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番外編:焼き芋と、怠惰なメイド。


「くくっ、まさかサツマイモがあるとは思わなかったっす」


 サツマイモはイオリの生まれ故郷である東の島国連邦ジュパン――その南方に位置するサ・ツマ地方の特産物である。

 甘くない芋が主流のここ王国(ミレニアム)ではあまりお目にかかれない根菜だった。


「あ、そういえば、シホル様は食料庫の野菜はどれもご主人様の店で購入した物だと仰ってたっすね」


 ならばこのサツマイモも、教会にあるあの奇妙な箱型の畑で育てているということになる。商品の種類に拘っていることは店側を担当しているメイドたちからも伝え聞いてはいたが、遥か東の島国の根菜まで本格的に育てているとは驚きだった。

 しかし、そのおかげで久し振りに〝焼き芋〟が食べられる。

 午後からダラダラとはじめた庭掃除。終わる頃には箒で掻き集めた落ち葉が山となっていた。

 今日は朝から寒さが続いている。せっかくだし焚き火でもしよう。そうだ、どうせなら一緒に食料も焼いてしまえ。そう思い立って食料庫を漁った結果、サツマイモを発見した次第だった。


「いやー、昔を思い出すっす」


 故郷を追い出され、事実上身売りの形でこの国に移り住んで早五年。思わず故国への郷愁を覚える。

 だが、すぐに食い気が勝り、イオリは準備を進めた。


「洗濯物からも遠いし、この辺がいいっすね」


 敷地の南東側の角地。浅く穴を掘ってから石で囲い、よく乾燥した大きめの枝を並べ、さらにその上に小さめの枝を並べていく。魔術で着火後、メラメラと枝が燃え出したところで落ち葉を投入。直火で焼くと皮が黒焦げになってしまうので熾火にした上で大量の灰を作っていく。

 準備が整えばいよいよサツマイモを灰の中に埋めて、あとは待つだけとなる。しかし、じっくりと熱を通すので完成までには多少時間がかかる。それまで暇なので残った枝で地面に落書きしつつ、或いはぼーっと雲の多い灰色の空を眺めつつ、イオリは時間を潰した。


「あー! イオリちゃんってばこんなとこにいた!!」

「ん? どうしたっすか、ピオラ?」

「どうしたじゃないよ、もぉ~!」


 そろそろ完成というところで、同僚にサボっているのがバレた。庭掃除にどれだけ時間をかけているのかとメイド長がご立腹で、様子を見てくるように命じられたらしい。

 少し不味い状況である。よって、目撃者は口封じする必要があった。


「ナイスタイミングっす。ピオラも食べるといいっすよ」


 熱々の灰の中から長い枝を使って器用に焼けた芋を取り出す。そのまま自分の両手で交互に投げ合い、幾らか冷ましたあとで二つに割って片方をピオラに差し出した。


「……これ、何?」

「焼き芋っす。ほら、甘くて美味しいっすよ」


 先にかぶり付いてみせて油断を誘うと、ピオラも安心して小さな口を開けた。


「本当だ、甘くて美味しい! どうしたのこれ?」

「調理場の食料庫からくすねてきたっす」

「へー、そうなんだ。くすね――くすねてきたの!?」

「そっすよ。食べたからにはもうピオラも立派な共犯っすね」

「イオリちゃん!? ひ、ひどいよぉ~!!」


 涙目になって抗議してくる同僚を無視して、ハフハフと焼き芋を頬張る。舌の上で甘味と共に懐かしい思い出の味が広がった。


(ま、あのご主人様がサツマイモの二、三本で怒るとは思わないっすけど)


 一気に口に入れてリスのように頬を膨らませながら、ふと、そこで新しい主人について考えを巡らせる。

 もう少しで十五になると言っていたが、現状は自分よりも二つ下の十四歳。よくよく訊けば貴族でも大商人の出自でもなく、一般的な庶民の生まれ。そんな子供が十三人のメイドを一気に雇い入れたという事実。

 面接の時、自分が〝普通のメイド〟として劣っていることを自覚していたこともあり、ダメ元で全員一緒に雇ってくれないかと懇願はしたが、まさか本当に実現するとは夢にも思わなかった。今でも信じられない気持ちで一杯である。


(やっぱ特殊な才能に恵まれた人なんすかね、あのご主人様は)


