112.もぐらっ娘、はじめての海に感動する。
――アリスバレー・ダンジョン地下23階層、東方海岸沿い。
無事、目的地に辿り着いた私は真っ白な砂浜が目に入ると同時、奇声を上げた。
「うっぴゃー! 海だあ”あ”あ”あああああああぁぁっ~~~!!」
頭よりも先に動いたのは心だった。
先に周囲の索敵をすべきなのはわかってたけど、この衝動は抑えられない。そのまま一気に波打ち際まで走り出す。
「青い! 白い! 超きれい!! これが海っ――!?」
視界の先に広がるは見渡す限りの海と青空。
海面の一番遠い水平線側は濃いブルーで、そこから海岸に近づけば近づくほどに淡く透明になっていく。
宝石にも引けを取らない美しい水面の輝きと、大自然のグラデーション。
その光景に魅せられて、私の口からは思わず変なため息が出た。
「はっへぇ~……」
――チャプチャプ、ザブザブ、ザザ~。
心地よい音を奏でながら、波がゆっくりと押し寄せては静かに返っていく。
こんがり焼けちゃうかもだけど、ここでお昼寝できたら最高だ。
「絵本で見たり、話でも聞いたりはしてたけど海ってすごい……。あ、そうだ。海水から塩が作られてるってのはほんとなのかな?」
試しに波打ち際を爪先でちょんっとして、そのまま水滴を舌の上に垂らしてみた。
「――うべっ、しょっぱぁ!!」
てか、もはや辛い。
こんな綺麗なのに甘くないなんて不思議だ。
そのあと透明化と気配消失をかけ直し、暗黒土竜の後脚も脱いでしばらく波打ち際ではしゃいだ。
「あひぇ……な、なんかこれ、気持ちいいような悪いような……?」
裸足で海に入り、寄せては返す波と砂の感触を知る。ちょっとゾワゾワしたけど、すぐに慣れた。
それから波の上をバシャバシャ走ったり、大きめの波がきたらそれから全力で逃げたりもしてみる。
「ヤバい、超楽しいー!」
時間も忘れて小さな子供みたいにキャッキャと1人水遊び。お姉ちゃんとしてあまりシホルやリリには見せられない姿だ。
でも、思う存分にはしゃぎながらも、さすがに泳ぐのは自重した。
だって、でっかい魚のモンスターとかいたら怖いし。
「水中だと、たぶんモグラの爪も役に立たなそうだしなぁ……」
モグラパンチも水中じゃ威力は半減しそうだし、海面にモグラクローを放っても水がばっしゃーんってなるだけ。
そもそも土属性って水との相性悪いのかな?
「あ、いや待てよ……」
水は水。
でも、凍らせれば氷になる。
氷は塊だ。
もしかして、カチンコチンの状態ならモグラの爪の中にも取りこめちゃったりする?
「そういえばルシエラとの調査でも、それはまだ試してなかったね」
だけど、日常生活で使われてる〝氷水晶〟は冷たい水を出すことはできても氷そのものを出すことはできないし、たしか水を凍らせるような魔術スクロールもウチのお店じゃ売ってなかったはず。
ひょっとして、氷結系の魔術や魔道具ってかなり貴重なものなのかな? 帰ったらルシエラにも相談してみるけど、これは実験しようにも雪が降ってくるのを待つしかないかもだ。
でも、もしここの海水を凍らせてモグラの爪で大量に持ち運べたら、塩も商品化できちゃうね。
ま、生産するまでのコストがすごいことになりそうだけど。
「って、塩じゃなくて砂を取りにきたんだった……」
商売人モードになってようやく本来の目的を思い出す。遊ぶのをやめて砂浜に戻ると、私は砂の回収作業をはじめた。
「――モグラクロー!」
できるだけ広く浅くを意識して取りこんでいく。
あっという間に美しい砂浜が広範囲にわたってボコッと削れ、押し寄せる波が流れこんでくる。
目の前で砂浜だった場所が水没していく様子を眺めてると、なんだかちょっと自然破壊してる気分になって罪悪感。
ま、ダンジョン内だから時間が経てば元に戻るけど。
「――モグラクロー、モグラクロー!」
海岸沿いを進みながら、しばらく同じ作業を続けた。
地下22階層のスルーできないあのボスのことを考えると、次回は今回のように楽には辿り着けないかもしれない。なので、これでもかというほどの量を回収した。
「あ、さすがにちょっと掘り過ぎたかも……」
進んできた南側を振り向くと、完全に砂浜が抉れて海になってた。
てか、草木が茂ってる場所にまで海水が及んで水没しちゃってる。これは状態回復作用で元に戻るのも少し時間がかかるかもだ。
「ま、別に問題ないよね。ふぃ~」
疲れたので帰る前に少し休憩していくことにした。砂浜(無事なところ)に座って、青の世界を眺めて少しぼーっとする。
「はへー、海はいいなぁ……」
それにしてもほんとに綺麗な景色。危なくて無理だけど、シホルやリリにもこのキラキラの海を見せてあげたいよ。
あ、でもパメラなら地上の海も見たことあるかな?
