116.もぐらっ娘、さらに家を改築する。
地下の作業を終え、私は家の裏手へ回った。
まだ夕暮れ前だけど、予定からはちょっと遅れてる感じ。そのまま急いで離れの改築にも取りかかる。
離れは、お風呂とトイレが隣接してる構造。そんでもって外観も内部もほとんどが石材だから、簡単にモグラの爪で取り壊しが可能だった。
「今までありがとー、我が家の一部!」
きちんとお礼をいったあとで平地にすると、地面には2ヶ所の穴が残された。
お風呂の排水用と、トイレの排泄用の穴だ。
それぞれ深い穴の半分ぐらいの高さまで〝浄化土〟が盛られてて、生活排水やアレとかアレとかを瞬時に吸水・吸収した上で、文字どおりに〝浄化〟してくれる仕組みになってる。
ちなみにこの日常生活に欠かせない必需品である浄化土は、光石や炎岩や氷水晶なんかと同じで、ダンジョン攻略によって齎された神々の恩恵の1つだったりする。また、亡くなった人の遺体を埋葬する時や、川の氾濫を塞き止めるためにも使われたりしてて用途は様々。
使用後は養分豊富な土として畑などに再利用できるため、使った浄化土を業者さんに売ればお金になるし、それで新しい浄化土を買えばほぼトントン。自然にも家計にも優しい具合だ。
普段からあまりものを知らない私がなんで浄化土については詳しいのかというと、答えは簡単。
それは調べたから。
んでもってなんで調べたのかというと、浄化土なら土だし、自分でも作れるんじゃないかと思ったから。
イメージするにもそれがどういう効果や特性を持つのか、より詳しく知る必要があったってわけ。
そしてその結果、モグラの爪で浄化土が生成できちゃうことが判明した。
アイテム鑑定用のスクロールでも調べたから間違いなし。
だけど、これって魔力土とは何が違うのかな?
ま、とにかく生活必需品を自分でタダで作れるんだから、細かいことなんてどうでもいいよね。
「さて、トイレは何ヶ所必要かな?」
魔生物のミニゴブリンたちはおトイレしない(らしい)から、私たち4人とメイドさんたち13人で計女子17名。朝とか混み合いそうだけど、少なければあとで増設すればいいだけだし、とりあえず4ヶ所ぐらいでいいか。
トイレ用の穴と手洗い場用の穴を全部で5つ掘ったあと、モグラの爪からドバドバと浄化土を流し入れていく。
「――よぉ、進捗はどうだ?」
最後の手洗い場用の穴に取りかかった時だった。裏口からやってきた暇そうなパメラに声をかけられた。
「見てのとおり順調だよ」
「ん? お前、なんで穴に土を流してんだ?」
「いや、ただの土じゃないよ? 浄化土だよ」
「ああ、買ってきた浄化土を取りこんで流してんのか。しち面倒なことしてんなぁ、普通に流せよ」
「ん? 買ってきてないよ? 自分で作ったんだよ?」
「は? なんだって?」
「いや、だから自分で作った浄化土を流してるだけだよ?」
「……は?」
「え?」
お互い疑問符だらけの会話になった。
なんか噛み合ってない感がすごい。
だけど、原因はすぐにわかった。
「……お前さ、浄化土の製造方法が〝国家機密〟だって知ってていってんのか?」
「機密? なんで? 浄化土って神々の恩恵なんでしょ?」
「いや、神々の恩恵だからこそミレニアムが独占できるんだろうが。お前も迷宮観測室がどこにあるかぐらいは知ってるだろ」
「えっと、ハインケル城のどっか……?」
「そうだ。てか、浄化土だけじゃないぞ。今日の日常生活やインフラにも係わってくる技術は大概そうで、光石・炎岩・氷水晶・風珪砂を筆頭に、転送石・マネン紙幣・魔力列車の設計図なんかもその製造方法は最高機密で一切明かされてない」
「……」
「もっといえば王国が周辺国に対して頭1つも2つも抜けてる理由はそれだ。有益な技術は自分たちで管理した上で、常にイニシアチブを握り続ける。熾烈を極めた争いってのは同程度の力を持った2者が並び立って初めて起こるもんだからな。力量に差があればあるほど、たった1人の強者は自らを中心に平和な世界を築けるってわけだ」
「え、えっと……つまり大事な情報を秘密にすることで、この世界の平和は守られてるってこと?」
「他者を縛りつけた上でのずいぶん身勝手な平和だがな。まー、歴代の王がその気になってりゃ周辺国家なんてとっくに滅んでんだろうし、生かさず殺さずがうまく嵌まってるってことなんだろうよ」
「……」
神々の恩恵は、できればみんなで平等にわかち合うべきだと思う。
でも、それをしちゃうと強大な力を持った国がたくさんできて、やがては大きな争いが生まれるかもしれない。
だから、ダンジョンクリア時に情報が齎されるこの王国で、まずは他国に与えていい情報かどうかを見定めてるってことかな?