 ただどうも、ずば抜けた天才肌という雰囲気(オーラ)は感じられない。持っている感覚も自分たち庶民とかなり近く、以前の主人だったあの白豚とはまったく違った。


「――ちょっと、イオリちゃんってば! 私の話ちゃんと聞いてる!?」

「そんな騒がないでもちゃんと聞いてるっす。焼き芋はやっぱこんな寒い日に食べるのが格別っすよね。同意っす」

「私そんな話してないよー!」

「ところでピオラは新しいご主人様のこと、どう思ってるっすか?」

「え、いきなり何?」

「いいから答えるっすよ」

「えっと……高いお給金も払ってくれてるし、部屋も毎日の食べ物も与えてくれて気遣ってもくれてるし、なんというか家族として見てくれてる……? そんな感じが伝わってきて、とってもすばらしいご主人様だと思うよ」

「ベタ褒めっすね」

「イオリちゃんはそうは思わないの?」

「いんや、それについても同意っす」


 前の主人の人間性が酷過ぎたのもあるが、同僚の意見に一切の反論はなかった。現状すばらしいご主人様であることは確かである。また、その評価は家の仕事を担うメイドたちに止まらず、店の仕事を担当している八名のメイドたちも皆一様に同じだった。

 一部、その声を抜粋すると、

 地味なユーフォニア曰く、優しくて行動力がある。

 気障なホルームン曰く、偉大で寛大なる御方である。

 陰険なトラン&トロン曰く、なんかたまにぬぼーっとしてて可愛い。

 守銭奴のスーザフに至っては店の大事な仕事を一任されたらしく、若干有頂天気味で信奉している有り様だった。


「どうなんっすかね、これは」

「イオリちゃんは何を不安に思ってるの?」

「んー、不安っすか。いや、不安なのは不安っすけど、なんと言ったらいいか……」


 いや、その正体はわかっている。

 原因は、前回のこと。結局はポポン家の一件が自分の中でまだ尾を引いているのだ。

 邸宅に王立騎士団がやってきたあの日、イオリは白銀の鎧と異様な雰囲気を纏った使いの女を案内した。

 伯爵からは予め武器を取り上げるように命じられていた。


『君も()()か』


 しかし、邸宅の玄関先でそう囁きながら得物の槍を差し出してきた女を見て、イオリはその力量を察した。

 また同時に、少し先に訪れる結末も。


『大人しくしていることだ。何すぐに終わる』

『……』


 5名の〝戦闘メイド〟たちは門外に残る騎士団に対し、いつでも()()ができる態勢を整えておくこと。

 それは伯爵から下されていたもう一つの命令だった。


『はいはい、みんな注目っす。これからメイド全員で外街まで買い出しに行くっすよ。これは伯爵様からの緊急命令っす。ほら、ボケっとしてないでさっさと出かけるっすよ』


 どさくさに紛れて邸宅から拝借してきた紙幣で大量の食料を買い込んで時間を潰し、内街に戻ってくる頃には女の忠告どおりにもうすべてが終わっていた。

 一部の雇われていたゴロツキたちは伯爵が捕縛された状況を呑み込めず、意味もなく抵抗を続けたらしい。結果、王立騎士団も突入しての乱戦へ発展。邸宅内の至るところに無法者共の悲惨な肉塊が転がる結果となった。


「イオリちゃんはあの時、私たちを助けてくれたんだよね……」

「違うっす。あれはただ一人で逃げるのが怖かっただけっす」

「また照れ隠しでそんな嘘言って……。私以外、口には出さないけど、本当はみんなイオリちゃんに感謝してるんだよ。コントーラバさんだって今のご主人様に巡り会えたのはイオリちゃんのおかげだって、こないだはっきり言ってたし……」

「そっすか。それはメイド長らしい勘違いっすね。ついこないだもそんなことがあったっすよ」


 それは先日、地下二階の談話室に呼ばれて説教を食らった時の話だ。

 いつものように仕事に対する怠惰な姿勢を散々注意された挙句、最後に締めとして仕える主人のすばらしさを説くに当たり、メイド長はあの初日の出来事を持ち出してきた。


『私と貴女。そして、ピオラとピュアーノとオルルガを加えた五名がなぜ家チームに任命されたのかはもちろん理解していますね?』

『はぁ? おっぱいが小さ――』

『そうです。その共通点は戦う技術を持った戦闘メイドであること。すでにご主人様はあの段階で我々の本質を見抜いていらしたのです。嗚呼、なんと聡明な御方なのでしょう!』

