123.もぐらっ娘、かわいいブタさんと出会う。
そして、また後日。
栽培所を開放する日がやってきた。
「すみませんね、エミカ」
「今日はちょい朝の作業が遅れてんだ」
「あー、んじゃ、私は先にいってるかな」
当日、約束の時間にきたけど、教会はちょっとバタバタ忙しい感じ。どうも新しい子も増えていろいろ大変みたい。ウロウロしてたら邪魔になりそうだし、私はさっさと栽培所に向かった。
「――モグラクロー!」
塞いでた入口を取り除いてモグラストレージ状態を解除。また一段と大きく育ったオークの木を見上げつつ、壁際の各所に並べられた原木や地面の苗床を確認していく。
「うぅ、せっかくがんばったのに……」
やり方がまずかったのか、残念ながら私が準備したやつにはどれもキノコが生ってなかった。両隣のヘンリーの原木にはシイタケがびっしり生ってるのを見る限り、どうもダンジョン産のキノコは普通の育て方じゃダメみたいだ。
「……ん、あれ? なんだろ、この穴」
気落ちして項垂れてると、地面がやたらと不自然に窪んでる場所を見つけた。
「変だな。こんなとこに穴なんて掘った覚え――」
「―― 」
「へ?」
空耳かと思ったけど、たしかにオークの木の向こう側から妙な鳴き声がした。顔を上げて音のした方角を見る。その瞬間、不意に例の水玉模様のキノコを埋めた場所が、さっきの窪み辺りだったことを思い出す。
同時、不意に過ぎる確信めいた答え。
「まさかね……」
そう思いながらも焦る気持ちから早足で木の向こう側へと急ぐ。
太い幹を横切ってさらに進む。
そして、それはそこにいた。
「――ぴぐぅ?」
近寄ってきた私の気配に気づいたらしい。振り向くと、それは猫みたいに愛らしく首をかしげた。その2つに分かれた手の先――というか蹄には、苗床から毟られた白いマッシュルームが挟まってる。
そのまま口に運んでムシャムシャ頬張りながら、それは再び鳴いた。
「ぴぐぅ~?」
あなたは誰?
たぶん、そんなことを訊かれてる気がする。
でも、私はそれどころじゃなかった。
「なっ……」
「ぴぐぅ?」
「な、な、ななな……」
「ぴぐぴぐぅ~?」
私はそこで抑えてた衝動を解き放った。
「何これーー!!」
「ぴぐぅ!?」
黄色い声を上げながら目の前の小さなブタさんにこれでもかと、ぎゅーと抱きつく。
「ぎゃわいいぃ~~!!」
「ぴぐぴぐぅ~!?」
私とブタさんの歓声と鳴き声が、栽培所に木霊した。
およそ20ミニット後。
栽培所、オークの巨木の前にて。
「――あ、こんなところにいた。エミカ、いるならどうして返事してくれなかったんですか?」
「……」
「てか、お前そんなとこで何してんだ?」
「べ、べべべ別に何も! 何も隠してないよ!!」
「え?」
「は?」
「……」
「さっきからチラチラ見えてるそのピンクのはなんだよ?」
「ギクッ!」
「背中に何を隠しているんです?」
「何も隠してないって!」
「いや、どう見ても不自然だろ」
「あ、ダメ! それ以上きちゃダメー!」
「……ヘンリー、お前は左から回れ。俺は右からいく」
「了解です」
「な、なんにもいないよ! なんにもいないってば!!」
「ぴぐぅ~?」
「あっ! 出てきちゃダメー!」
「げっ!?」
「そ、それって――!?」
ミニゴブリンと大体同じぐらいの大きさで、ずんぐりむっくりした丸い身体と短い手足(てか、完全に豚足)。
くりっとしたつぶらな瞳に、ブヨブヨの愛らしい鼻(てか、完全に豚鼻)。
私の背後には2本の足でよちよち歩く、そんな小さくて超かわいいブタさんがいた。
「――モンスターじゃないですか!?」
「違うよ! この子はただのブタさんだよ!!」
「どう見たって普通のブタじゃないだろ! そいつの頭キノコじゃねーか!!」
「ぴぐぅ~」
「ぐっ……」
残念ながらジャスパーのいうとおり、ブタさんのおでこから上は赤茶色のキノコだった。まるで白い水玉模様の帽子を被ってるようにも見えて、その両側からは折れたピンクの耳がこれまたかわいらしく垂れ下がってる。
