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129.もぐらっ娘、未知なる天獄ツアーへの巻5。


 マグマの海に覆われた赤黒い星が1つ、目の前に浮かんでた。

 生物の繁栄を拒む死の星。そこに今、たくさんの〝塔〟の群れが降り立とうとしている。


『長い当てのない旅の末』

『その頃にはもう我々は不老不死となり、完全なる〝無〟から〝有〟を取り出す技術すらも獲得していた』

『当初は1隻だった船も新たな建造とさらなる開発が進み、私たちは大船団となって大いなる宇宙を巡っていました』

『おそらくその時代、僕たちは望むならばこの虚無の宇宙の支配者にも成り得たことでしょう』

『それだけ無限に近しい有を、わたしたちは持っていた』

『しかし、辿り着いた進化の先で失ったものも数多く存在する』

『その中で最も重大だったもの』

『その頃にはもう、私たちはすでに自らの肉体で新たな子を産み出すことができなくなっていました』

『生物の根源にも係わる、繁殖能力の喪失』

『その結果、私たちは自らが本来の種から大きくかけ離れてしまったことを認めざるを得なくなったのです』

『そして、長い議論の末でした』

『直接の祖先(ルーツ)に係わる情報を部分的に抹消した上で、我々は名もなき生命体となって先祖たちと種を分かつことを決定した』

『同時に、これを1つの区切りとし、この当てのない旅を終えることも』

『それは即ち、新たなる星への永住を意味しました』


 赤黒いマグマの海にその先端を突き立て、塔型の船が次々に潜りこんでいく。一瞬ですべてを蒸発させるその高熱すらも物ともしない。大船団は各地から星の中心を目指し、地中深くへと進んでいった。


