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130.もぐらっ娘、未知なる天獄ツアーへの巻6。


 咄嗟に。

 というわけでもない。

 それは明らかに、私の意思ではない意思だった。


「えっ――」


 突っこんできた猛獣を食い止めるように、私の両腕がグイッと上がる。



 ――バチッ、バチバチバチバチッ!!



 暗黒土竜の爪先が紫の獣に触れる。

 その瞬間、目の前ですさまじい火花が散った。


「うぎゃっ!?」


 同時、空気の壁が押し寄せてきて、背後に吹き飛ばされそうになる。

 だけど、また私の意思とは異なるところで身体が動いた。勝手に踏ん張る、私の両足――暗黒土竜の後脚。そして、私はその威厳に満ちた声を、あの出会いの時以来、久し振りに聞くことになった。






『尋常ならざる意志により、生まれし獣よ。


 盟約の基、ここは我が相手となろう。


 我は土の覇者にして闇の君主。


 偽物の神々に抗う、最初で最後の〝爪〟――』






 頭に直接、流れていく言葉。

 私はこの声を聞いたことがある。

 そうだ。

 これは、この声は。



「暗黒もっ――!?」



 そこまでいいかけたところで、私の身体は突然跳躍を開始した。思わず舌を噛みそうになったので慌てて口を閉じる。足元を見ると、最初の接触の衝撃でかなり後方(私から見れば前方)に吹き飛んでた獣と目が合った。

 奴は態勢を整えつつ、そのまま大きな口を開ける。

 やっぱ、私を食い殺す気満々みたいだ。

 てか、どうすんの、暗黒土竜。

 空中じゃ身動きできないじゃん。

 このままいけば、あの牙だらけのお口にすっぽりですよ?

 あー、これは今度こそ死んだかも。


 どこか他人事で状況を文字どおり俯瞰してると、頭上の赤い月の光が遮られて、辺りがさらに薄暗くなるのを感じた。


「……ふぇ?」


 チラッと視線を上げてみる。

 すると、そこには巨大化した私の右爪があった。


「なんじゃこりゃああぁーー!?」


 私の身体よりも大きく肥大化した右手。

 こちらの動揺もお構いなしで次の瞬間、それは巨大な5本の爪を持って獣の顔面を激しく切り裂いた。



 ――バヂヂヂヂイ”イ”イ”イィッッーーー!!



 また、すさまじい火花が弾け散る。

 紫の獣は異様な咆哮を上げながら、2歩、3歩と下がると、やがて膝から崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。


「お、おおっ……!」


 どうやら暗黒土竜の攻撃が効いたみたい。不思議なことに血は一切流れてないけど、あの様子から見れば相当な致命傷のはず。

 うん。

 なんかよくわかんないけど、どうにかなったっぽい。



 ――グル、グルルッ!



 だけど、よく見ると、紫の獣は倒れながらも未だこちらを見据え、その牙と悪意を剥き出しにしてた。


「ひぇっ……!」


 いや、ほんとなんなのあれ。

 私、なんか怨まれるようなことした?

 てか、暗黒土竜が私の身体勝手に使って戦うわ、右爪がめちゃくちゃ大きくなるわ、今気づいたらその右爪も元に戻ってるわ、一瞬のあいだにいろいろありすぎてもう何が何やら……。


『その獣はバグ』

『地上世界の改変に基づき、この天獄で起きる現象』


 私が混乱する中、黒い箱の住人たちは何もなかったみたいに説明してくる。


『しかし、これは例外(イレギュラー)

『今までに類を見ない』

『嘗てない凶兆』

『その悪魔がいったように』

『そのドラゴンがいったように』

『その我らの分身がいったように』

『1つの尋常ならざる意志。その根源から生じたもの』


「……意志?」

「エミカ、あれはね~、いっちゃえば人の心なんだよー」


 いつの間にかまた私の隣に戻ってきてたサリエル。彼女も何もなかったかのように私の疑問に答えた。


「心って、あれが……?」


 獣の形をした心って。

 んじゃ、その持ち主は猛獣みたいにヤバい人ってこと?


『まだ運命は巡らず』

『だが、いずれ邂逅の日は訪れる』


 そういえばさっきも運命とか宿命とかいってたね。


「あの、それって今後、私がこの心の持ち主とどっかで会うってことですか?」


『如何にも』


「……」


 なら普通にそういってくれればいいのに。

 もー、まどろっこしいなぁ~。


「ん?」


 と、不意にそこでまた身体が勝手に動いた。

 私は地面に手をついてしゃがむ。

 次の瞬間、放たれたのはモグラアッパー。

 だけど、それは私がいつもやってる単発規模の攻撃じゃなかった。地面の至るところから幾重にも杭が飛び出していく。直後、それらは次々に塔を形成する黒い箱を貫いていった。



 ――ドガガガガガガガガガガガガッ!!

 ――ドガドガドガドガドガドガドガドガッ!!



 正面部分にあったガラスが割れて、周囲に大量の破片が散らばる。それと同時、浮かび上がってた住人たちの顔も歪んでは消えていった。


「……は?」


 無残に破壊され、潰された黒い箱。

 気づけばもう塔の原形はなくなってて、あっちこっちから火花がバチバチと弾けてた。


「あわ、あわわ……」


 え、なんで?

