95.お店→商会→教会
私たちは別れると、さっそく各々動き出した。
ぺティーは農家さんと交渉に、ルシエラはスクロール作りに。そして、私とスカーレットはまずモグラ屋さんに向かった。
「あれ、エミお姉ちゃん? ローディスにいってるんじゃなかったの?」
店の前で花を切り揃えてたソフィアは顔を合わせるなり、きょとんっとした表情になった。ガスケさん経由で頼んだ伝言はちゃんと届いてたらしい。シホルたちも心配してないといいけど。
「いってきたよ。んで、さっき戻ってきた」
「えー、嘘だ~。ローディスがすごい遠いってことぐらい教会のちっちゃい子たちだって知ってるよー」
「ま、それはともかくさ、これからちょっと忙しくなりそうなんだよね。だから、しばらくここに顔出せなくなるかもなんだけど、大丈夫かな? もし人手が足りないようだったらロートシルトさんに頼むけど」
「にゃははっ、お仕事なら全然平気だよー。今日だってミニゴブリンさんたちがすごいがんばってくれてるし」
「……ミニゴブリン?」
困惑した様子でスカーレットが首を傾げる。残念だけど説明してる時間はないのでソフィアに彼女を紹介しつつ、私はちゃっちゃと話を進めた。
「ブドウってまだ残ってる?」
「あると思うよ。果物が売り切れるのはいつも夕方過ぎだから」
「んじゃ、ちょっとブドウ1房もらってくね」
そのまま店内に入って果物コーナーで大粒のブドウを入手。売り場だと邪魔になりそうなので地下の従業員用スペースへ移動。スカーレットに品種や品質について問題がないか見てもらった。
「黒ブドウですわね。ローディス近隣でも代表的な品種で、我が家の醸造所で使用してるものと同じですの。しかも新鮮で、粒が1つ1つ丸まると実ってますわ」
「見た目は合格?」
「ええ、文句なしですわ。ブドウの大豊作年でもここまでのものはなかなかお目にかかれませんわよ。さて、次はお味ですわね……んっ!? す、すごい――! ここまで1粒に甘味と酸味が凝縮してるなんて!? この黒ブドウなら間違いなく最高の赤ワインが造れますわ!!」
そういって興奮気味に、ウサギみたいにぴょんぴょん飛び跳ねるスカーレット。
よかった。品質はともかく品種は若干心配だったので、これで一安心だ。このまま種集めまで予定どおり進められるね。
「白ブドウはありませんの?」
「教会で育ててるのは黒いのだけだよ。白いのもあったほうがいいの?」
「我が家で伝統的に造ってるのは赤ワインですけど、白ブドウがあれば白ワインも造れますわ。あと黒ブドウでも製法を変えれば、綺麗なピンク色のワインも造れたりしますのよ」
「へー、ワインにもいろんなのがあるんだね」
ふむふむ、白ブドウか。
今はちょっと忙しくて難しいけど、返済が終わったら白ブドウの苗木とか種を探して育ててみるのもいいかもだね。今後ウチの店でワインを取り扱えるなら、たくさん種類があったほうがお客さんも喜ぶだろうし。
「んじゃ、そろそろ私たちいくからお店のほうよろしくね。あ、もし何かあったらギルドに伝言残しておいてくれると助かる」
「うんっ、わかった。エミお姉ちゃんもギルドのお仕事がんばってねー!」
精一杯両手を振るうソフィアに見送られながら、私たちはその足で次に商会へ向かった。
「エミカ、いつの間に面会の約束をしましたの?」
「約束? そんなのしてないよ」
「……は? まさか、このまま予約なしに伺うつもりですの?」
「うん、いつもお店の件とかで会う時は直接いってるから。ま、ロートシルトさんとは親友だしね。留守じゃない限りいつも会えてるから大丈夫だよ」
「ロートシルト代表と親友って……エミカ、あなたって一体……」
また顔を真っ青にして絶句するスカーレットだった。ほんとに面会できるかどうか心配しちゃってるみたいだね。
でも、彼女の心配はやっぱ杞憂に終わった。
いつもどおり受付で名乗ると、ロートシルトさんとはすぐに会うことができた。しかもすでに、アラクネ会長が訪問にきたあとだったみたい。事情を説明する手間も省けて、ぱぱっと二つ返事で小麦の件も了承してもらえた。
