109.もぐらっ娘、助言を受ける。
「……エミカ、これは一体?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
数アワほどかけて作った新商品たちをガチャガチャと陳列してる途中、寝ぼけ眼をこするルシエラに背後から声をかけられた。どうやら騒音で起こしてしまったらしい。
でも、ちょうど第三者の意見を聞きたかったところだ。
私は棚の前で両腕を広げながら、「じゃじゃーん!」とモグラの爪で自作した商品をアピール。
そのまま値段の設定含めてルシエラに助言を求めることにした。
「まず一番最初に作ったのがこれでね~」
棚の中にある大きくて四角い物体を手に取り、掲げる。
「商品名は〝絶対に壊れない盾〟にしようと思ってるんだけど」
「指摘。ただ頑丈であることと破壊が不可能であることを同一視してはいけない。それはやがて〝矛盾〟を生むことになる」
「えー。でも、たぶんこれほんとに壊れないよ?」
「理解不能。形ある物はいつか壊れる。それが世の理」
「だってこの盾、ダンジョンの外層を材料にしてクリエイトしたから」
「……は?」
「あとね、その他に同じシリーズ物として〝絶対に壊れない棍棒〟と〝絶対に壊れない斧〟も作ってみました。もちろんこっちも100%ダンジョンの外層を素材にしてるよ」
「……」
こないだの改装でスクロール売り場を移して以降、地下にやってくるお客さんの大半は冒険者なので、まずは客層に適した商品として武器や防具を作ってみることにした。
んで、盾の素材に使うなら石や鉄、もしくは例のクリスタルゴーレムの死骸(宝石)なんかもあるな~って思ったんだけど、今まで掘った物の中で一番頑丈なのって何かなって考えたらビビッときた。
そう。
それはダンジョンの外層。
旧モグラ屋さんでダンジョンの外側から入口を作る際、バンバン破壊して取りこんでたから量的にもそれなりに余裕がある。
ってわけで、とりあえず盾・棍棒・斧と、試しにそれぞれ×10個ほど生産してみた。
「……ダンジョンの外層部でできた防具と武器。正直、信じられない」
「ほんとだってば。ほら、ダンジョンの塔と同じでさ、全部赤黒い色してるでしょ?」
「信じられないというのは真偽のほうではなく、エミカの常識のほうをいった」
「えー」
「ダンジョン外層の破壊は不可能。それが世の中の常識。その常識を破ったエミカは非常識。異論は認めない」
「うー」
いやいや、私が非常識なんじゃなくてモグラの爪の力が異常なだけだし。
「しかし新事実発覚により、モグラの爪の対物質に係わる有用性はさらに裏づけられた」
「でもさ、この爪も決して万能ってわけじゃないんだよね。モグラリリースの最大範囲が縦×横×幅でそれぞれ1フィーメルしかないから、これ以上に大きい盾とか長剣とか槍とかも作れないし」
絶対壊れないシリーズはもっとたくさん作りたかったけど、そんな理由もあって3種類だけ。
あと、刃を鋭くするっていうイメージがけっこう難しくて、短剣とか投げナイフ的な物にも一応挑戦してみたけど納得のいく物は作れなかった。
経験上なじみのない物はうまくイメージできないので、この辺は今後の課題になってきそうだ。
「現時点での私見。今後、素材としてダンジョンの外層を使用することは奨励できない」
「え、どうして?」
「理由その1、この武器と防具は売り物。理由その2、これらはエミカの思惑どおりおそらく未来永劫壊れることがない」
「商品に嘘がないことはいいことじゃ……?」
「エミカ、武器や防具は消耗品。しかしそれが壊れない場合、同一の客は紛失等のイレギュラーな理由がない限り二度と同じ商品を買うことがない」
「……あ、そっか!」
商品として問題はないけど、店として問題があるってことね。
たしかに盾を必要としてる100人の冒険者がいたとしたら、絶対壊れない盾は100個売れた時点でもう売れなくなっちゃいそうだ。
「推奨。武器や防具を自作して販売するのなら通常の素材を使うべき」
「通常となると、やっぱ鉄とか?」
「あるいはその他の金属でも代用可能」
んー。
そうなってくると普通に地面を掘るよりも、鉱山とかにいって本格的に材料を集めたほうがいいかな?
