94.祝☆地下道開通
私、知ってるよ。
人は悲劇を乗り越えて強くなるって。
だから、今はただ前を見て進もう。
穴を、掘りながら。
「う、うぅ……もぐらしょ~とかっとぉ……」
「謝罪。正直済まなかった」
「まったく、お2人はもっとレディーとして自覚を持つべきですわ!」
なぜ私まで怒られなきゃいけないのか釈然としなかったけど、それ以降、作業は問題なく順調に進んだ。
馬車を地下に誘導しつつ、爪の中に大量に余らしてあった照明器具を使って、掘削と同時進行で明かりの設置も済ましていく。
「うわ、もうアリスバレーまで目と鼻の先じゃん……」
現在地を地図スコープ――もとい、暗黒土竜の魔眼で確認して驚く。さすが距離が1/64に短縮されるだけあって、あっという間。地下道建設は予想してた以上に簡単だった。
これなら補助魔術をかけながらやれば、さらなる工期短縮が見こめそうだね。
「――モグラクロー!」
そのまま出口に向けて、ゆるやかなスロープを掘って地上を穿つ。瞬間、上方からは光が降り注いだ。
「ふー、到着っと」
「……し、信じられませんわ。まさか本当にこんな短時間で、アリスバレーに着いてしまうだなんて……」
「私も日暮れ前に着くとは思わなかったよ」
ま、馬車で丸1日かかるといっても野営してる時間もあったし、実際の距離としてはそこまで長くはないんだろうけど。
「んじゃ、いこっか。アラクネ会長のとこ」
ローディス側の入口と同じように柵と屋根をぱぱっと作ったあと、私たちはそのまま馬車でギルドに直行した。
まずはこの街で一番偉い人に報告と相談だ。成り行きとはいえ、無断で長い地下道も掘っちゃったしね。
「――へー。それで、ローディスから急いで穴を掘って戻ってきたと」
「はい。ま、大体そんな感じなんですが……」
「フフッ、モグラちゃんも無茶するわねー。悪い伯爵から貴族のお嬢様を助けてくるなんて」
私とスカーレットとルシエラ。計3名で会長室に赴いて事情を説明する中、会長は終始ニコニコしてた。
討伐依頼を途中で離脱した件でお小言をいただくんじゃないかと、多少心配だったけどそこもお咎めなし。会長は話を聞き終わったあと、とても機嫌がよさそうに「とりあえずモグラちゃんの好きなようにやりなさい」と背中を押してくれた。
ちなみに討伐部隊は今朝街に帰還してきたらしい。死者・重傷者を出さず、目立った被害なく無事任務を達成できたそうだ。
「イエローワームの請求の件でこれからぺティーと打ち合わせの予定なんだけど、ちょうどいいし、あの子にも手伝ってもらったらどう?」
「え、いいんですか?」
会長の秘書を借りる=会長に貸しを作ることになる。できれば自重するべきところなんだろうけど、商会にも勤めてたぺティーの助力は願ってもない話だった。
「――わかりました。占有事業の立て直しですね。どこまでお力になれるかわかりませんが、精一杯努めさせていただきます」
もし忙しかったら断ってもいいよ。そう何度も念を押したけど、ぺティーはありがたいことに協力を強く表明してくれた。
「んじゃ、まずは小麦とブドウの件からだね」
心強い仲間が増えたところで、私たちは第2回借金返済会議を開始。小麦に関しては予定のとおり私がロートシルトさんに話を持っていくことになったけど、問題はブドウのほうだった。
「やっぱ専用の畑を作るとなると人手が必要だよね」
「初期の種蒔き、毎日の収穫、ローディスまでの運搬。深刻な人員不足」
「それなら大モグラ農場で働く農家さんたちに協力を願ってみては? おそらく、小麦の生産と並行して問題ない仕事量なら受けていただけると思いますよ」
「おっ、たしかにあそこなら土地も一杯余ってるし、相手が農家の人ならいろいろ説明する手間も省けるね。ぺティー、悪いけどその交渉お願いしてもいいかな?」
「わかりました。でしたらスカーレットさん、1日当たりの必要な収穫量を教えていただけますか?」
「え、1日当たり……? あ、あの、みなさんさっきから一体なんのお話をされてますの……?」
ん?
