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86.はじめてのお仕事


 朝焼けがまぶしい早朝。気持ちのいい秋風が吹くその日、私はアラクネ会長に呼び出された。

 最近悪いことをした覚えはないし、たぶん大モグラ農場周りとかモグラの湯関連のお話だろう。予想を立てつつギルドに向かうと、朝にもかかわらず大勢の冒険者の姿があった。


「いつもはこの時間ガラガラなのに、何かあったのかな……?」


 人混みを抜けて会長室で事情を訊くと、超大口の依頼が入ったからだと説明された。


「商会からというよりはロートシルト直々の依頼ね。南東街道沿いで異常発生してる()()()を駆除してほしいそうよ」

「ムシ?」

「あら、モグラちゃん知らないの?」


 なんでもここ数日、ローディス方面の街道では〝イエローワーム〟なるモンスターの群れが出現してるそうだ。安全が確認されるまでは小麦の流通も見合わせなければならないという。

 んで、今後問題が長期化した場合は、対処法や予算組みなんかを有力者会議で話し合ったり押しつけ合ったりする予定だったみたいなんだけど、なぜか今朝になってロートシルトさんが身銭を切る形で依頼を出してきたんだそうな。


「1匹当たりの報酬も高額だし、ギルド主導の〝統率案件〟として受けることにしたわ。あの守銭奴の気が変わらないうちにガッポリ儲けるためにもね」

「んじゃ、さっきの人混みは」

「ええ、そうよ。とりあえずランクの高い順からかき集めておいたわ。それで早いとこ討伐部隊を編制したいんだけど、統率案件だからギルドからも代表者を出さないとなのよね。だから今回、モグラちゃんに隊長を務めてもらおうと思って」

「え、私がですか?」

「うん。だって副会長だし」

「あ、いや、でも……」

「副会長よね?」

「……」

「副会長よね?」

「…… (はい)


 えー、なんかすごいめんどくさそうなんですけどぉ~! なんて本心はもちろん口が裂けてもいえない……。

 それに副会長として毎月きちんとお給金をもらってる上、今回の依頼は小麦の流通にもかかわる問題だったりする。

 断れる理由が微塵もないのだった。


「つ、謹んでお受けいたします……」

「がんばって♥」


 まったく乗り気じゃないけど、大勢の冒険者を引き連れてロートシルトさんの依頼を遂行することになってしまった。

 でも、隊長って何をすればいいんだろ? 質問したら「別に適当でいいから」とありがたい助言をもらえた。どうやら見守ってるだけでいいみたい。なんだ、楽勝じゃん。というわけで、私はピクニック気分で用意された大型馬車の1つに乗りこんだ。


 出発を待ってると、黒いとんがり帽子の人影が御者台にちょこんっと座った。ルシエラだった。

 話を聞くと、副会長室の隣の部屋で寝てたら会長に起こされて同行を求められたらしい。1人でも優秀な冒険者が必要だと半ば強引に迫られたのでしかたなく、「エミカが一緒なら可」と返答したそうだ。

 なるほど、私が巻きこまれたのはこの魔女のせいでもあったわけか。


「うぅ、ひどいよルシエラ~、私の名前を出すなんて……」

「旅は道連れ、世は情け」


 無表情でサムズアップしながら告げると、彼女は馬を操り馬車を出発させた。せっかくなので私もホロの中から眺めのいい御者台に移動する。そのままルシエラの隣にどっかり腰を下ろした。


「そういえばルシエラの冒険者ランクってどんくらいなの?」


 アラクネ会長は「ランクの高い順からかき集めた」とかいってた。寝てる時間に起こされたってことは、声をかけられたのはかなり最初のほうのはず。ってことは相当な高ランクだったりするのかも。

 返答はすぐにあった。


金級(ゴールドクラス)

「高っ!」


 初心者(ニュービー)含めた全10階級の上から3番目。やだ、超エリート冒険者じゃないですか。


「旅の途中、各所で依頼を受けていたらいつの間にか上昇していた」

「はへー」

「エミカは?」

「え、私? わ、私も金級(ゴールドクラス)というか……うん、そんぐらいだよ!」

「さすが」

「いやいや、それほどでも~」


 咄嗟に悲しい嘘を吐いてしまった。他人を傷つける嘘じゃないけど、もろに自分を傷つける嘘。心が痛い。てか、私は一体いつまで最低ランクのままなんだ……?


