87.でっかいモグラモドキ
戦闘は20ミニットほどで沈静化した。
街道周辺に散開してる冒険者たちの多くはもう警戒を解いてる。あらかた駆除は終わったみたいだ。
私は重い腰を上げて、身を潜ませていた御者台から降りた。
「……フッフッフ、口ほどにもない奴らよ!」
「エミカ、私の歩行が至って困難」
ルシエラの背後にしがみつく形で恐る恐る街道を出て、平原を進む。一番近いイエローワームの死骸の山に近づくと、ほんのりと香ばしい匂いが漂ってきた。どれも外皮がところどころ焼けただれてる。どうやらこの山は全部、火の魔術で倒したみたいだ。
てか、この数を魔術で焼くとかすごい。
一体誰がやったんだろ?
「おう、姫さん――」
なんて思いながらぼんやり死骸の山を見上げてると声をかけられた。
振り向くと、ガスケさんにホワンホワンさんにブライドンさん。私の数少ない冒険者仲間が立ってた。
「あ、なんだみんなも参加してたんだ」
ってことは、これをやったのはブライドンさんか。
モグラ屋さんのスクロールの中でも火の攻撃魔術は人気商品だし、その実力も折り紙つき。納得だった。
「これでもう駆除完了?」
「ここはねー。これからさらに街道を南下していって、場所を変えつつ狩っていこうって話になってるよ~」
どうやらすでに参加者同士の話し合いで今後のプランは決まってるみたい。指示を待たずに自分で動く。うん、やっぱみんな優秀だね。これならこの先も安心して私は御者台とルシエラにしがみついていられそうだ。いやー、楽ができるってほんとすばらしいね。
「でも、強い冒険者がこんなにいたら今日のうちに狩り尽くしちゃいそうだね」
「実際アラクネ会長の命令はモグラモドキを〝狩れるだけ狩ってこい〟だからな」
「ロートシルト代表を破産させたら任務達成ともいってたよね~」
「くわばら、くわばらじゃ」
「……ん?」
あれ? なんか今、聞き慣れた単語が聞こえたような?
気のせいかな……?
「とりあえずあとこの10倍は狩らねーとな、モグラモドキ」
「やっぱ気のせいじゃなかった!?」
「あ? いきなりどうしたよ、姫さん」
「今、モグラモドキっていったよね!?」
「それがなんだよ? モグラモドキはモグラモドキだろ?」
「補足。イエローワーム。通称、モグラモドキ。内部の強力な消化液でも溶けない、その丈夫な外皮は防具などの素材としても利用される。また商品として加工された場合、正式名ではなく通称名が使用されることが多い。不快感のあるマイナスイメージを避けるための処置と考えられる」
「……」
たしかに〝イエローワームブーツ〟だったら買わなかったかも。
自分の足元の丸いブーツと死骸の山を交互に見る。あの蟲の死骸に足を突っこんでこれまで歩いてたと思うと、なんかとても複雑な気分だ。ま、今さら気にしてもしょうがないけど。
「うん、忘れよう……」
衝撃の事実を聞かなかったことにして、私はルシエラと一緒に馬車に戻った。
そして、そのあとは移動と殲滅の繰り返し。冒険者部隊は街道沿いにイエローワームのさらなる死骸の山を積み上げていった。たぶん1000匹以上は駆除したと思う。この調子でいけばほんとに絶滅させちゃいそうな勢いだ。
私がロートシルトさんの財産の心配をしはじめた頃、5度目の討伐作業が終わった。ずっと御者台でくつろいでるのも退屈なので、また死骸の山を見学に周囲をウロウロする。
「なんかこの光景も見飽きてきたね」
「エミカ」
「ん、何?」
「あれを」
最初に異変に気づいたのはルシエラだった。彼女が指差す先には激しく舞う土埃。目を凝らしてみると、1台の馬車がこちらに向かって走ってきてる様子が確認できる。
方角は南。
ローディス方面だ。