「他ならぬキングモールさんの頼みとあれば断れませんね。早急に手配してローズファリド家にお届けしましょう」
「ありがとうございます」
「ほっほ、我々のあいだに礼など不要ですよ」
「あと迷惑ついでにもう1つ頼みたいことがあるんですが」
「訊きましょう」
「ローディスの地下道の件も、もう知ってますよね? あれ作るのに大モグラ農場の時に用意してもらった照明器具の在庫、ほぼ使い切っちゃいまして……」
「なるほど、今後使う予定があるということですか。わかりました。そちらも早急に用意しましょう」
これで今後の顧客探しの懸念も1つ払拭。再度しっかりお礼をいって、私たちは商会を出た。
そのままギルドの正面入口まで一度戻り、執事さんたちと合流。
続いて馬車で教会へと向かった。
「あ? ブドウの種? あるけど何に使うんだよ?」
「ワインを造るのにブドウがいっぱい必要なの。だから種あるだけちょうだい」
「それは別に構いませんが……あ、あの、それよりそちらの女の子は……?」
農場の傍で休憩してた野郎どもをすぐに見つけて、とりあえずあるだけ種を持ってきてもらった。研究目的で集めてたそうで、けっこうな量だ。これなら初回の種蒔きぶんとしては十分だろう。
「エミカ、そちらの薄紫色の髪がとても綺――」
「んじゃ、私たち急いでるから。2人ともサボってないでちゃんと働くんだよ」
「サボってねーよ、バカ!」
「あ、ちょっ、そんな! 紹介してくれないんですか!?」
ちなみにヘンリーがなんか頬を染めてほわほわ見蕩れてる感じが気持ち悪かったので、スカーレットは紹介しないでおいた。こっちの案内で連れ回してるわけだし、変な虫が寄ってこないよう私が責任を持って守ってあげないとね。
回れ右して馬車へと戻る。
その途中だった。
私は教会の入口で妹2人と鉢合わせた。
「――っ!? おねーちゃんだっ!!」
「あ、リリ」
家にはこのあと寄ろうと思ってたけど、また手間が省けたね。てか、今日は教会で授業がある日だったか。
「わーい! おねーちゃあぁぁ~~んっ!!」
「あーはいはい、お姉ちゃんですよー」
一気に駆け出して飛びついてきたリリの脇腹を両爪でキャッチ。そのままグルグル回りながら高く持ち上げたり下げたりを繰り返す。
「――きゃっきゃ!!」
はしゃぐリリ。
とてもご満悦の様子だ。
でも、伝言が届いたのは今朝以降だったろうし、やっぱ心配させちゃったみたいだね。
「エミ姉、ローディスからもう帰ってきたの?」
リリをゆっくり地面に下ろしてると、シホルもやってきた。さすがに上の妹だけあって抱きついてきたりはしないけど、昨日は心配で夜遅くまで帰りを待っててくれたらしい。
「無事ならいいけど、もうちょっと早く連絡してほしかったよ。夜ごはんも作っちゃってたし」
「いや、ほんとごめん。あまりに急なことだったもんでさ」
「今日は帰ってこれるの?」
「んー。ちょっと微妙というか、忙しいのは確定なんだよね。毎日帰れるかどうかもわかんないし、とりあえず私のごはんはしばらく用意しないでいいから」
「……おねーちゃん、きょうもかえってこない?」
「うん、ごめんね。でも仕事だからさ」
「う、うぅ~……」
「ちゃんとパメラとシホルのいうこと聞いて、いい子にしてるんだよ?」
悲しい顔で項垂れてるリリの頭をなでながらに諭す。
でも、こりゃ帰れる時に帰っておかないとまずいね。できれば寂しい思いはさせたくないし、これからはさらに計画的に動かなきゃだ。
「あ、そういえばパメラは?」
「パメラさんならまだ教室にいるよ」
3人目の妹の姿がなかったので訊くと、今はテレジア先生と一緒に教会の子の勉強を見てるらしい。
「なら邪魔したら悪いか」
「伝言あるなら伝えておくよ」
「んじゃ、パメラにも『寂しい思いさせてごめん。帰ったら〝高い高い〟してあげるからいい子にして待ってるんだよ♥』って伝えておいて」
「もーエミ姉、またパメラさんに怒られるよ……」
そのあとスカーレットを2人に紹介して、またしばし談笑。別れ際、最後にもう一度リリを高い高いしてあげてから、私たちはブドウの種という戦利品を手に教会をあとにした。