「よし、決めた!」

「?」


 この仕事が終わったらすぐにランクアップを申請しにいこう。これだけの依頼を隊長として成功に収めた功績は大きいはず。最低ランクなんてあっという間に卒業して今日から私もエリート冒険者の仲間入りだ!

 明確な目標ができてメラメラと闘志が燃え上がる。

 気合十分。

 やがて、馬車も南東の街道に到着した。


「――さあ、モンスターども! くるならこい!!」


 御者台から身を乗り出して辺りを見渡す。

 だけど、敵影はなし。穏やかな平原が、ただ地平の向こうまで延々と続いてるだけ。街道は平和そのものだった。


「なんだ何もいないじゃん。拍子抜けだなぁ……」


 でも、私はイエローワームがどんなモンスターなのかを知らない。もしかしたら〝蟲〟っていうぐらいだからすごいちっちゃいのかも?


「よっと」


 私はガタガタ揺れる御者台の上に立つと、より注意深く辺りを見渡した。


「それ以上、身を乗り出すのは危――」

「あ、なんだろあれ?」


 馬車を走らせるルシエラが隣でなんかいってたけど、前方の地面がモコモコ盛り上がってることに気づいた私は彼女の言葉を聞き逃した。


 穴?

 大きいモグラでもいるのかな?



 ――ボゴォ、ズシャアアアァーーー!!



「へ?」


 次の瞬間、大型犬ぐらいの白い塊が地面から飛び出してきた。それは丸くブヨブヨとした物体で、頭と思しき先端が大きな口としてぽっかり開いてた。円周上の口内には、びっしりと鋭い歯が不気味に生えそろってる。

 その牙とも呼べるギザギザの歯はとてもよく見えた。

 だって、それはもう私の目と鼻の先にあったから。

 大きく開かれた真っ赤な口腔に、さらに視界が奪われていく。


 あ、ヤバい。

 死んだ。これは死んだ。


 恐怖を感じる間もなく、ただ数瞬後に予測される事実だけが無機質に脳裏を過ぎった。


 アタマ、クワレル――



 ――バァンッッ!!



 それでも、牙は私に届かなかった。

 避けられない脅威を退けたのは、透明な壁。

 見えない障壁に弾かれたグロいモンスターは地面に落下すると、まるで水に潜るように再び地面へと姿を消した。



「ひぇ……」



 時間にすれば一瞬のこと。

 遅れてやってきた恐怖に、私はその場にヘナヘナと座りこんだ。


「い”っ、い”い”い”いいいいいい今の何っ~~~!?」

「魔術による防御壁。こんなこともあろうかと張っておいた」

「命を救ってくださりありがとうございますルシエラ様! でも訊いたのはそっちじゃない!!」

「イエローワーム。外観は大きな白い幼虫。先端部の巨大な口腔で獲物を捕食する。肉食で獰猛。地中を自在に動き回り地上の物音に反応して襲ってくる。興奮状態になると体内にある黄色い消化液を吐いて攻撃してくる。また、名の由来はその消化液の色からつけられたと考えられる」


 ルシエラの丁寧な説明でよくわかった。

 そりゃ、いくら見渡しても見つからないわけだよ。


「ううっ、今度からそういう情報はもっと早く教えて……」

「了解」


 そのあと馬車が停まると、いよいよ討伐作業がはじまった。各荷台から続々と降りていく冒険者チーム。彼らは見えない地中から襲いかかってくるイエローワームをものともせず、次々に剣や魔術で打ち倒していった。

 さすがは腕のある冒険者たち。あっという間にあっちこっちで死骸の山が築かれていく。

 この調子なら隊長である私が出るまでもなさそうだ。

 いやー、実に残念。

 久々にひと暴れシタカッタナー。


「……(ガクガクブルブル)」

「エミカ?」


 ルシエラのローブを強く握り締め、彼女にぴったり寄り添ったまま、私はしばらく魔術で守られた御者台から1歩も動かなかった。


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