88.モグラアッパー
「これからどうするんじゃ?」
「提言。このまま馬車を使うのは危険」
「走行中に襲われたら反撃する手がないよね」
「しかもこっちにはケガ人がいる」
「守りと逃げ、両方はきついな」
「……だな。よし、あの援軍がくるまでここで待機。みんなそれでいいな?」
「「「異議なし」」」
北方からはものすごい勢いで7、8台の馬車が走ってきてた。こちらの騒ぎに気づいた後方の冒険者部隊だ。
小声で話し合った結果、私たちは彼らの到着を待って戦力の増強を図ることになった。
イエローワームは地上の物音に反応する。馬車を使って逃げた場合、騒音でまた襲われる危険があった。このまま極力物音を立てず、周囲を警戒して守りに徹したほうがリスクが少ない。それが何よりの最善策。
その場にいた冒険者全員が同様の見解だった。
――ズドオオォーーン!
「えっ……!?」
だけど、奴はこちらの思惑を嘲笑うかのようにすぐに狙いを変えてきた。
私たちに代わって次に襲われたのは、駆けつける途中だった援軍部隊。側面から体当たりを受けて、あっという間に併走してた2台の馬車が巻きこまれた。横薙ぎにされ、車体は轟音とともに平原を滑るように転がっていく。
そのまま馬車に乗り上げたイエローワームは、その巨体で荷台をミシミシと押し潰していく。車体の骨組みが軋む音とともに、北側の平原からは冒険者たちの怒号が響き渡った。
「ああ、ヤバい……」
後方の部隊まではまだだいぶ距離がある。助けにいこうにも、ここからじゃ間に合いそうにない。私たちはただ味方がやられるのを黙って見てるしかなかった。
――ボボンッ!
――シュンシュン!
「おおっ!」
それでも、やられた本人たちは黙ってなかった。さすがは上級冒険者。そう思わせる素早い反撃だった。
荷台に乗り上げた巨体を目がけ、次々に火の球や光の矢が撃ちこまれていく。魔術による一斉攻撃を受けて身をくねらせるイエローワーム。すぐに荷台から滑るように落ちると、奴は再び地面に潜りその姿を消した。
「あー、また地中に!」
「今回と前回の奇襲から総合的判断。特殊体であると100%断定」
「特殊体にしたって、ちとでかすぎないか? あんなん反則だろ!」
「てか、今の連打でもダメージを食らった様子はほとんどなかった。ありゃ相当タフだぜ」
「蟲は火が弱点だし、ブラ爺の最大火力なら焼き尽くせるんじゃない?」
ケガ人を回復魔術で治療してたホワンホワンさんが訊くと、みんなの視線がブライドンさんに集まった。
「……無理じゃな」
少し間を置いたあとで短い回答。主な理由は2つあるという。
「ただでさえ詠唱に時間がかかる大魔術じゃ、いつ姿を現すかわからんような輩に当てるのは難しい。それと、奴が地上に顔を出す時は必ずその近場に人がいるじゃろうからな。たとえ命中させられたとしてもその瞬間味方も〝火だるま〟じゃ」
なるほど。詠唱に関係する問題ならスクロールを使えばいいけど、たしかに後半のはどうにもならないね。
奴を倒すには地中から引きずり出した上で、みんなから引き離す必要があるわけか。
うーん。
それなら、考えてたあの技が使えるかも。
「……ルシエラ、スクロールは持ってきてる?」
「肯定。こんなこともあろうかと」
サムズアップしながら背負った布袋を示すルシエラ。出発前、攻撃から補助までいろいろ用意してきたらしい。
「祝福はある?」
「肯定」
「なら、いけるかな……」
再度状況を確認する。
まだ冒険者側にそれほど被害は出ていない(はず)。だけど、長期戦になればなるほど集中力を消耗するこちらが不利だ。奴が諦めず、このまま奇襲を受け続ければ今回の遠征メンバーから死者が出る可能性だってある。
「………………」
そうだ。
それだけは、なんとしても避けないと。
「ルシエラ、サポート頼んでもいい?」
「問題ない。何か対応策が?」
「うん。ちょっと思いついた」
ルシエラに作戦を伝えたあと、ガスケさんたちにケガ人の護衛をお願いして準備を整える。
ついでにあっちに向かう前に、周囲の地面を極浅く広範囲に掘っておいた。こうしておけば奴も固定化された地面に阻まれて真下からは襲ってこれない。みんなが警戒する範囲も減って守りやすくなるはずだった。
「姫さん、本当に2人だけでいくのか?」
「あんま人が多いと足音で襲われるかもしれないから」
「……そりゃそうだがよ、あんま無茶はするなよ?」
「うん、大丈夫。失敗したらすぐに逃げてくるから」
そして、静かに私とルシエラは移動を開始した。
後方部隊までの距離は150フィーメルほど。
モグラウォールの射程距離は50フィーメルなので、余裕を持って30フィーメルほどの位置まで進む。
「んじゃ、あとは作戦どおりに」
「了解」
そのまま片膝と両爪を地面につけて待機。ルシエラも私の背後に立ってスクロールの使用に備える。
次、奴が現れる位置は大体予想ができた。
私の視線の先には横転した2台の馬車。半壊した荷台から助け出される人。負傷者に肩を貸す人。武器を手に警戒に当たる人。馬車の周辺では多くの冒険者たちが慌ただしく動き回ってる。その状況は、さっきの私たちの状況とよく似ていた。
一度目は走行中の馬車に。
二度目は集まってきた人間に。
それが本能的な狩りのスタイルだとしたら、次に奴が現れる場所はここで決まりだった。
――ズドオオオォォーーーン!!