『永住先となる星の条件は1つでした』

『未来永劫、生物の存在しない地であること』

『我々が旅の終わりを決定した時、大船団は偶然にも条件を満たすその星の近くを通りかかった』

『当時、この星は過酷な環境下にあり、生物など存在し得ない死の惑星だったのです』

『しかし、進化の頂に辿り着いた私たちでさえも、この星の〝表側〟で暮らしていくことは容易ではありませんでした』

『そのため表側の世界法則に干渉した上で、僕たちは星の内部に新たな空間を創造しました』

『それこそが天獄』

『約束された永久の地』


 神々しく輝くオレンジ色の渦空。

 そこから突き出た無数の煙突たち。

 眼下にはどこまでもどこまでも果てしなく、銀色に鈍く光る巨大な鉄箱が建ち並んでいる。

 それらは、さっき私が見た光景そのものだった。


『新たな悠久の生活がはじまって、やがてまた途方もない時間が流れました』

『これまで以上に長い長い時の螺旋上』

『そして、この星にやってきた私たちが地上や宇宙のことすらも忘却しかけた頃』

『その邂逅はついに訪れます』

『最初は地上と天獄を繋ぐ船――煙突に、侵入者の通知があったことが発端でした』

『当初、それはシステムの誤作動だと思われた』

『しかし、私たちは調査を行なった結果、この星で新たな生命体が誕生し、それらがすでに初期の文明を築いているという事実を知りました』

『あなたたち〝人類〟側から見れば、未知との遭遇』

『僕たちから見れば、それはあり得ない奇跡との出会いでした』

『その後さらなる調査が進められ、現在この星の頂点に立つ種と我々とのあいだには数多くの類似点があることも判明した』

『永久に近しい時間、宇宙を彷徨ってた私たちでさえも、文明を得るほどの高い知的生命体と遭遇した経験はなかった』

『それも、初めて出会ったそれらは我々と非常に酷似した姿かたちをしていた』

『とてつもない偶然』

『或いは必然か』

『それが、わたしたちが永住を決めた星の表側で起こった』

『地上の世界法則を変えたのが原因の一端ではなかろうか?』

『あらゆる原因が精査されたが、結局、生命誕生の引き金(トリガー)については答えを導き出すことは叶わなかった』

『進化の頂である我々に与えられた最後の謎』

『私たちはそれに興味を示す一方で、あなたたちを何かの拍子で誕生させてしまった可能性について、その責任も大いに感じていました』

『だから、ぼくたちはまた久し振りに話し合った』

『彼らの処遇について』

『そして、我々は何をすべきか』

『結果、私たちは正統なる後継者の繁栄に介入することを決めた』

『しかし、自分たちのような名もなき存在が〝子〟の〝親〟になってはいけない』

『捧げるのは〝無償の愛〟ではなく、神が与えるような〝無慈悲の加護〟でなければならない』

『わたしたちは考えを1つ』

『また、答えを1つにしました』


 ある日、人類からしてみればその異変は突然に起こった。

 地上世界の各地に点在する塔。

 〝船尾〟に当たるてっぺん部分は今と違って、天獄側に突き抜けた〝船首〟と同じく筒状で、そこにはぽっかりと穴が開いている。

 でも、次の瞬間、それはシュッと窄まってたちまちに変形すると、私が見慣れている塔の形になった。同時、その根元部分では音もなく、入口として次々に新たな侵入路が形成されていく。