「うーん、やっぱ国を背負うような偉い人って、いろいろ考えてるんだね」
それがいいことか悪いことか私には判断できないけど、少なくともパメラはあまり王国の方針をよく思ってないみたい。
ただ、今私が気にするべきことは、そんな難しい社会情勢のお話じゃなかったりする。
もっと自分自身に直接係わる重大な問題。
それが現在進行形で発生してるっぽい。
「……そ、それでさ、その国家機密ってやつ? もし誰かにバラしちゃったりしたらどうなるの? 怒られちゃったりするのかな?」
「死罪」
「へ?」
「死罪だ」
「……」
「首を刎ねられる」
「……」
おっふ。
「え、えっとぉ~……」
「オレは何も見てないぞ」
「……」
「オレは何も見てないし、何も訊かなかった。いいな?」
「……あ、はい」
というわけで、私も何も聞いてないことになったんで作業を再開する。
トイレ用の小屋をさくっと作ったあと、中を個室ごとに仕切り、それぞれに鍵つきの扉を設置。
続けて陶器製の便座をクリエイト。そのまま穴の上にリリースして固定化。
手洗い場なんかも陶器や石材で作ったあと、ちゃんと水が出るように氷水晶を取りつける。
あと鏡も作れるかなって思ってやってみたらできちゃったんで、手洗い場の正面の壁に大きなやつを数枚貼っといた。
最後に小屋の外周に浄化土の汲み取り&継ぎ足し口を設置して、全体の内装を清潔感のある白に統一すれば作業は完了。離れだった場所に、ピッカピカのトイレ小屋ができた。
「便所が清潔なのはいいけどよ、風呂場はどうすんだ? 地下にでも作るつもりかよ?」
「フッフッフ。いい質問だね、パメラ。というわけで、そこでこれの登場! じゃーん!!」
オーバーオールの裏側の胸ポケットに大事に隠してた物を、私はそこで勢いよく取り出した。
「なんだよ、その羊皮紙は?」
「聞いて驚くなかれ! これはズバリ、土地の権利書なるぞ! 控えおろう!!」
「土地って、お前、まさか……」
我が家の隣(東側)は長いこと更地の状態で、実はずっと気になってたんだよね。だから、メイドさんとの面接の話をもらって以降、ロートシルトさんにも何度か相談した上で、こないだぱぱっと100年分の所有権を購入しといた。
つまり現在、我が家の土地(地上部分)はすでに2倍増。お風呂場なんて余裕で建てられちゃうのだ。
「たかが風呂にいくらかけるつもりだよ」
「お風呂は大事だよ? 心の洗濯をする場所なんだから」
「……てか、土地の所有権100年分ってよ、この面積でもウン千万はする買い物だろ? 無駄遣いに厳しいシホルがよくおっけーしたな」
「え?」
「あ?」
「……」
「……」
「いや、それは……」
「まさか、お前……」
「はは。もしかしたら事後承諾でも、大丈夫かなって……」
「マジか、お前マジか……。てか、オレは知らねぇからな……」
パメラはそういうと、裏口まで後ずさりしつつ家の中へと引き揚げていった。
どうやら、これ以上一緒にいたら巻き添えになると判断したらしい。さすがは超上級冒険者。危険察知能力が高いね。
「たしかに、その場の乗りで即決していい金額じゃなかったかも……」
だけど、このままお風呂を作らないわけにもいかない。そして、何かを成し遂げるには犠牲はつきもの。
私は腹を括って次の作業をはじめた。
「――やっぱ、浴槽はこんぐらいほしいよね」
まずは木の枝で地面に線をつけて、直接見取り図を書いてみる。
全体の大きさは我が家とトイレ小屋を合わせたぐらいで、お風呂場としてはかなり大きくなった。
続いて、地面をいくらか底上げ(浴槽の深さ分)した上で床面を作製。
さらにぐるりと石材の壁で建物を囲ったあと、北西の角に扉を設置。
でも、地下から家に上がって裏口を出て外からお風呂場へってのも、ちょっと不便だ。なので解決策として、お風呂場入口の少し南側を掘って直接地下にいける階段も作っておく。
ちょうどお風呂場に続く階段と母屋に続く階段が、大広間の北側の壁で向き合う位置関係になった。
そのまま入口と階段のある北側のスペースを壁と扉で区切って、残りの南側の半分を脱衣所にする。棚やカゴ、そしてここにも鏡を設置しつつ乾燥器なんかも用意。モグラの湯を参考に内装もぱぱっと済ませて、ついに浴槽側に取りかかる。
「あ、そうだ。せっかくだし露天風呂にしちゃおう」
入口や脱衣所のある建物の西側(約1/3ほど)だけ天井で覆って、残りはそのままにしとく。
洗い場と湯船もモグラの湯を参考に作って、最後にモグラウォールで大仕事。
ローズファリド家のお屋敷で見た美術品をもとに、お風呂小屋の北東の角に大きな女神像を時間をかけて作製。肩に壷を担いだ構図でけっこう大変だったけど、なんとか納得いく物が完成した。
ちなみに中は空洞だったりする。
「よっし、一気に仕上げだー!」
先に浴槽の縁や、洗い場の周囲に溝を掘って排出路を確保。
そして、お風呂場の北側から地下へ、そのまま街の川まで繋がるようにしてお湯の逃げ道を掘る。
ま、掘るというか、お湯の通り道関係はすでに昨日の夜、ほとんど作業を済ませておいたからあとは繋げる作業ぐらいなんだけどね。
「――はい、開通!」
というわけで無事、排出路は完成。
最後にモグラの湯の真下(旧モグラ屋さん跡地)から温泉を引いてくるという難易度の高い作業も、暗黒土竜の魔眼とモグラショートカットのおかげでちょちょいのちょいだった。
――ドドドドッ、ドババババババッッ!!
女神様が担いだ壷から勢いよくお湯が流れて、白い湯気とともに浴槽にお湯が溜まっていく。
あとちょっと待てば、もう湯船は満たされそう。さすがにモグラの湯ほどじゃないけど、こんなに立派なお風呂場ができて満足だ。それと予定してたところまで作業を終えられて、ほっと一安心。
「ひゃっほー! 一番風呂いっただきーー!!」
さっそく脱衣所で衣服を脱ぎ捨てて、私は温泉で疲れを癒やした。
「――エミ姉、土地のことパメラさんから聞いたよ!!」
でも、入浴後。
卑劣な密告者のせいでシホルからめちゃくちゃ怒られた。