そして、数ミニット後。
思った以上に早くその時はやってきた。
轟音の瞬間、事前の打ち合わせどおりにルシエラが動いて私に魔術をかける。
「祝福――」
奴の位置を視認した私はすぐさまモグラウォールを発動させる。
ただし、それはただのモグラウォールじゃない。
私がイメージするのは壁ではなく、突き出た長い柱。
射程は問題なし。
あとは速さと正確さ。
狙いを定め、奴の真下から大きな土柱が飛び出すイメージを強く描く。
そう、この技は名づけて――
「――モグラアッパー!!」
――ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
次の瞬間、迫り出してきた土柱に奴の巨体は押し上げられていく。そのまますさまじい勢いで急上昇。
地面から強烈な〝アッパー〟を食らったイエローワームは、モグラウォールの射程圏を超えて大空高く打ち上がった。
「――オーライ!」
空を仰ぎながら奴が落下してくる地点を確認する。
土柱はわずかに私のほうに傾かせておいた。なので、奴が落ちてくる位置は柱の手前側で確定。
想定どおり、横軸は問題なし。
あとは縦軸を合わせるだけ。
上空の黒い影は徐々に大きくなってきてる。
上昇が終わり、下降がはじまったみたいだ。
落下地点に急がないと。
でも、ふとそこで既視感。
「あれ?」
この状況どこかで見たような?
「ああ、あの時か……」
そこで、私は例の怪鳥と戦った時のことを振り返る。ずいぶん昔に感じるけど、よく考えたらまだ半年ぐらいしか経ってない。そういや、あの時は身体が竦んで1歩も動けなかったっけ?
あー、そうだ。そうだった。私は飛び上がってきたコカトリスから逃げることすらできなかった。
でも、今は――
落下地点の予測はついた。
私は祝福で強化された俊敏性を活かし、モグラクローの最大掘削力でドコドコ地面に大穴を開けていく。
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
ボコボコボコボコ!!
横幅は15フィーメル・深さは6フィーメルほど。連続でモグラクローを放ち、大穴と大穴を繋げながら縦へ縦へ伸ばしていく。たちまちそれは巨大な溝となって、平原に渓谷を生んだ。
最終的な縦幅は30フィーメル弱。
そして、私の予測は正しかった。
ちょうどそのド真ん中に、奴の巨体はすっぽりと落ちてきた。
――バヂーンッ!
穴の底に叩きつけられると、イエローワームは大きく跳ね上がった。そのまま渓谷の壁に何度も何度も激しくぶつかったあとでようやく止まる。
半分ぐらいは墜落の衝撃で倒せるんじゃないかと期待してたんだけど、やっぱ相当丈夫らしい。まだ奴は元気にウネウネと動き回ってる。どうやらまた地面に潜ろうとしてるみたいだ。
「無駄だよ」
爪の影響を受けた穴は固定化される。私以外が破壊することはできない。こうなった時点でもう勝負は決まったようなもの。
それでも、まだ飛び上がってきたり消化液で攻撃してくる可能性もあるから油断はできない。
さて、どうやってここからトドメを刺そうかな。
「エミカ」
なんて考えてると、ルシエラが渓谷を迂回して私の傍までやってきた。彼女は小脇に抱えたスクロールの中から1つを選ぶ。そして、即座にフィールド系の魔術を放った。
「麻痺空間――」
ウネウネと渓谷を這いずり回ってた奴の動きが止まる。続けて手を緩めることなく、ルシエラは高威力の火の魔術スクロールを3本連続で使用した。
――ボボンッ! ボボンッ! ボボボボボンッッ!!
巨大な火球がイエローワームに命中すると、たちまち青い炎は白い巨体のすべてを包みこんだ。
よし、これで倒した。
私もルシエラもそう確信した。
だけど、灼熱の炎に焼かれながらもなお、イエローワームは穴の底を這いずり続けた。もがきながら何度も激しく壁にぶつかって、生への執着を見せる。まさにその姿は手負いの獣そのものだった。
「しぶとい」
「だね」
手負いの獣が一番危険だってことは底辺冒険者の私だって知ってること。
だから、なんとしてもこの場で仕留めなければならない。
私は例のゴーレムの身体で巨大な杭を作ると、最強の必殺技をもって幕引きを図った。
「――モグラシュート!」
次の瞬間、七色に光り輝く杭が白い外皮を貫いた。撒き散らされる大量の黄色い消化液。イエローワームは一度大きく身をくねらせると、地面に勢いよく突っ伏した。
以後、完全に沈黙。
「確定的勝利を確認」
「うぇーい」
私はルシエラとハイタッチを交わして喜びを分かち合った。











