96.酒場→農場→温泉
「奢るからなんでも好きなもの注文して」
「……よろしいのですの?」
「うん。ちなみにここのオススメは骨つき肉の丸焼き。溶け出た油をかけながら焼いてるから皮がパリパリしてて美味しいよ」
夕方、ギルドの酒場でスカーレットと少し早めの夜ごはん。
先に食べながら待ってると、予定どおりぺティーとルシエラも戻ってきたので、さっそく交渉の結果から報告してもらった。
「無事、あちらの代表者様から了承をいただけました」
しかも驚くことに、ブドウの収穫業務については一切報酬を要求しないと宣言されたらしい。
「え、それって無賃で働くってこと?」
「はい。大凶作から救ってくれた恩人に少しでも報いたいとのことでした」
「えぇ……で、でも、仕事は仕事だし、さすがにタダ働きは……」
「これは代表者様の意思だけでなく、農家全員の総意だとも仰ってました」
「う~ん……」
しばらく悩んだ末、今回はそのご厚意に甘えることにした。農家の人たちには今後、何か別の形でお返ししなきゃだ。
「んじゃ、もう今夜中にブドウ用の畑作っちゃっていいかな?」
「はい、すでに農場の警備隊にも話は通しておきましたから問題ありません」
よしよし。なら手元にブドウの種もあるし、今日中に植えるとこまで進められるね。
「エミカさん、ブドウの輸送や使用条件についてまだ不確定な部分があるのですが」
「んっ、先に決められることはもうここで決めちゃおうか」
原則、農場~醸造所間の輸送はローズファリド家が受け持つ。
収穫されたブドウは未加工で販売しないことを条件に、すべてローズファリド家が活用する。
醸造所とは別に今後新たな熟成専用の施設を作る。
などなど、今のうちに収穫後のことも詰めておいた。
「エミカ、あの黒ブドウの価格はどれほどに設定されてますの?」
「醸造所で使ってるのと同じ品種なんだよね? なら通常の相場でいいよ」
「……それは本気で仰ってますの?」
「うん。あ、でも、お金じゃなくて生産品で受け取りたいな。んで、それを商品として私の店で売ることを許可してほしい」
「本当にあなたがそれで良いのでしたら、こちらが断る理由は一切ありませんわ」
「んじゃ、取り引き成立。決まりだね」
私が提供したブドウでスカーレットがワインなどの加工品を製造。その後、ブドウ原価ぶんの商品を私が引き取るって流れ。
どうせなら同じ要領でパンも置かしてほしいけど、ま、その話はまた今度にしとこう。
「ルシエラのほうはどんな感じ?」
「報告。すでに補助系は十分な本数を作成済み。現在は今後の事態を想定して他の有用なスクロールを作成中」
「おっけー、できたスクロールは副会長室に置いといてくれればいいから。てか、2人ともおなか減ったでしょ? ここは私が奢るから好きなもの注文してよ」
「……いいんですか?」
「うん。働いてくれたお礼だよ」
「白パンを所望」
「いや、パン以外も食べていいから。遠慮しないでじゃんじゃん頼んじゃってよ」
「それでは、今日はお言葉に甘えさせていただきますね」
「エミカの太っ腹に感謝」
そのまま酒場で食事を済ましたあと、私たちはまた解散しておのおのの仕事に戻った。
ぺティーは契約書の作成と修正。
ルシエラは継続してスクロール作り。
私のほうは先ほど決まった予定どおりに、執事さんたちが操縦する馬車で大モグラ農場に向かった。
到着後、さっそく小麦の農場から少し離れた場所に新たな〝箱〟を作った。
ちょっと高めにした天井に残り少ない照明器具を設置。続いて内部を魔力栽培用の畑にしたあと、私はスカーレットと一緒に手持ちのブドウの種を蒔いた。
「これで実が生るまでどのぐらいかかりますの?」
「んー、苗木を植えた時は3日ぐらいだったから、種からの場合は5~6日ぐらいかかると思う。ちょっと遅いね」
「いえ、十分早いですわよ……」
ブドウ畑はまだ半分以上スペースが余ってるけど、これは今後収穫量を見ながら調整していく予定だ。もし余裕があるようだったら白ブドウの苗木や種を探してきて植えてもいいしね。
「よし、今日の作業はここまで!」
「激動の1日でしたわね……」
