127.もぐらっ娘、未知なる天獄ツアーへの巻3。
「……」
「どうしたのー?」
「……」
「エミカ~?」
え?
いや、もしかしたら黙ってたらバレないかもとか、全然考えてないよ。どうやって切り出したらいいか悩んでるだけだよ。ほんとほんと。ほんとだよ……。
「サ、サリエル、その……翼が……」
「んっ?」
天使にとって翼がどれだけ大事なものかは知らないけど、なくなっていいものじゃないことはたしかのはず。明言を避ける形で、私は恐る恐るサリエルの背中を指差した。
「あれ~? なくなってるー」
「たぶん、さっき私を助けてくれた時……」
「あー、あの紫のやつに食べられちゃったんだね、あはは~♪」
いや、笑ってる場合じゃないでしょ。
まったくどこまでのほほんなんだ、この天使。
「……それ、大丈夫なの? 痛みは?」
「痛くないよー。それにね、そのうちまたニョキニョキ生えてくるからー」
「ニョキニョキ……」
人間だったら身体の一部を失うとか超大事なのに、どうやら天使にとってはそうでもらしい。
ただ、最上級治癒魔術なら失った手足すらも再生できるとか聞いたことあるし、サリエルがダンジョンの最終ボスを一撃で倒すほどの魔術(魔法?)を使えるってことを考えれば、やっぱそれほど深刻な問題じゃないのかもだった。
「てか、いろいろあって頭の整理が追いつかん……」
とりあえず本人がピンピンしてるので、一旦翼の話は置いとく。そして順番が前後する形になったけど、私は先ほどの紫の穴について訊いた。
「さっきのアレってなんなの?」
「あたしもよくわかんないけど、お父さんやお母さんは〝バグ〟って呼んでるよー」
「バグ?」
「うん。昔ねー、お父さんたちが地上世界の法則を改変したことで、地上と天獄に繋がりが生まれたの。それでねー、地上で起きる事象がわずかになんだけど、天獄にも反映されるようになったみたい。さっきの紫のはそういうやつー」
「いや、どういうやつよ……?」
改変? 事象? 反映?
ダメだ、さっぱりわからん。ただのモンスターだよっていってくれれば、それはそれで納得できたんだけどな。
「もう少し私にもわかりやすく説明プリーズ」
「えっと~、それなら湖の前にエミカが立ったとするよねー? そしたら水面に影ができるよねー?」
「うん」
「その状況で、エミカが〝地上世界〟そのものだとしたら、湖は〝天獄〟でー、水面に差した影は〝バグ〟になるのー」
「……んと、つまり、私や地上で暮らす人類は、知らず知らずに天獄に影響を与えてるってこと?」
「うん、そうそうー。もっといっちゃえば、最初に地上を創り変えた天獄側が今になってその反動を受けてるって感じかな~」
「それなら、ここってさっきの紫みたいなのがまだうじゃうじゃと……?」
「ううん、あれは〝例外〟だよー。ほんとならバグが天獄に与える影響ってね、影響っていうほどのレベルじゃなくて、たとえば湖の中を泳いでる魚があたしだとしたら『なんか暗いかもー?』程度の影響でしかないのー。だからね、最近現れるようになったあの紫のやつは普通のバグとはちょっと違うってお父さんたちもいってたー」
「……なるほど。おっけー、なんとか2割ぐらいは理解できたよ」
結局、そのバグってのがなんなのかはよくわかんないけど、サリエルの翼を食べた事実を例えに当てはめれば、たしかに水面に影が差しただけって話じゃないね。もう湖に手を突っこんで、ぐちゃぐちゃにかき回してるって感じだ。
「最近ね~、よくあの紫のやつに襲われてたから地上まで避難したりー、死んだフリとかで乗り切ってたんだー♪」
「ああ、だからさっきダンジョンで呼び出した時、俯せだったんだ……」
それとこないだワインの件でお城にいった時、ミハエル王子もサリエルが遊びにきたっていってたね。
王子様の部屋に無断で入るとか捕まったら大変だけど、そういう理由があったならしかたな――いや、しかたなくないか。
「捕まったら解剖されちゃうし、これからは避難するならお城じゃなくてウチにおいで」
「え、いいのー?」
