119.もぐらっ娘、モグラの爪にありがとう。
結局、喫茶店で出す飲み物の値段もスーザフさんに全部決めてもらった。
ただし、2階については今後の状況次第で、ぐーんと値上げできちゃうかもしれないとか。
「一気に料金上げたら、せっかく常連客になってくれた人も離れちゃうんじゃ?」
「いえ。すべてはタイミング次第でございます、ご主人様」
「はへ?」
正直、最初はなんのこっちゃと思ったけど、喫茶店がオープンして数日もすれば私にも彼女の考えがわかってきた。
てか、さすがは商家の娘さんだ。その先を見通す心眼と、儲けのためなら非道なやり方も厭わない精神。搾取しなきゃいけない側の商売人として、私もその姿勢はぜひ見習っていかなきゃだった。
あ、ちなみに少し話は変わるけど、2階の喫茶店は〝モグラカフェ〟と命名したよ。
喫茶モグラ亭とどっちにするか悩んだんだけど、〝カフェ〟のほうが華やかなイメージがあるってことで、最終的にはみんなの意見も取りまとめつつ決めた感じ。
んで、そのモグラカフェの状況なんだけど、オープン初日以降、今も異様なほど多くの男性客でガヤガヤと賑わってる。店内は常に満員で、外には入店待ちの行列までできちゃってるほど。
もちろん、ほとんどのお客さんの目当ては厳選した紅茶に新鮮なジュース、そして、ほかほかの焼きたてパン――などではなく、例の露出度の高いユニフォーム姿の色っぽいお姉さんたちだったりする。
どうやら聞いた話によると、お客さんそれぞれで贔屓にしてるメイドさんが違うみたい。
1番人気はチェーロさん。続いて2番手に続くのがモニカさんとマリンさんで、輝く金髪の3人で上位を占めてる感じだとか。
どうもチェーロさんについてはあの格好で恥ずかしがって給仕してる姿が、さらに男性客の心をグッと鷲づかみにしてるっぽい。人の欲望ってほんと罪深いね。いや、わからなくはないけどさ(てか、むしろわかるけど)。
あと、モグラカフェには数少ない女性客もいて、その人たちはみんな執事さんの格好をしたホルームンさんを目当てにきてる。
男性客ばかりの中、キャーキャー黄色い声が上がるのは少し奇妙な光景ではあるけど、やっぱいろんな客層を取りこんでなんぼだしね。燕尾服をおっけーにしたのは我ながらいい判断だったと思う。
「――いらっしゃいませ、お客様」
「――モグラカフェへようこそ」
「――ご注文はお決まりですか?」
「――ありがとうございました」
「――またのご来店、心よりお待ち申し上げております」
何もかも好調な滑り出しではじまった喫茶店経営。
それでも、やっぱ人気が出れば出るほど問題も出てきて、オープンして1週間もすると、ロクに注文もせず長居する困ったお客さんや、メイドさんたちにしつこく言い寄ってくる迷惑なお客さんも現れ出した。
そこで対策として、前者については注文が一定時間ないお客さんには出ていってもらうシステムを採用。
後者については久々にほんと頭にきたので、何度か直々にモグラパンチの風圧を浴びせた上で恐怖を味わわせておいた。(街の外からやってきた人ではあるけど、そういうトラブルを起こすお客さんのほとんどが冒険者だったのは、ちょっと複雑な心情だ)。
「ご主人様、価格の再設定も今が好機かと」
新たなルールとともに、当初スーザフさんが見越してたとおり飲み物の大幅な値上げにも踏み切った。
売り上げと利益を追求した舵取りであって、いくらか客数自体は減って、これでモグラカフェも多少は落ち着くはず。
なーんて思ってたけど、そんなことにはならず。
なぜかこれまで以上に客足が伸びて、さらに注文がばかすか入るようになった。
スーザフさん曰く、人は一度欲望の沼に入りこんでしまったら簡単には抜け出せないとか。
え、沼? 喫茶店だよねここ?
そんな疑問も生まれたけど、売り上げが好調であることは正義。深くは考えないでおいた。
そして、好調といえば今回の新装開店、2階に続いて地下も驚異的な売り上げの伸びを記録してる(ま、こっちは売り場面積が何倍にもなってるわけだから、当たり前といっちゃえば当たり前なんだけどね)。
白・ロゼなんかの新ワインも売れ行きは上々で、お手頃価格のシンプルな食器も主婦層を中心に飛ぶように売れていった。
そのうち貴族っぽい風貌のお客さんも交じってきて、高額なティーセットや銀食器もぽつぽつ売れはじめていくと、なぜか超高額なプレートアーマーまで買っていくお金持ちまで現れた。
鎧の仕立て直しを希望するかどうかユーフォニアさんが尋ねたところ、不要の返事をもらったことから、インテリアとして買っていった線が有力っぽい。
ま、うちの大広間や通路でも飾ってるし、美術品として売れても別に不思議じゃないけど。
「全体的に好調だけど、メインの武器は今日も動きなしか。やっぱもう少し安くしたほうが……」
「ご主人様、まだそれは時期尚早にございます。もう少し動かずに様子を見るべきかと」
最初の数日間で富裕層相手にモグラメタル製の鎧や鍋や包丁は売れたけど、武器は試しに手に取ってくれる人も少なかった。価格が高すぎて最初から購入の選択肢にないというか、明らかにターゲットである冒険者の客層から避けられちゃってる感じ。
だけど、その状況も、先日ボスフロアで会った王都の冒険者3人組が私を訪ねてきたことで一気に変わった。
「こないだあげた剣よりもいい素材で作ったんで、性能は数段上になりました」
「あ、あの剣よりも……?」
私が商品を売りこんだ結果、彼らは剣と槍と斧を中心に数10本ほどをまとめ買いしていってくれた。