あ、そっか。
そういえばスカーレットにはまだ魔力栽培のことも、私が野菜や小麦を作って商売してることも話してなかったね。
とりあえず掻い摘んで説明しておいた。
「エミカ、あなたは魔力土の価格を知ってていってますの!? それだけの規模の農場、維持費だけでもどれだけかかるか……」
スカーレットは驚きのあまり顔を真っ青にしてたけど、今は丁寧に説明してる暇はなかった。先に彼女から必要な生産量を訊き出した上で話を進める。まずは第一関門として農家との交渉がうまくいくかどうか。大事な仕事なので、金額面などもろもろの条件含めてすべてぺティーに一任した。
「交渉がまとまったら農場の建設をして……あ、その前にブドウの種も集めないとだね。教会で全部の種保管してるっていってたし、まずはそっちからか」
そこで頭の中で大雑把に日数を計算してみた。
交渉と種集め、農場の作製、種蒔き、収穫、運搬、製造、そして熟成。
モグラの爪をフル活用すれば、期限内にワインを造るのは不可能じゃなさそうだ。パンの生産再開も余裕で間に合うことだろう。
「んー……」
ただ、そこまで至って事業が軌道に乗ったとしても、根本的な問題は残った。
「とにかく期限までに現金が必要だから、生産したら片っ端からどんどん売ってかないとだね」
「パンとワインで1億マネンですか。販売できる期間を逆算すると現実的ではないように思えます」
「うっ、やっぱそうだよね……。お金の代わりに商品を渡したとしてもあの伯爵は納得しないだろうし、ここに戻るまでいろいろ考えてはみたんだけど……なんかいい方法ないかな?」
「そうですね。それなら生産と並行して、顧客とは前金で売買契約を結んでいかれたらどうですか」
「え、前金で? そんなことできるの?」
「はい、可能です。ただ売る側に十分な〝信用〟があって初めて成り立つ販売形式ではありますが」
「うーん、信用かぁ~。私を信用してお金を預けてくれる人……」
「心配しなくても、この街にはたくさんいると思いますよ。ただ今回は広く大勢に小口で売るよりは、狭く小数に大口で売ることを意識したほうがいいと思います。特に高品質のワインであればあるほど、貴族含めた富裕層は独占しようとお金を多く支払うはずですし」
ふむふむ、なるほど。
お金持ちを狙って一気に前金をガッポリせしめるわけだね。
でもそうなると、アリスバレーじゃ対象者は少ないかも。対して近場のローディスには貴族がいっぱいいるけど、あっちじゃ伯爵に妨害される危険があるし、顔見知りもいない。
と、なると残された道は……。
「やっぱ、あそこまでいくしかないか。ねえ、ルシエラ、補助系の魔術スクロール大量に作っておいてくれない? ちょっと試したいことがあるんだ」
「了解。大至急対応」
「お願いね。んじゃ、それぞれやることも決まったし、とりあえず会議は終了でいいかな」
「モグラちゃん、最後にちょっとだけいい? ローディスまで続いてる地下道の件なんだけど」
あ、忘れてた。
一応、〝工事中〟とか〝立ち入り禁止〟の看板は両方の入口に立てておいたけど、モンスターが中に入りこんだりする可能性もあるし、あのままじゃちょっとまずいよね。
「ローディスまで1日がかりだったのが、その地下道を使えばざっと20ミニット程度で着く計算よね。そんな常識を逸脱するほどの便利な道、知られればローディス側も必ず使用権を求めてくるわ」
「最悪の場合、占拠して所有権すら主張してくるかもしれないですね」
「えぇっ!? 別に道幅広いし勝手に使うぶんにはいいけど、それは困る……」
「それじゃ、誰も入らないようにギルドから見張りを出しておくわね。あとローディス側との使用権の交渉なんだけど、これは私とロートシルトに任せてもらっていい? 整備や警備含めた今後の維持費の問題もあるし、あちら側にもいくらかお金を出してもらわないとね」
そういえば王都の時も、浄化土敷き詰めたり看板立てたりいろいろアンナさんが指示してたっけ。それと争いに発展しないように、運用に関して事前の話し合いは絶対に必要だね。
「お任せします」
「フフッ、お任せされたわ」
これで会長も含めて全員やることが決まって、会議も終了。
一時解散となった。