 暗黒土竜、なんで黒い箱の人たち攻撃したの?

 あ、もしかして、私がまどろっこしいとか思ったから!?


「ちょ、ちょっと待って! これは間違い、間違いですからね!! お、おおお落ち着きましょう!!」


 一番落ち着かなきゃいけないのは私だったけど、まずは謝罪よりも何よりも弁明が最優先だった。


「な、なななんか暗黒土竜が勝手にですね! あ、だけど、もちろん弁償はしますので!!」


 ヤバい。

 あの黒い箱――たしかサリエルはTV(テレビジョン)っていってたけど、高価な物っぽいし、そもそも何個壊しちゃったのか数えることもできないぐらい残骸と化してる。


「どうか何卒、穏便にお願いします!!」


 私の資産でほんとに弁償できるのか青ざめてると、奇跡的に無事だった一番てっぺんの箱に光が灯った。



 ――ブゥン。



『我々が憎いか、悪魔よ』

『心を得たドラゴンよ』

『炎を喰らい、水を飲み干し、風をも得た我が分身よ』


 老年の男性から、若い女性へ。

 若い女性から、小さな子供へ。

 浮かび上がった顔が消えては、また新たな顔が次々に浮かび上がっていく。


『しかし、そのお前も光だけは手に入れられなかった』

『だからこそ、深淵に生きる存在となったのだろう』

『地と闇の支配者』

『我らの滅びを願う者』


 そこでまた突然にだった。

 破壊され尽くした塔の真上のほうで、巨大な光の矢が現れる。

 それは辺りを煌々と白く照らしながら何本にも細く枝分かれしていくと、次の瞬間、当然のように私たちの頭上へと降り注いできた。


「ぎゃああああああぁぁっーー!?」


 迫りくる矢の雨に震えながら、目を閉じる。

 もう本日何度目だよっていう身の危険。死の恐怖。


「てか、暗黒土竜ー! 何してくれちゃってんだあああぁ~~!!」


 よくわかんないし、否定もしてたけど、やっぱ黒い箱の住人たちは人類にとって神様みたいな存在であるはず。そんなものを怒らしてしまったら、もうさすがにおしまいもおしまいだった。



 ――ズサズサズサズサズサズサズサッ!!



「ん? あれ、生きてる……?」


 だけど、無数の光の矢が私の身体を貫くことはなかった。



 ――グル、グルルッ!



「うわっ! いつの間に!?」


 てっきりモグラアッパーに対する報復かと思ったけど、光の矢は私のすぐ傍で並ぶように突き刺さり、円錐状の檻を形作ってた。その中には、あの紫の獣が捕らえられてる。


「あ、そっか……」


 どうやら、私の早とちり。

 どさくさに紛れてまた襲いかかってきた獣から、箱の住人たちは私を守ってくれたみたいだった。


『〝獣〟は力の象徴であり』

『同時に〝捕食〟はさらなる力を追求する行為でもある』

『また、〝穴〟は底なしの願望を意味する』


 紫の獣は暴れ、何度も何度も格子にぶつかって牙を剥く。

 だけど、光の檻はビクともしない。


『より力を持つ存在を捕食するため、この〝紫紺の心〟はあなたを狙った』

『異形なる意志が、こちらでも強く反映された結果といえる』

『善意であれ悪意であれ、これは地上世界を滅ぼす芽となり、やがては呪われた大樹となるだろう』


 耳を劈く咆哮を上げながら、さらに紫の獣は突進を繰り返す。

 それでもまだ、牙は私に届かない。

 私が、檻の中に手を伸ばさない限りは。


『我々は星の子の繁栄を願う者』

『しかし、与えるのは無慈悲の加護のみ』

『そして、地上世界の物語は星の子の手によって紡がれるもの』

『世界が滅びようとも救われようとも、すべてはあなたたち次第』

『だが、我々は争いの末、種として緩やかな滅びを迎えた』

『できるならば、あなたたちには同じ末路を辿ってほしくはない』

『だから、せめてあなたには伝えようと思った』

『だから、せめてあなたには委ねようと思った』

『だから、せめてあなたには託そうと思った』

『星の子よ』

『個体名、エミカ・キングモールよ』

『どうかあなたが、この世界を――』


 そこで、また身体が勝手に動いた。




 ――ドドドドドドドドドドドドドドドド!!


 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!


 ――┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨!!




 技名なんかもう関係なしだった。

 暗黒土竜がその爪の力で、今度はこの仄暗い世界そのものをめちゃめちゃに破壊していく。至るところで地面がヒビ割れ、大地に大きな亀裂が走ると、最後には深淵が現れ、すべてを呑みこみはじめた。


 ただ足元に拡がる、永遠の闇――


 黒い箱の住人も。

 紫の獣も。

 天使も、悪魔も。

 何もかもがその奈落へと吸いこまれていく。

 そして、すべてを見届けたあとだった。

 私の意識はプツリと、そこで唐突に途切れた。


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[良い点] うむむ、獣のような心かー 今のところ女王の姉さんが怪しいスかねー
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