『……』


 自分の件はともかく、それについては完全な勘違いでただの偶然だった。


「……ははっ、信奉される側も大変っす」

「え、なんの話?」

「ピオラにはまだちょっと早い話っすよ。大人になったら教えてあげるっす」

「私、イオリちゃんの一個上なんだけど……」

「へー、そうだったんすか。初耳っす」

「うぅ……」


 しょんぼり肩を落とす同僚を無視して焼き芋を取り出していると、不意に背後に立つ人の気配を感じた。

 振り向くと、そこにはこの家の主たる者の姿。

 イオリは頭を下げながら、その帰りを迎える。


「おかえりなさいませっす、ご主人様」

「へ?」

「ただいまー」

「へっ!?」

「二人ともこんな端っこで何してるの? 焚き火?」

「ご、ごごご主人様っ!? あ、いえこれは! そ、そ――」

「そろそろ帰る頃だと思って、ご主人様のために焼き芋を作ってたっす」

「焼き芋?」

「ういっす。私の故郷では落ち葉の季節、サツマイモを熾火でじっくり焼いて食べるんすよ。ささ、まだ熱いうちにどうぞ召し上がれっす」


 取り出した最後の一本をまた二つに割って片方を差し出すと、主人たるエミカ・キングモールは目を輝かせてそれを受け取った。そのまま「いただきまーす!」の声と共に、なんの躊躇いもなく彼女は黄金色の断面にガブガブと噛り付いていく。


「うっほぁ、ホクホクしてて甘くておいひぃ~♪」

「喜んでいただけて何よりっす! ね、ピオラ?」

「……え? あ、はい! か、かかか感謝感激恐悦至極にてございます!!」


 焦り過ぎて些か表現が普段より過剰になっている同僚を尻目に、イオリは焼き芋を幸せそうに頬張っている主人へと、また視線を戻す。

 やはり見た目はただの少女。

 どこの街にも居そうな普通の女の子でしかない。

 果たして、本当に一生を費やして仕えるに値する人物なのか。

 他のメイドたちはもうほとんどが現状を受け入れているが、万一ポポン家の時のようなことがまた起これば、次は回避できる自信は自分にはない。

 だからこれから先、この少女が主たる人物として相応しいかどうか、しっかり見定めていかなければならなかった。


(でも、不思議っす……)


 それはぐうたらな自分にとって間違いなく面倒な作業である。

 だが、なぜか心の中は怠惰よりも期待感からくる高揚のほうが勝っていた。


「楽しみっす」

「ん? イオリさん、なんか言った?」

「なんでもないっす。いやー、それにしても葉も落ちてすっかり冬っすね」


 ちょうど誤魔化して話題を変えたところだった。目の前にチラチラと白い綿毛のような物が落ちてくるのが見えた。反射的に腕を伸ばすと、それは掌の上ですぐに溶けて消えた。雪だった。


「お、初雪だね」

「どうりで寒いわけですね……」

「寒いのは苦手っす。ピオラ、さっさと後片付けして帰るっすよ」

「あ、うん。ご主人様は先にお屋敷の中へお戻りになって下さい」

「いや、手伝うよ。というか私なら一瞬で片付けられるし」


 そう言っているあいだにも焚き火跡に穴が開き、次の瞬間には平らな地面となる。珍しい土の魔術だと説明は受けたが、何度見ても異様な力だった。


「お手を煩わせてしまい申しわけありません……」

「このぐらい別にいいよ。それに、このサツマイモ食料庫のやつでしょ? だったらもう私も共犯だし」

「「えっ?」」

「いやー、私もしょっちゅうシホルの目盗んで調理場からいろいろ拝借してるからさ。うんうん、わかりますとも。目撃者は仲間に引き込むのが一番だもんね」

「はわ、はわわ……!」

「………………」

「ん、どうしたの二人とも? いきなり固まっちゃって」



(なるほど、最初から全部お見通しだったっすか……)



 正直、こちらの思惑どおりに事が運ばないのは歯痒い。それでも、ますます彼女に対する期待が増していくのも裏返しの事実だった。








ピ「ど、どどどうしようイオリちゃん!?」


イ「どうするもこうするもないっすよ。私たちはもう仲間っす。一蓮托生で運命共同体っす」


エ「ちなみに食料泥棒は我が家では重罪だよ? シホルにバレた場合はみんなで仲良くそれ相応の覚悟をしようね」


ピ「ぴええぇ……」


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