92.第一回借金返済会議
ルシエラや執事さんたちと合流後、馬車で移動。
道中、みんなに事情を説明した結果、とりあえずスカーレットの家で今後を話し合うことになった。
「こちらですわ」
庭が少し荒れてるのが気になったけど、ローズファリド家は石造りの立派なお屋敷だった。
そのまま2階の日当たりのいい部屋に案内される。背もたれに彫刻が施された美術品みたいな椅子に座ると、執事さんたちがすぐに紅茶を持ってきてくれた。
「ズズズッ、ふぅ……」
さすがは貴族の家。いい茶葉を使ってますなぁ。
「さて」
「第1回借金返済会議、開始」
「……」
一服して落ち着いたあと、私たちは本題に入った。いろいろ質問したいことはあったけど、まずは借金の総額を訊いてみることに。スカーレット曰く1億ちょいとのこと。
なんだ、私の半分じゃん。2週間という期日はたしかにネックだけど、返済が不可能な額じゃないね。
「家の再建に力を貸していただけるのは嬉しいですわ。でも、これ以上あなた方に迷惑をかけるわけには……」
伯爵の邸宅を出てからずっとだった。スカーレットは元気なく項垂れてる。どうやらここまで巻きこんでしまったことを申しわけなく思ってるみたい。
「もし宝石のことを気にしてるなら問題ないよ。あれ拾ったやつだから」
「……あんな高価な品物をですの?」
「うん。王都のダンジョンでね」
「はぁ~、噂には聞いてましたが冒険者ってすごいんですのね……」
「んー、そうかな? ま、私のことは置いといてさ、今は家業について詳しく教えてほしいな。スカーレットの家って何してるの?」
「はい。今は主に、パンとワインの製造販売を。外街に工場がありますの」
「占有事業者特権」
ルシエラがぽつりと呟く。その言葉は以前、私もロートシルトさんから教えてもらったので知ってる。
なんでも王国領土内でパンやお酒を販売目的で作る場合は国の許可が必要なんだそうだ。急激な価格の高騰や急落を防ぐためにそうなってる部分もあるらしいけど、昔からそれを生業にしてきた大貴族たちの利権を守るのが真の目的だとかなんとか。
つまりローズファリド家は、王家も認める貴族の中の貴族ってことだね。
あと許可制を謳ってはいるけど、新規に特権を得るのはすごい難しいことらしい。よっぽど辺境か、周辺に特権を有する貴族がいない限り、まず申請しても許可は下りないそうだ。
「あ、ってことは、もしかして伯爵の狙いはそれ?」
「ええ、そうですわ。あの男はわたくしと婚約することで、我が家が有する権益をすべて手中に収めるつもりなんですわ」
「はへー、ちゃんと営利目的も考えての結婚か。ただの変態かと思ってたよ」
「……変態?」
「いや、だってそうでしょ?」
なぜか首を傾げるスカーレットに歳の話を持ち出す。30近く年下の少女と結婚するなんて、普通じゃ考えられないことだ。
「貴族のあいだではそれほど珍しいお話ではありませんわ」
「……え、マジで?」
「マジですわ。大抵は14にもなれば子供も産めますし」
「子供が、子供を……」
うわ、ちょっとショック。やっぱ庶民の常識と貴族の常識を一緒にしたらいけないみたいだね。
てか、それならスカーレットとしても、純粋に結婚相手として見るなら伯爵は問題なかったのかな? そうなってくると、また話が変わってきちゃうよ?
不安になったのでちょっと訊いてみた。
「んじゃ、家の乗っ取りがなければ、スカーレットは伯爵のお嫁さんになってもよかった?」
「――っ!? 冗談じゃありませんわ! あんな醜く太った中年とだなんて、考えただけでも鳥肌が立ちますわよ!!」
きっぱりと全力で否定するスカーレット。プンスカ怒ってる姿はなんか可愛い。
てか、やっぱ首突っこんで正解だったんだね。心配して損した。ま、もう乗りかかった船だし、これで心置きなく手を貸せるってもんだよ。
それにいやらしい話だけど、モグラ屋さんオーナーとしてはパンとワインと聞いて俄然やる気も出てきたしね。
「それなら、これからご案内しますわ」
「え、いいの!?」
借金を返すには何をするべきか、しばらく話し合った結果、ローズファリド家の工場を見学させてもらうことになった。
さっそく馬車で、今度は内街から外街へ移動する。
やがて広い敷地の中、赤レンガ造りの四角い建物が複数見えてきた。
まずは一番手前のパン工場から視察に入る。生地を練る際に使う長大な石のテーブルと、煙突つきの焼き釜がずらりと並ぶ。休業前はここで20名以上の職人さんが入って早朝から夕方までパンを焼いてたそうだ。
でも、今その活気は見る影もなく、釜の火が落ちた工場内は閑散としてた。
「小麦さえあれば、ウチのパン職人を呼んで営業を再開できるのですわ……」
「ん、小麦?」
ふと、そこで1つ疑問がわいた。
大モグラ農場の小麦がローディスに入ってきてないはずがない。今さらだけど、それでパンを作ればいいだけの話なんじゃ?