てか、なんでそんな大金を払えるんだと思ったら、どうやら王都でも1、2位を争う有名な冒険者パーティーの人たちなんだとか。
しかも、購入した翌日から約束どおりあっちこっちで宣伝もしてくれたみたい。それ以降、口コミでやってきたお客さんによって、超高額商品にもかかわらず武器の売り上げは日増しに伸びていってる。
新装開店以降、1階の営業も変わらずに順調。
メイドさんたちも仕事に慣れはじめ、お店が落ち着いてきたのを見計らって、私はさらなる家の改築にも取りかかった。実際にみんなで生活する中で、いくつか早急に解決しなきゃいけない問題が出てきたからだ。
まず一番大きな問題としては、台所が狭すぎるって点。
さすがに暮らしてる人間の数に対して料理をするスペースが小さすぎるとシホルから不服があった。なので、解決策として大広間の西側を掘って広い調理場を作ることに。
ただ、炎岩を使う場所で調理場には扉もつける予定だ。先に換気の問題をなんとかしなきゃいけない。
結局、それについては天井に換気用の〝ダクト〟を設置することで対応。家の敷地内に地上までの穴を伸ばすのは、地上の距離が短縮される法則もあってちょっとだけ手間だったけど、庭の家庭菜園の南側付近に排気用の煙突を作った。
ダクトの内側は〝風珪砂〟でコーティングされてるので、風を地上まで送り出せる設計になってる。
ちなみに便利な物だなーっと思って、同じ物がクリエイトできないか興味本位で試しにやってみたら、なんか普通に作れてしまった。ヤバい。
「浄化土に続いて、風珪砂も……」
これはもしかしたら、光石や炎岩や氷水晶なんかも作れちゃう流れなんじゃ?
なんて思ったけど、パメラの言葉を思い出してすぐに自重。今起きたことを心の中にしまって、水回りの設備や食器棚、保冷器や食料貯蔵庫なんかも設置しつつ作業を進めた。
「わぁ~、ひろーい!」
「完全にレストランの厨房だな。おっ、ワインセラーまであんじゃん」
「ありがとう、エミ姉! これでもうみんなと庭で鍋を煮こまずに済むよ!!」
「一応、新しい調理器具とか食器類も棚に入れといたけど、なんか足りない物があったらいってね。作れる物は作っちゃうからさ」
調理場が完成したあとは地下2階の一番南側に移動して、メイドさんたち専用の談話室作りに取りかかる。
ちなみにこれは調理場とは違って誰かから要望があったとかじゃなく、私の独断で作製した。
メイドさんたちの暮らし振りを見てると、普段から彼女たちは家のどこにいても背筋を伸ばしてお仕事モード(イオリさん以外は)。コントーラバさんを無理やり説得して、晩ごはんは大広間でみんな一緒に気兼ねなくをルール化したけど、どうしてもみんな給仕としての役割を優先しようとするし(イオリさん以外は)。
そんな張り詰めた空気の中じゃ、やっぱメイドさん同士で集まって気楽に話ができる場所ぐらいは必要なんじゃないかなーと。
ってことで、仕上げに談話室に家具も設置。内装も手をかけて、みんながゆっくり寛げるような空間にしといた。
そして、その他の家の細かい追加改築も完了して数日後――
「――それでは! モグラ屋さんの新装開店と、新たな仲間であるメイドさんたちを祝して! かんぱーいっ!!」
「「「乾杯!!」」」
みんなを労う意味もこめて、私は仕事終わりの関係者を集めて我が家でささやかな夕食会を開いた。
参加者は各階の担当責任者であるソフィアにルシエラにスカーレット、ぺティーやローズファリド家の執事さんたち。それと、ちょうど帰宅途中だったユイなんかも偶然捕まえて引っぱってきた。
立食形式で食卓に様々な料理が並ぶ中、大勢の人たち(ミニゴブリンも含む)が大広間に集まって談笑する光景は感慨深いものがあると同時、どこか私を不思議な気持ちにさせた。
――いつの間にか、こんなにも人が集まってきてる。
いや、そりゃ呼んだからね。
予定がないなら、みんな集まってくれるでしょ。
考えるまでもなく、当然のこと。
でも、少し前までは、この当たり前は当たり前なんかじゃなかった。
私はただの無力な少女で、丸1日ダンジョンの地下1階層で穴を掘ってた。
4年間ずっとそれしかできなかったし、それしかしてこなかった。
そんな私のすぐ傍で、今こんなにも大きく人の輪が広がってる。
ふと、夢心地になって、私は現実をたしかめるように自分の手を――モグラの爪をじっと見た。
そう。
この爪。
この爪がなければ、今の私は存在しなかった。
ソフィアや教会の子たちとまた縁が戻ることも。
ぺティーやルシエラやスカーレットと出会うことも。
パメラやミニゴブリンたち、メイドさんたちと一緒に暮らすことも。
そして今日、シホルやリリやユイと笑い合うことも。
ほんとなら全部、起こり得なかった。
ほんとなら全部、空っぽだった。
ほんとなら全部、真っ暗だった。
ほんとなら全部、全部全部全部――
なるほど。
夢心地なのも当然だね。
だって、これは夢のような奇跡。
魔術ではなく、魔法そのもの。
それを、私に与えてくれたのは――
「ありがとう」
私は自分の両手を見つめながら、小さく感謝の言葉を口にする。
だけど、当たり前のように暗黒土竜から声が返ってくることはなかった。
「むー……」
最初の時は話しかけてきたくせに、愛想のないやつめ。
ま、口がないから喋れないのも当然か。
爪だけだもんね。
勝手に腑に落ちた私は、みんなの輪の中に戻ってわいわい楽しく騒いだ。











