103.完済すれども解決せず
※今回短めです。
「――モグラプリズン!」
侵入者たちを撃退した翌日のこと。
ついに前金の納入が遅滞なくすべて完了。
返済期限までまだ少し余裕はあったけど、私はその日のうちにマネン紙幣の束の山を馬車に積んで伯爵邸に向かった。
手続きを円滑に進めるためと万一の用心棒として、ぺティーとルシエラにも同行をお願いした。
んで、その代わりといったらなんだけど、スカーレットにはモグラ屋さんに残ってもらった。説得するのは骨が折れたけど、前夜の襲撃を踏まえての私なりの判断だ。
「それにしても本当に逃がしてしまわれてよかったんですか? あの襲撃者たちの証言があれば、伯爵を追及することも可能だったと思うんですが」
「同意。エミカは甘い。今からでも再度捕縛して拷問するべき」
捕まえた5人の侵入者たちは一晩狭い檻に閉じこめておいたら反省の色が窺えたので解放しておいた。処理に困ったのでキャッチ&リリースしたともいう。
ただ、もちろん逃がす時はモグラきぐるみー姿で入念に脅しておいた。
恐怖のあまり私をモンスターかなんかと勘違いしてるみたいだったから、『我はモグラの精霊――モグエル。契約に基づきこの地上に顕現した』とかふざけていったらほんとに信じて崇拝してきたのはちょっと笑った。
ま、終始そんな感じだったので、あの連中がローズファリド家に危害を加えることはもうないはず。
「んー、侵入者たちを突き出しても、伯爵にそんな奴ら知らないぞってシラを切られたら意味ないし、実際そうなると思うんだよね。それと今回は伯爵の罪を暴くのが目的じゃなくて、スカーレットとローズファリド家から手を引かせるのが目的だしさ」
「たしかに指示した証拠を求められた場合、こちらは証言以上のものは何も提示できません。しかし、たとえそうだとしてもこのままでは……」
「相手のやりたい放題」
そうなんだよね。
実行犯を捕まえても、伯爵との繋がりを証明できないんじゃ意味がない。第一、相手はこの街の権力者だ。証拠隠滅なんてその気になればいくらでもできちゃう立場だったりする。
うーん。
最初は借金返すだけで解決するって思ってたんだけどなー。
その点については見通しが甘かったことを認めるしかないね。
ま、力を持った人間を敵に回したら厄介なことになるのはわかりきってたことなんだけど。
「とにかく伯爵にお金を返した上で、穏便に引き下がってもらうしかないよ。それに案外さ、話してみれば話のわかる人かもしれないし」
「これまでの経緯を訊く限り、その可能性は非常に低いと思います」
「希望的観測」
「……」
いやいや、2人とももっと人の善意ってものを信じていこうよ。世の中、話し合いで解決できないことなんてないし、平和が一番だってのはみんなの共通認識。ほら、ラブ&ピースだよ。ラブ&ピース。
「――貴様らだけかホ!? スカーレット嬢はどこにいるホ!!」
しかし、ポポン邸に到着後、私の淡い期待はすぐに打ち砕かれた。伯爵はこちらが持参した返済金の山を見て、まず驚きのあまり発狂、続いてスカーレットの姿がないことに気づき激怒。
挙句、ついにはその場で地団駄を踏んで暴れ出した。
「余の計画がああ”あ”あ”あああぁぁぁ~~!! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなあ”あ”あ”あああぁぁぁっーーー!!」
「「「………………」」」
あ、うん、ダメだね。
前言撤回。
これは思った以上に話が通じる相手じゃなかった。
「クソクソクソクソッ、余を愚弄しおって!! 貴様ら、今すぐあの小娘をここに呼べホ!!」
「申しわけありませんが、そのご希望には沿えません。今回、我々はスカーレット・ローズファリド様から委任を受けてやってまいりました。こちらが委任状になります。どうかご確認ください」
「い、い”い”い委任だとおおおぉ~!?」
「はい」
その場は激高する相手に怯まず、ぺティーが事務的に手続きを進めてくれたので大いに助かった。
「こちらとこちらにサインをお願いします」
「ホぬぬっ! おのれおのれおのれっ……!!」
あらかじめ用意してきた受領証明書など複数の書面に伯爵の署名をもらい、結果としてその場は妨害もなく無事に手続きは済んだ。
とりあえずこれでスカーレットの弱みは消えて、結婚を強要される心配もなくなったことになる。
「では伯爵様、我々はこれにて失礼させていただきます」
「ホぐぐぐう”う”うぅぅっ~~!!」
それでも帰り際、私は怒りに打ち震える伯爵の表情を見て、この問題がまだまだ尾を引くことを改めて強く悟った。
「あの小娘、許さんっ! 絶対に許さんホ!!」
「……」
はー、やれやれ。
これはどうしたもんかな。