「残念ながら、わたくしたちがこの街の商会から購入するのは難しい状況ですの。ローズファリド家に小麦が渡らないように、伯爵が裏から手を回してるのですわ」
先代の時代から盟友だったポポン家。最大の味方のはずが、その裏ではずっと前からローズファリド家の乗っ取りを企んでた。
関係各所への圧力と根回し、そして契約書の細工に至るまで。
伯爵はスカーレットを陥れるため、非常に巧妙な罠を張ってたそうだ。
「つまり今の状況は伯爵の狙いどおりなわけだね」
「……はい。あの男の本性に気づくのが遅すぎましたわ。ですからたとえどんな無茶をしてでも、直接アリスバレーまで出向く必要がありましたの」
なるほど、ようやく話の全容が見えてきたね。てか、あの伯爵やっぱ極悪人じゃん。それにそんな事情を聞いちゃったら、何がなんでもスカーレットに肩入れしたくなってきたよ。
「小麦に関しては私のコネを使えば問題ないよ」
「それは本当ですの……!?」
「うん。それとロートシルトさんに無理いってお願いすれば、もっと早く届けてくれると思う」
量に関しても、教会で作ってるぶんを回してもらうとか、大モグラ農場を一時的に増やして生産量をアップしてもらうとか、いろいろ手はあるね。結論をいっちゃえばパン工場の早期再開は可能のはず。
ただ、それよりも問題なのが、この街でパンが売れるかどうかって話だ。正直、伯爵が影響力を持つローディスでまともに商売をするのは厳しいと思う。間違いなく妨害してくるだろうし、私との取り引きをあっさり受け入れたのも勝算があるからに決まってる。
作っても売れないんじゃ意味がない。
だから、私がすべきことは――
「これはこないだの新技の出番だね」
「同意見。やる価値あり」
「なんの話ですの……?」
スカーレットにはあとあと説明することにして、今は視察を優先。私たちは工場を出ると、また移動を開始した。
「隣の建物は何?」
「あっちは作業所ですわ」
昔は瓶詰め食品なんかも生産してたらしいけど、今はコストの問題でワインのボトル詰めを行う専用の施設になってるとか。
お、それならウチの果物があれば瓶ジャムとかも作ってもらえるのかな? 視察が終わったらあとでちょっと訊いてみよっと。
そんなことを考えながら歩いてると、向かいの醸造所に到着した。こちらも工場と同じく人影は見当たらない。
私が視線を送ると、スカーレットは力なく首を振った。
「今年はワイン造りも中止にせざるを得ませんでしたの」
「これも伯爵の妨害のせい?」
「いえ……」
訊くと、ワインに関しては純粋に嵐の影響だとか。原料のブドウが高騰しすぎて造っても採算が合わないんだそうだ。
なるほど。んじゃ、その辺も力になれるね。
「うわ、すごい香り……」
中に入ると、お酒の匂いが一気に強くなった。醸造所の真ん中には巨大な桶と樽。紫色に染まった布や大きなヘラみたいな器具も見える。
その場でスカーレットが発酵がどうのこうの説明してくれたけど、私には専門的すぎてよくわからなかった。ま、とにかくここでブドウを潰したり果汁を漉したりしたあと、最後に樽に詰めるらしい。
「1階での工程が終わりましたら今度は地下で保管ですわ」
案内されるままに薄暗い地下室に下りると、ワイン樽がずらりと並べてあった。
かなりの量だね。軽く30樽以上はありそうだ。
「ワインって高級品だよね? これ売れば借金返せるんじゃ?」
「もう売れるワインはすべて売ってしまいましたわ。ここにあるのは熟成中のもので、まだ寝かせる必要がありますの。出荷するには最低でもあと1年は待たなければなりませんわ」
「うげっ、1年も……?」
それじゃ、とても2週間じゃ無理だね。
「エミカ」
「ん?」
「ここも例の新技」
「……え? あ、モグラストレージ!」
あまりに危険な技なので使うことはないと思って忘れてた。
そっか、たしかにあの技ならワインの熟成もあっという間だね。
よしよし、どっちにしろこれから急いでアリスバレーに戻る予定だし、やれるなら今のうちにサクッと済ましちゃおう。
「スカーレット、ここの壁にちょっと穴掘ってもいいかな?」
「……はい?」
困惑するスカーレットに許可をもらってから、私は距離を短縮するイメージで地下室に横穴を掘った。今回は実験も兼ねてなので、広さはそんなに必要としない。小部屋程度の大きさにとどめておく。
「こんなもんかな」
執事さんたちにも手伝ってもらってワイン樽を3つほど掘った小部屋に移動。人がいないのを何度も確認したあとで、モグラウォールで壁を塞ぐ。
これで完全な密閉状態。
内部は64倍というすさまじい早さで時間が流れてる。
あと5~6日待てば樽の中のワインも飲み頃になる計算だ。