『もはや遺物となっていた天獄と地上を繋げる塔型船団群』

『私たちはそれを道具(ツール)として活用できないかと考えました』


 塔の内部が、これまた見慣れた迷路へと一瞬で形を変えていく。

 そして、あらゆる場所にモンスターが溢れると、そこはもう完全に私が知っている〝ダンジョン〟となった。


『船内を迷宮化し、そこに有効な資源を配置する』

『また、一定の条件を満たせば進化に有益な情報、或いはシステムそのものが地上世界に付与される』

『〝冒険〟という危険(リスク)と引き換えにではあるが、この星の正統なる後継者たちは多大な報酬(リターン)を得ることが可能となった』

『それが、我々が考えついた無慈悲の加護』

『あなたたちの言葉でいうならば、ダンジョン――その創生のはじまりでした』


 それから数え切れないほどの冒険者たちがダンジョンに挑んだ。

 迷宮は多くの人々を呑みこんで、時にはその存在自体が大きな争いの火種ともなって、より大きな死体の山を築き上げていった。

 それは、私たち人類から見れば長い長い歴史の物語。

 その中で、似たような悲劇が何度も何度も繰り返されていく。

 だけど、どの時代でも人々が冒険をやめることはなかった。


『塔型船団群の迷宮化には、我々の直接の祖先が最初期の時代に生み出した〝コンピューター・ゲーム〟が大いに参考となった』

『中でも障害となるモンスターや(トラップ)、最終地点における守護者(ガーディアン)の設置は顕著な例である』

守護者(ガーディアン)には当初、我々の分身として生み出した天使たちを置いたが、各々の強い自我が原因で使命を全うする者はわずかだった』

『そのため我々は天使から心を抜き取った〝悪魔〟を生み出す技術を確立し、それらを代役に据えた』

『一部、天使の悪戯によって心を得てしまった悪魔も現れたが、大部分の悪魔は現在も守護者(ガーディアン)として持ち場を守り続けている』

『親愛なる星の子よ。よって、あなたの両手に宿るそれは例外(イレギュラー)である』


 私の両手。

 いや、両爪。

 暗黒土竜。

 天使の代替品。



 ――悪魔。



 いきなり今まで謎だった正体を告げられた。


『心を得てしまった悪魔を便宜上、我々は〝ドラゴン〟とも呼ぶ』

『これは迷宮化の基礎となったコンピューター・ゲームの1つ、そのタイトルにあやかったものです』


 補足はまだ続いてる。

 その中で、私の心は妙に落ち着いてた。

 まるで、ずっと前からこの事実を知ってたみたいに。

 もしかしたらこの両手に宿る悪魔の記憶も、私の中へと流れこんできてるのかもしれなかった。


『我々の無慈悲の加護がシステムとして受け入れられ、またいくらかの年月が過ぎ去った頃』

『未だ迷宮化した船を制覇する者は現れなかったが、危険と引き換えに手に入れた報酬によって、正統なる星の後継者たちの繁栄はよりたしかなものになっていた』

『我々は一定の責任を果たしたと考え、以降、再び地上への干渉を極端に控えるようになった』

『また、同時にその時期、我々も名もなき生命体として再び新たな決断に踏み切る段階に差しかかっていた』

『そもそもの契機は、我々の分身として天使を作り出せたこと』

『分身を生み出せるのなら本体はいらない』

『時を遡れば、宇宙を彷徨いはじめた頃より議論に上がっていた肉体の不要論』

『ついに、それが僕たちの総意となる日がやってきた』

『わたしたちはコンピューター・ゲームの進化の先に生まれた〝バーチャル・リアリティ・ゲーム〟の技術を流用し、今度は〝電脳世界〟への移住を決断したのです』

『作業は滞りなく進み、やがて全員が記憶と心の移管を完了しました』

『我々は〝個〟であると同時に〝全〟となり、現状の〝統一思念体〟となった』

『そして、ここに進化の完成を得たのです』


 ふと、目の前には黒い箱の塔。

 見上げれば赤い双子の月も見える。

 気づけば、私は元のあの仄暗い場所へ戻ってきてた。

 なんだかすごく、頭がぼーっとしてる。いろんな知識と知恵と記憶の断片が入り混じって、自分が自分じゃないようにも思える。


「エミカ、大丈夫~……?」


 隣には心配そうに私を見てるサリエルの姿もあった。

 天使。

 そう、サリエルは天使だ。

 この黒い箱の住人たちによって生み出された分身。

 そういえば、他の天使たちはどこにいるんだろう。


『製造した天使たちには天獄の管理という新たな仕事を任せましたが、やはり彼女たちのほとんどがそれに殉じることはありませんでした』

『争いをはじめて殺し合う者』

『永遠の眠りにつく者』

『自ら天獄を去る者』

例外(イレギュラー)が続出し、今でもここに残っているのはそこの末子であるサリエルだけです』


「あはー♥」

「末っ子だったんだ……」


 いや、驚くとこはそこじゃないだろ、私。

 これはリリの出自にも関係する話かもだ。


「リリは天使……でも、サリエルの知らない天使ってことは……」


 うーん。

 やっぱ、ダメだ。今は頭の中がフワフワして、まともに考えをまとめられそうにない。


『我々は母なる星と多くの同胞を失い、その挙句に宇宙を彷徨い、さらなる進化の末にこの星に辿り着いた』

『そして、そこで奇跡に直面し、天使と悪魔を量産し、進化の頂から進化の終焉にすらも到達した』

『あなたたちの存在を知った今日(こんにち)まで、私たちは親愛なる星の子の繁栄を静かに願い、ただ安らかな時を過ごしてきました』

『我々はあなたたちの母ではない』

『ましてや、神でもない』

『私たちを表現するに一番相応しい言葉は〝天災(ディザスター)〟』

『だから、星の子よ。あなたに僕たちの記録を開示することは、本来であれば推奨される行為ではない』

『それでも、わたしたちはあなたに伝えるべきだと考えた』

『それでも、ぼくたちはあなたに伝えるべきだと考えた』

『我々の分身であり、技術の集大成である天使と悪魔を同時に従えてやってきたあなたにならば、すべてを打ち明けるべきだと考えた』

『これは運命であり、おそらく宿命でもある』

『それは、嘗てない〝凶兆〟に起因すること』

『あなたもその目にした、この天獄で起こっている異変』


「……異変?」


 いやいや、ここにくるまでおかしなことだらけでしたよ。

 てか、今だって十分異様な状況だし。

 正直どれが正常でどれが異常だなんてわかるは――



 ――ジジッ、ジジジッ。



「あっ」


 それでも、次の瞬間だった。目の前の空間が奇妙な音を立てて歪みはじめたのを見て、私は黒い箱の住人たちが指す凶兆が何かを察した。


「あわ、あわわ……」



 ――ズズッ、ズズズズッ。



 再び姿を現した、紫の穴。

 サリエルも例外(イレギュラー)だっていってたそれは、また大きな獣の口となって私に襲いかかってきた。


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