王都のほうならまだアリスバレーより海側に近いだろうし、ここの海よりかはよっぽど安全なはず。
よし、今度旅行の範囲でいける距離かどうか訊いてみよう。
「さてと、ぼちぼち帰りますか」
だいぶ時間は過ぎたはずだけど、いつまで経ってもお日様は頭の上。ダンジョンだとエリアで時間も天気も固定されるから、つい時間の感覚を忘れちゃう。
私はポケットに入れておいた転送石を取り出すと、魔力を流しこんで使用した。
――ぐらり。
視界が激しく揺れる。砂浜にいた私は次の瞬間、魔法陣のあるダンジョン入口付近へ移動した。
「うっし、目標達成ー!」
その足でモグラ屋さんに向かって少し手伝ったあと、我が家に帰宅。新商品の開発に本腰を入れるのは明日にするとして、その日は早めにベッドに入ってぐっすりと眠った。
――後日談。
アリスバレー冒険者ギルド、受付にて。
冒険者一行に向かって平謝りしてるユイを目撃。
「本当に申しわけありませんでした」
「いやいや、ユイちゃん、別にそれで何か問題があったわけじゃねぇからよ」
「地図の誤表記ぐらいでそんなに謝らないでちょうだい」
「そうですよ。僕たちはただ間違いを報告しにきただけですし」
「ですが、正確でない情報を提示していたのはギルド側の落ち度ですので……」
おー、これは珍しい。
あの優秀なユイが、なんか仕事でやらかしたっぽいね。
ま、失敗は誰にでもあるよ。
てか、落ちこんでるみたいだし、ここはいっちょ幼なじみとしてなぐさめてあげなくっちゃね。
「やーやー、ユイくん。元気だったかね?」
「……これはこれは、いつも仕事をサボられてる副会長様。あなたには今の私が元気に見えるわけ?」
「なんかあったの?」
「はぁ~……それがね、最近ギルドで発行してるダンジョンマップに誤りがあるって指摘が多くて」
「へー」
「今までそんな報告1件だってなかったのに、ここ数日で急によ? 変だと思わない?」
「ふむふむ」
「地下21階層と地下23階層の一部の地形に問題があるらしくて」
「……」
「今は大きなクレームにもなっていないし、特に現状問題はないのだけど、後々のことを考えれば調査依頼を出しておいたほうがいいような気も――」
「だ、出さなくていいよ!!」
「え?」
「だってダンジョンだよ!? 不思議なことも起こるし、いちいち対応してたら切りがないよ!! 絶対に放置しておくべきだ!!」
「……言い分はわかるけど、どうしてそんな必死なの? まぁ、たしかに、そんな気にするようなことではないのかもしれないけど」
「そうだよ! 鉱山や砂浜なんて誰かが掘ったりすれば変わるもんだし!!」
「あれ? どうして消失した地形が鉱山と砂浜だって知ってるの?」
「あっ……!」
「……」
「……」
「まさかあなた、また……」
「あ”っー! そういえば急用を思い出したー!!」
「あ、こら逃げるな! 待ちなさい、エミカ!!」
秘密の暴露。
というか、ほぼ自首( ;∀;)