「いいよ。ウチも広くなったし、サリエルにはリリの救出を手伝ってくれた恩もあるしね」
「わーい♪ それじゃ、これからは毎日遊びにいくね~!」
「いや、毎日はちょっと……。てか、いつまでもここにいたら危なくない? さっきの紫のにまた襲われるんじゃ……?」
モグラウォールで塞いだ壁を見るも、あの紫の穴がこっち側にやってくるような気配はなかった。
それでも、サリエルが逃げ一辺倒に徹しなきゃいけないようなやつが相手だ。油断はできない。
「それじゃ、お父さんたちにあたしの初めての友達だって紹介するね~♪」
「え? あ、うん……」
あれ? なんか当初の目的を忘れてるような気が? てか、私たちって友達だったんだね……。
いろいろ突っこみたいところはあったけど、さっさとサリエルが進んでいくので何もいえなかった。
そのまま周囲を警戒しつつあとを追う。しばらくして通路を抜けると、さっきの部屋と似た場所に出た。そこからさらにまた通路を進んで、抜けたら見覚えのある部屋へ――を何回も繰り返していく。
「さっきから同じ場所をぐるぐる回ってるような気が……」
「大丈夫ー、中心までもうすぐだよー♪」
部屋を出て通路を抜けて、また新たな部屋へ。それをもう20回以上は続けたと思う。
だけど、いい加減辟易してきたところだった。
ようやく景色が大きく変わった。
「――うわっ、ひっろぉ~~~!?」
最後の通路を抜けると、とんでもなく広い空間に出た。
仰いでも天井は見えない。銀色に鈍く光る壁が、果てしなくどこまでも続いてる。
それは床面も同じで、目の前にある手すりのない橋から足元を覗くと、地下の奥の奥まで空洞が延々と伸びてるのが見えた。
「ひえっ、落ちたら大変だ……」
煌々と眩いほどの白い光で満たされた場所で、立ち眩みを起こしそうになりながら思わずブルッと震える。
頭を振って正面に視線を戻すと、巨大な空間の中央部分には太い柱のようなものが、空洞に対して〝芯〟のように上下にまっすぐ伸びてた。足元の橋を落ちずに進めば、そこまでいける構造だ。
「あそこが天獄の中心だよー」
そして、柱と繋がる橋の終点部分には、この世界を覆うあの神々しい光の渦があった。
「ねえ、これってほんとに入っても大丈夫なやつ……?」
丸くゲート状に発光するそれは別の場所に通じてる扉みたいで、くぐるには少し勇気が必要だった。
「平気だよー。ほら、いこー♪」
「あ、ちょ、まだ心の準備がっ――!?」
落ちないように慎重に橋を渡り切った私は、サリエルに無理やり手を引っ張られる形で光の渦へと足を踏み入れた。
目の前がすべてオレンジ色に染まり、身体が浮く。
そして次の瞬間にはもう、私はその奇妙な場所にいた。
「こ、ここって……?」
まず最初に見えた物は、黒い四角い箱。
無数のそれが目の前にうず高く積まれ、まるで塔のようにそびえてた。
「暗いから気をつけてねー♪」
さっきまでいた巨大空間とは打って変わって辺りは薄暗く、上空に浮かぶ2つの赤い満月らしきものだけがこの場所を弱々しく照らしてる。仄暗い中、よくよく目を凝らして周囲を見渡すと、目の前の塔以外にも黒い箱はそこら中で山積みになってた。
――ブゥン。
不意に、塔を形成する箱の1つが奇妙な音を立てて光った。
それと同時、人らしき顔が現れる。
『ようこそ、この世界の中心へ――』
箱から響く、落ち着いた声。
それが合図になった。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
――ブゥン。
薄闇を照らす、どこか不自然な光。
1つ灯ると、また1つ、また1つと連鎖的に。
周囲の至る場所にあった黒い箱は同じように奇妙な音を立てると、次々とその正面に人の顔を浮き上がらせていった。
『正統なる、そして親愛なるこの星の子よ――』
『我々は――』
『僕たちは――』
『私たちは――』
――あなたを歓迎します。
「よかったね~、エミカー♪」
「……」
双子の赤い月が照らす地の底で、私は無数の顔に取り囲まれた。











