってるんだけどな。
――ゴゴゴッ。
「ひぇっ!」
ふと、そこでおぞましい気配。
何事かと慌てて隣に目を向けると、シホルがじっと眉根を寄せてリリのほうを見てた。
「明日はニンジンのフルコースにしよう」
やがて微笑を浮かべると、我が妹は静かに呟いた。
あーあ、お姉ちゃんは知らないよ、リリ……。
「えっと、話を戻すっすけど、王都のほうの湖ってどこのっすか?」
「なんてとこだっけ?」
「レコ湖だよ、レコ湖。近郊で一番でかい湖だぞ」
「パメラさん、いったことあるんですか?」
「まー、昔、ちょっとな……」
「え、なんすか? その含みのある言い方は」
「……なんでもねぇよ。ただ、昔そこに棲みついたドラゴンを退治しにいったことがあるだけだ」
「ドラゴン!?」
ここでいうドラゴンは暗黒土竜とは違う意味のドラゴン。
つまりはのほほん天使がいうところの〝竜〟のことだと思う。
「竜っていうと――あ、もしかして〝竜殺し〟って異名はその時に?」
「ああ、まぁな」
「すごいじゃないっすか! 退治した時の話、ぜひ聞かせてほしいっす!!」
「別に面白い話じゃないぞ」
「ドラゴンが相手なら話にオチなんていらないっすよ!」
「私もパメラさんが活躍した話ならちょっと聞きたいかも」
「私と出会う前のパメラかー。お姉ちゃんとしては知っておかないとだね。教えて」
「……そこまでいうなら話すけどよ、つまらなくてもあとで文句いうなよ?」
「了解っす!」
「あれは、まだオレが冒険者に成り立てで、ランクも初心者だった頃の話だ――」
当時、冒険者として生きることはファンダイン家ではタブー視されていたため、パメラは家の中でひどく肩身の狭い思いをしてたらしい。
何か、反対する姉たちを黙らせる上手い方法はないものか。
そんなことを考えはじめた矢先、王都の冒険者ギルドに飛びこんできたのがレコ湖に棲みついた巨大な翼竜の討伐依頼だった。
「王都中で大騒ぎになってたからな。ここまでの騒動を鎮めたとなれば、誰もオレに文句なんか言えなくなるだろ? だから、すぐに依頼を受けてレコ湖に向かった。家族の証人として見届け役に姉ち……ティシャーナを連れてな」
レコ湖に到着すると、ドラゴンは湖の上空をぐるぐる飛び回ってた。
それは年老いたはぐれドラゴンで明らかに正気を失っており、このまま放置すれば王都にまでやってきて大災害を齎す可能性すらあった。
「すでに湖の周辺は依頼を受けた同業たちが数多く集まってたが、飛び道具も魔術も奴には一切届いてなかった」
「すごいっす! そんな状況でどうやって倒したんすかっ!?」
ドラゴンが飛んでる空域はあまりにも高く、現状打つ手なし。もう冒険者たちのほとんどは飛び疲れて下りてきたところを倒す作戦に切り替えてた。
しかし、ドラゴンは延々と湖の上を飛び回ってる。一向に下りてくる気配を見せない。
そんな状況に痺れを切らしたのは、証人として連れてきたティシャさんだった。
「こんな馬鹿馬鹿しいことにはもう付き合えないとかいって、あいつが帰ろうとするからよ。とにかく全力で止めた」
地上に下りてくれば誰よりも早く、自慢の大剣で仕留める自信はあった。だから、パメラは駄々をこねる子供のように(いや、事実そうだったんだろうけど)、ティシャさんの足にしがみついてでもその歩みを阻んだそうだ。
やがて必死の思いが届いたのか、ティシャさんはピタリと動きを止めると、その場でパメラに天賦技能を発動するように命じた。
「まったく意味はわからなかったけどな。有無をいわせない雰囲気だったから、いわれたとおり従った」
――いでよ、我が大剣!
『そのままで。絶対に、天賦技能を解除してはいけませんよ――』
そう忠告した次の瞬間、お返しとばかりにパメラの両足をつかむと、ティシャさんは自らを軸にしてグルグルと回りはじめた。
「あれは目が回るなんてもんじゃねぇ速さだった。もう脳みそがぐちゃぐちゃになってんじゃねーのかっつうぐらいに、めちゃくちゃなスピードでブン回された……」
やがて十分な加速とパワーを得たところで、ティシャさんはパメラをレコ湖上空へ見事に投げ飛ばした。
使用者ごと超高速で回転する大剣。
わずかでも触れれば対象に死を齎す光輪となったそれは、あっという間に上空を優雅に飛行してた翼竜に接近――接触。そのままスパッと、その首を刎ね飛ばした。
「……次に気づいた時は翼竜の死骸とともに湖の中だった。ま、とにかくそれからだ。オレが王都で〝竜殺しのパメラ〟なんて呼ばれるようになったのは」
「え、えぐいお姉様っすね……」
「パメラさん……」
「……」
パメラが必要以上にティシャさんを恐れる理由がよくわかる話だった。