先行してる冒険者はいないので一般人だろう。こんなモンスターが大発生してる街道を使うなんて、ずいぶん危険なことをするね。ま、この先はもう安全地帯だけど。
「あれ、でもなんか様子が……」
変だ。馬車1台にしては立ち昇る土煙の量がおかしい。その点に私が気づいたところで周囲の冒険者も一様に騒ぎはじめた。
「おい、あれ見ろよ!」
「ヤベぇ、追われてるみたいだぞ!」
「どうする?」
「見殺しにはできないわね」
「だな。とりあえずここにいるメンバーだけで救援にいくぞ」
急遽、先頭の位置にいた2台の馬車で助けに向かうことになった。片方はルシエラが操縦してた馬車だ。なので私も流れで乗りこむ。
一気に速度を上げて、馬車は街道を南下していく。相手も北上してるので距離は急激に縮まる。
それでも、救援は間に合わなかった。
あと数百フィーメルの距離まで接近したところで突然、南側の馬車は背後から吹き飛ばされる形で横転した。荷台が派手に転がり、引いていた馬たちも平原に投げ出される。
その瞬間、大きな揺れとともに姿を現したのはあまりに巨大な口だった。こっちが声を上げる間もなく、それは立ち上がろうともがいていた2頭の馬を一瞬で呑みこんだ。
「うげっ! あれもイエローワームなの……!?」
「現時点では不明。しかし特殊体の可能性大」
明らかに普通のと大きさが違った。姿が見えたのは一瞬だったけど、間違いなく馬車よりもサイズは一回り上だった。
土埃で視界が悪い中、私たちは馬車を降りて横転した荷台に向かった。周囲を警戒するも、馬を丸呑みにした巨大なイエローワームの姿はない。捕食直後、すぐに地中に隠れたみたいだ。
横倒しの荷台からは乗客の人たちが顔を出して、こちらに手を振って助けを求めていた。
ガスケさん含む複数の冒険者が急いで救助に向かう。額から血を流してる人もいたけど、幸いなことにみんな軽傷みたいだ。
「これで全員か?」
「ああ、中にはもう誰もいない」
荷台から運び出された乗客は全部で4人だった。その中には私と同い年ぐらいの女の子もいた。土で汚れてしまってるけど、とても高そうなドレスを着てる。かなり裕福な家の子みたいだ。
てか、他の3人の乗客もファンダイン家の執事さんみたいな格好をしてるし、もしかしたら貴族のお嬢様だったりするのかも。でも、そんな身分の高い子供がなんでこんな危険な場所に……?
疑問が募る中、私は乗客を助け出したガスケさんたちの下に駆け寄った。
「……助かりましたわ」
「お嬢ちゃんたち、ローディスからきたのか?」
「いえ、ローディスに帰る途中でさっきの奴に襲われましたの。それで引き返す形で逃げてきたのですけど……」
「なるほどな。よし、みんな態勢を整えるぞ。一旦後ろの連中と合流する」
女の子から事情を聞きながら、号令をかけるガスケさん。全員が同じ方向へと歩きはじめる。
まさに、その瞬間だった。
完全に不意をつくタイミングで、奴は再び姿を現した。
――ズドオオオォォーーーン!!
轟音と激しい揺れ。見えたのは吹き上がっていく土と、みんなの「しまった」という表情。
そんな中で、私は考えるよりも先に身体が動いた。
「――モグラウォール!!」
結果としてはギリギリだった。突進してくるイエローワームの眼前に巨大な壁を作り、その進路を塞ぐ。
次の瞬間、響く激突音。
大丈夫。壁は固定化されてるからどんな衝撃を受けても壊れない。
それでも、この状況で下から潜りこまれでもしたらまた大ピンチだ。次は守り切れるかどうかわからない。最悪の場合、犠牲が出てしまう。
「姫さん、マジで助かった!」
「お礼はいいから! みんな今のうちに壁から下がって!!」
ケガ人を守るようにして密集隊形を維持。そのまま全方位を警戒しながら、私たちは乗ってきた馬車のところまでなんとか後退した。