5日前にモンスターから引っこ抜いた例のキノコとブタさんの頭がそっくりなのは、おそらく偶然じゃない。むしろまず間違いなく、藁と一緒に埋めたあの場所からこの子は生まれたんだろう。
「エミカ、危険です! 早くそのモンスターから離れてください!」
「危険じゃないよ! この子――しもふりピンクさんは悪いことなんてしないよ!」
「お前、なんで名前つけてんだよ!?」
「飼うなら名前がないと不便でしょ!!」
「え、飼うつもりなんですか!?」
「ぴぐぅ~……」
さっきから言い争ってる私たちを、しもふりピンクさんは困り顔で見てる。ケンカの原因が自分にあることをちゃんと理解してるみたい。かしこいね。そんでもってかわいいね。
「てか、なんなんだよこれ! 俺たちはキノコを育ててたんじゃないのか……?」
「一旦落ち着きましょう。エミカ、とりあえずそれがなんなのか僕たちに説明してください」
「いや、私にも詳しいことはよくわかんないんだけど、たぶん……」
私は5日前にあったことと、今朝の状況をざっくりと2人に伝えた。
「うわ、本当だ……。僕のマッシュルーム畑が……」
説明後、食い荒らされた数ヶ所の苗床を見て、ヘンリーは落胆を隠せず地面の上に膝をついた。
「ぴ、ぴぐぅ……」
その様子を見て、しもふりピンクさんが申しわけなさそうに弱々しく鳴く。
だけど、悪気があったわけじゃないのは明らか。生きるためにはしかたのない行為だったと、私はその場でしもふりピンクさんの無罪を主張した。
「キノコなんてまた育てればいいじゃん。それよりこの世でもっとも尊重すべきは命だよ命。ね?」
「……ね? じゃねー! てか、今はこのモンスターどうすんだって話だろうが! 害があろうがなかろうがキノコ食う以外に能がないこんな化け物、このままここに置いとくわけにはいかねーぞ」
「ぴぐぅ……」
「ジャスパー、なんてこというの!? 信じらんない、しもふりピンクさんに謝りなよ!!」
「はぁ!? なんでモンスターに謝らねーといけねぇんだよ、アホか!」
「アホはジャスパーのほうだよ! このアホジャス!!」
「誰がアホジャスだ、コラ! やんのかてめぇ!!」
「上等だよー!!」
「ぴぐぅー」
ジャスパーと取っ組み合いのケンカにまで発展しかけたところで、しもふりピンクさんが急にトコトコと走り出す。
どうやら向かう先は木の根元。
そのまま手頃な場所で四肢を地面につけると、ブタ鼻をプヒプヒと鳴らしはじめる。
どうやら何か匂いを探ってるみたい。
やがて前足の蹄で地面を掘り出すと、地中から黒い何かを取り出して戻ってきた。
「ぴぐぅー」
「え、僕にくれるんですか?」
「ぴぐぴぐぅー」
しもふりピンクさんが落ちこんでたヘンリーに手渡したのは、前回よりも一回り大きく育ったトリュフだった。
「げっ、マジか。こいつトリュフの位置がわかるのか?」
「だとしたら、トリュフ犬の仕事が務まりますね……」
そのあと試しにお願いしたら、しもふりピンクさんはまた手早く地中のトリュフを採ってきてくれた。
「すごいよ、しもふりピンクさん!」
「ぴぐぴぐぅ~」
「しかし、モンスターであることには変わりないんですよね……」
「トリュフ犬の代わりができるにしても、野生のモンスターを教会に棲みつかせるわけにはな……」
「ははっ、2人ともそれならテイムしちゃえば大丈夫だよ」
というわけでみんなで副会長室に移動後、自分用の保管棚から魔物飼いのスクロールを抜き取って使用。しもふりピンクさんを仲魔にすることになった。
これであとはギルドで登録しちゃえば万事おっけー。なんて思ってたけど、そうは上手くいかず。すぐに問題に直面した。
「あっれ? おかしいなぁ……」
「ぴぐぅ~」
なぜか何度スクロールを使ってもスキルが発動しない。
もしかして不良品?
でも、あのルシエラがそんなミスをするとは思えない。
こんな事態は初めてだったこともあって、スクロールに問題がある可能性は排除。とりあえず私はみんなを引き連れてギルドの受付に向かった。