「あはは、スカーレットも疲れたよね。土仕事で汚れちゃったし、帰ったらいいところに連れてくから楽しみにしててよ」
馬車でギルドに戻ったあと、私はスカーレットをモグラの湯へ案内した。
「……ここが、いいところですの?」
「うん!」
ちょうど閉店の時刻で〝暖簾〟を下げてるところだったけど、番台の子にお願いしたら快くスペアの鍵を渡してくれた。
「ここで裸になればいいんですのね」
「そうだよ。着替えはギルドからローブをもらってきたから使ってね」
「ええ、わかりましたわ」
脱衣所のカゴを床に置いて、ひらひらのドレスとガーターのついた下着をスルスルと脱いでいくスカーレット。お嬢様だから人前で裸になるのは抵抗あるかと思ったけど、予想に反して大胆な脱ぎっぷりだ。
「じー」
「……エミカ、そんなに凝視されたらさすがに女同士でも恥ずかしいですわ」
「あ、ごめん」
そこそこある――てか、私よりだいぶある胸を両手で隠しながら、頬を赤く染めるスカーレット。
そんな彼女に謝りつつ私も手早く服を脱いだ。
「こっちだよ。中は床が滑りやすくなってるから気をつけてね」
スカーレットの手を取り、そのまま浴場に引っ張っていく。
「これはっ!? な、なんて広さのお風呂ですの――!!」
「えへへ。ここのお湯ね、私が掘り当てたんだよ」
「エミカがいうと、まったく冗談に聞こえないのが恐ろしいですわね……」
「えー」
いや、事実だよ?
ま、掘ろうと思って掘ったわけじゃないけどさ。
「先にこっちで身体を綺麗にするよ。ほら、私が洗ってあげるからここに座って」
「エミカ、もしかしてあなた……わたくしのことをとんでもなく世間知らずなお嬢様だと思ってませんこと?」
「違うの?」
「違いますわよ!」
「でも、貴族のお嬢様ってさ、自分で髪洗ったりしないって聞いたことあるよ」
「それは……たしかに、わたくしも4年前まではそうでしたが……」
「ん? 4年前?」
「……な、なんでもありませんわ! とにかく自分の身体ぐらい自分で洗えますから、どうかお気遣いなさらずにですわ!」
「えー」
ちぇ、残念。
あの長い髪、洗いたかったのに。
だけど、拒絶されてしまったからには諦めるしかない。大人しく泡立てた石鹸で自分の身体をゴシゴシ磨く。
隅々まで洗浄後、私たちは湯船に浸かった。
「「ふあぁ~……」」
温泉の熱さを我慢して肩まで身体を沈めると、私たちの口からは同時に気の抜けた声が漏れた。
「……湯加減はどう?」
「最高ですわ。本当に素晴らしい野外浴場ですこと……。というか、前に住んでたお屋敷のお風呂よりも大きいなんて、ちょっと信じられませんわよ」
「前に住んでた? ローディスのあのお屋敷以外にも家があるの?」
「ええ、以前はわたくし王都に住んでましたのよ」
「あ、それじゃ、もしかして昨日いってたスカーレットのお兄さんたちって、そっちに住んでたり?」
「……いいえ。王都の屋敷にはもうローズファリド家の者は誰もいませんの」
「へ?」
話を聞くと、ローディスの屋敷は2番目の邸宅らしく、以前住んでた王都の家はもう土地ごと他人に渡ってしまったそうだ。
「3人のお兄様たちは遠くの地にいますの。わたくしたち兄妹の再会が叶うのも、ずっとずっと遠い先の日になりますわ」
「……ご、ごめん。また余計なこと訊いちゃったね」
「いえ、わたくしが勝手に話しただけですわ。エミカが気にする必要はありませんわよ」
スカーレットはそこでザバッと立ち上がると、浴場の縁に座った。そのまま後ろ手に胸を反らして夜空を仰ぐ。
やがて静寂を挟んだあと、彼女はおもむろに言葉を紡いだ。
「だから、それまでわたくしが守らなければなりませんの。いつかお兄様たちが帰ってくる、〝家〟という場所を――」
その言葉からはスカーレットの強い意志と決意が感じられた。
「……隣いい?」
「ええ」
また余計なことを訊いてしまうのが怖くて、何もいえなかった。なのでスカーレットの隣に座って、私は黙って夜空を仰いだ。
どこまでも拡がる深い闇と、燦然と輝く無数の星々。
温泉に足だけを浸けて、私たちはしばらく同じ景色だけを見てた。