でも、鉱山なんてアリスバレーの周辺にはないし……。
「質問。そっちの棚は?」
「え? ああ、こっちは食器類だよ。ほら、うちは主婦のお客さんも多いじゃない。だからさ、こういう日用品も売れるかなって思って」
「エミカにしては至って普通で常識的な発想」
「うー、『エミカにしては』は余計だよぉ……」
最初、食器もダンジョンの外層を使って作ってみたんだけど、ドヨドヨした赤黒い見た目が食欲をなくすという理由で却下。
結局、白っぽい石と青みがかった岩、それと以前廃材屋さんで入手しておいたガラスの残りなんかを利用した。
「大皿に小皿、フォークにスプーン。あとコップやワイングラスなんかも作ったよ」
「良。とても実用的」
「でも、これにもちょっと問題があってね……」
私はそういいながら一番近くの棚にあった岩で作った大皿をつかむと、そのままルシエラにゆっくりと手渡した。
「……重い」
「うん。そうなんだよね」
家にある木皿と比べると、あまりに重い。
毎日使うような物なのにこれじゃ実用には向かなそうだ。
「ガラスで作ったグラスとかコップは綺麗だし、問題なく売れると思うんだけど、石や岩をそのまま素材にしたやつはやっぱ無理があるかな? 中を空洞にしてみるって方法も考えてみたんだけど、これもけっこうイメージが難しくて」
「提言。粘り気のある土を成形した上で〝陶器〟としてリリースしてみては?」
「……え、陶器? モグラの爪の中で土を焼くってこと?」
「廃材のガラスをワイングラスに再加工できている時点で可能性は高。一度、爪の内部で熱処理が行われていると推測」
「うーん、私はそんなうまくいかないと思うけどなぁ~」
さすがにモグラの爪といってもそこまではね。なんて思いながらも、一応ダメ元で挑戦してみる。
粘土をコネコネして大きめの器を作るイメージを膨らませる。
んで、これを焼けばいいんだよね?
いや、でも焼くイメージって何?
ま、完成品を頭の中で思い描けばいっか。
「えい、モグラリリ~ス――」
――ポンッ。
「うわっ!」
次の瞬間、ツルツルの大皿が爪の先から出現。何もでないだろうと完全に油断してた私は慌てて飛びついた。
「ほんとにできちゃったよ!? 陶器のお皿!!」
「推論。元来のモグラの爪の性質に、ノーマル人種特有の火の性質が合わさった結果」
「へ? 私って火属性なの?」
「ノーマル人種の90%以上は火属性。残りの10%もほとんどが火の性質に近い光の性質を持って生まれてくる。その他の例外は0.0001%に満たないとまでいわれている」
「はへー」
すっかり身も心も土属性の気分だったよ。
てか、難しいことはわかんないけど、1人で2つの属性が使えちゃうってなんかお得感があるね。
「とにかくこれで食器類の問題は片づいたよ。助言ありがとー、ルシエラ」
「今後、ガラスに関しても廃材ではなく砂を直接採取すればいい」
「あ、そっか。ガラスは砂が材料だもんね。んじゃ、これからはそうするよ」
砂といえば砂浜。
一度もこの目で見たことはないけど、海にいけば材料はいっぱい取れるかな?
でも、海なんてアリスバレーの周辺にはないし――って、これじゃさっきの鉱山と一緒だ。
「モグラショートカットで鉱山や海のある場所までいくとか? いや、いくらなんでもそんな長い地下道掘るの大変だし。うーん……」
「エミカ、問題ない」
頭を抱えて本格的に悩み出した私を見て、そこで頼れるルシエラは今日一番の助言をしてくれた。
「鉱山も海も、近くにある」
「……ふぇ?」
「近くにある」
「……」
しばし黙して、その言葉を反芻。
アリスバレー周辺に鉱山や海は存在しない。
でも、ルシエラは近くにあると断言してる。
近く。
この街の近くではなく、私たちの近く。
「――あ、そっか! アリスバレー・ダンジョン!!」
ちょっと時間はかかったけど、私は自分が冒険者であることを久しぶりに思い出した。











