102.モグラきぐるみー
お城を出る頃にはすっかり日も暮れてた。
なので、その日は宿で1泊。
翌朝、王都からアリスバレーに戻って一度ぺティーを降ろしたあと、私は新たな御者さんを雇ってローディスまで移動した。そのままスカーレットに結果を報告するため、外街にあるローズファリド家の工場へ向かう。
醸造所のほうでは大モグラ農場で採れた新鮮な黒ブドウが届いてて、当初の予定どおりに今日からワイン造りがはじまってた。
これからブドウを皮ごと潰したあと、混ぜたり漉したりなんかの工程を経て、熟成の段階に持っていくまでに2週間ほどかかるって話なので、モグラストレージの出番はまだ先。だから今、私がここで見物してても意味がない。
それでも、活気を取り戻した醸造所とそこで働く人々の姿に惹かれ、私はしばらくその様子を静かに見てた。
「おはよー、スカーレット。ノルマぶんの契約取ってきたよ」
「へ? まだ1日しか経ってませんのに……?」
パン工場で職人さんを手伝ってたスカーレットをつかまえて、即報告。あとは前金が銀行の金庫に納められるのを待つばかり。返済期限までまだ1週間以上あるので、代金の納入も余裕で間に合う計算だ。
万一、契約者からの支払いが一部遅延するようなことがあっても、その場合は私が一時的に立て替えればいいだけの話だし、もうここまでくれば返済に関しての不安はなかった。
「……エミカ、本当にありがとう。この家を……いえ、わたくしたちを救ってくれて」
報告のあとスカーレットは深々と頭を下げて、これまで以上に感謝の意を示してきた。
今の自分にはそれしかやれることがない。
彼女のそんな心苦しさも一緒に伝わってくるような改まった言葉。
でも、その〝ありがとう〟は、ちょっと早いように思えた。
完全に解決したわけじゃないし、まだ気がかりなことも残ってる。
それに、何よりも――
「ほんとに大変なのはこれからだよ」
おいしいワインをたくさん造って、契約してくれた人たちにしっかり届けないといけないし、これからの職人さんや執事さんたちの生活を考えれば、パンの製造と販売もまだまだ拡大していく必要がある。
もし、これで終わりだとスカーレットが高を括って気を抜くのなら、私は彼女との付き合いを考え直さなければならなくなるだろう。ふと、そこまで思い至って、私の中で嫌な緊張が走る。
それでも、それはすぐに杞憂に終わった。
「――大丈夫ですわ」
短い沈黙のあと、スカーレットは気力十分にそう答えた。
有無をいわせない力強い返事。
ああ、問題ないや。
これは彼女もわかってる。
そう確信した私はそれ以上、もうわずかにだってスカーレットの覚悟を疑わなかった。
「そういえば、エミカに少し味見してもらいたいものがありますの」
そのあと新作のパンの試食をしたり、ジャムやシロップ漬けの製造に向けて本格的に話を進めたりした。
そして、ほどなくして1回目の配送時間。私も焼き立てパンと一緒にアリスバレーへ引き返すことになった。
「あ、エミお姉ちゃん、さっきギルドの人が探してたよ。会長さんが呼んでるから戻り次第、会長室にきてだってー」
「うげっ、また呼び出しか……」
今日はそのままお店を手伝おうと思ってたけど、戻るなりソフィアからそんな伝言を聞かされてしまった。残念だけど聞かなかったことにはできないので予定を変更。私はギルドへ直行した。
「ほら、こないだの討伐依頼のお礼がまだ済んでなかったでしょ? だから、モグラちゃんにこれをプレゼントしようと思って」
そんなことを口にしながら、会長は私の目の前に奇妙な物を運んできた。
「……なんですか、これ?」
ぱっと見、大きな白い人形かと思った。
でも、顔がないから違うっぽい。真ん中にぽっかり穴の開いた頭部と手足の先がない胴体があって、なんだかものすごくぷっくりしたフォルム。しばらく観察しても、私にはそれがなんなのか正しく判別できなかった。
「これは〝モグラきぐるみー〟よ。こないだモグラちゃんが倒した巨大イエローワームの外皮で作らせたの」
説明を求めて会長の話を訊くと、どうやら特注の魔道具らしい。
なるほど、イエローワームで作ったってことはモグラモドキブーツならぬ、〝モグラモドキスーツ〟みたいなもんかな?
「さっそく装備しましょうか」
「え? これ私が着るんですか?」
「当たり前でしょ。日頃から副会長としてがんばってるモグラちゃんのために用意したんだから」
「……はぁ、わかりました。とりあえず着てみますね」
まったく嬉しくないんで他の物くださいよ、なんて本音は口が裂けてもいえないので大人しく従う。
まずは胴体部分から、背中のファスナーを下ろして衣服のまま試着。ほんとによく伸びる素材なので、爪も後脚も問題なく袖と裾をとおる。
そのまま会長にチャックを閉めてもらったあと、続けて残った頭部をスッポリ。一度装着してみると魔眼のスコープ部分が邪魔で穴から顔を出せなかったので、スコープは目元まで下ろした状態で再度挑戦。
――ズボッ!
うん。今度はちゃんと被れた。
「うわぁ……」
用意してあった姿見の前に立つと、なんか白くてぷっくりした得体の知れない奴がいた。いや、私なんだけどさ。
どう見てもヤバい奴だし、こんな格好でダンジョンをウロウロしてたらモンスターと間違えられるまでありそうだ。
「モグラちゃん、とてもよく似合ってるわよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
でも、せっかく善意で用意してもらったアイテムだし、突っ返すわけにもいかないのでありがたく頂戴しとく。
それにこのモグラきぐるみーとかいう魔道具、防御力は見るからに低そうだけど正体を隠したい時には使えそうだしね。
「――お、これも使えそうだ」
会長と別れたあとついでだったんで、私はルシエラが用意してくれたスクロールの残りから今後使えそうなものをピックアップした。
あとはミニゴブリンたちを召集すれば、昨日から考えてた専守防衛の下準備は完了する。
何も起こらないのが一番だけど、あのコロナさんの口振りからも、やっぱこのまま穏便に終わるとは到底思えなかった。
「ま、せっかくここまでやったんだし、最後まで気を抜かずにがんばらないとね」
モグラ屋さん閉店後、私はまたローディスに向かった。











