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幕間 ~スカーレットの決意~



「――そんな!? 話が違いますわ!」



 とある邸宅の一室で、ひとりの少女が叫んだ。

 腰まで伸びた美しい薄紫色の髪。その貴石のような緑眼は今、大きく見開かれている。


「返済はいつでも構わないと仰っていたではありませんか!?」


 まるで玉座のような絢爛豪華な椅子。髪が振り乱れるのも構わず、そこにどっしりと座る醜い男の下へと駆け寄る。


「くっく、スカーレット嬢」


 真実を告げられ、焦燥をあらわにする少女。その様子を見て、男――ポポン伯爵の口角からは笑いが漏れた。


「あれは建前というものホ。どこの世界に利子も取らず、無償で金を貸し続ける馬鹿がいるんだホ?」

「ですが、これは余りに急なお話ですわ! 明後日までに全額を返せなんて……伯爵、どうか猶予を!」

「ホホッ、期日を延ばしたところで返す当てがあるホイか?」

「それは……」

「ないのであればこの契約書に従ってもらう他ないホ! スカーレット嬢は余の妻となるホ!!」

「……」


 貸付金が約束の期限までに返済されない場合、ローズファリド家当主〝スカーレット・ローズファリド〟は、ポポン家当主〝ダルマ・ポポン〟と婚約することで本件の債務を相殺する――


 契約書にはたしかに婚約に関する一文が盛り込まれていたが、スカーレットがその事実を知ったのは今し方だった。契約文書に魔術による巧妙な細工が施されていたのだ。

 ローズファリド家が没落する以前から懇意のあったポポン伯爵。その温かい言葉にまんまと騙された結果、彼女は窮地に立たされていた。


「ホホッ、何も心配することはないホ。亡き父君には余も大変世話になったホイな。その恩に報いるため、これからは妻としてたっぷりと愛でてやるホ。ぐふふ……じゅるっ」

「くっ――!」


 まるまる太った醜悪な顔をにやりと歪め、舌舐めずりするポポン伯爵にスカーレットは思わず退いた。身の毛がよだち、吐き気がするほどに気分が悪い。搾取の対象として視姦され、彼女は嘗てない屈辱を味わった。

 そして、そこでようやく真に理解する。

 自分も家も、この男は始めからすべてを丸呑みにするつもりだったのだと。

 一度捕らわれれば最後。

 逃げ出すことも叶わない。

 自身の遠くない未来を予感し、スカーレットの足は静かに震えた。


「……ふんっ、今日のところは失礼いたしますわ!」


 だが、自分には守るべき家がある。

 恐怖で震えている暇はなかった。


「ホホッ、まさか逃げるつもりではないホイな?」

「ふざけたことを仰りますわね、伯爵……。わたくしは誇り高きローズファリド家の人間ですわよ? 逃げも隠れもいたしませんわ!」


 スカーレットは怒りで自らを鼓舞しながら部屋を出ると、急いでローズファリド家の屋敷に戻った。

 返済期限まで残り2日。

 さっそく執事たちを集めて今後のことを話し合った。


「小麦のほうはどう?」

「依然どこも我々には売れないとの一点張りです」

「圧力でしょうな。もはや伯爵の仕業と見て間違いないかと」

「ですわね。何もかも、すべて最初から……」


 どうして気づけなかったのか。自分たちの最大の支援者が、すべての元凶であったことに。

 だが、今さら悔しがっている時間もない。小麦がなければパンは作れず、工場も動かせないのだ。なんとしても打開策を講じなければ。


「やっぱりアリスバレーまで出向くしかないわ。みんな急いで準備をお願い。もちろんわたくしもいきますわよ」

「それは危険です、お嬢様! あちら側の街道はモンスターが異常発生していると、先日報告があったばかりで……」

「買い入れには私どもだけで向かいます。どうかお嬢様は屋敷にお残り下さい」

「いいえ、ダメよ! こんな状況で家でじっとしてなんていられませんわ!」


 強引に意見を押し通すと、スカーレットはすぐに用意された馬車に乗り込んでローディスを発った。

 そして翌日、なんとかアリスバレーに無事到着した彼女は商会の代表に面会を申し込むと、小麦の買い入れ交渉をまとめた。

 没落した貴族の家名を出したところで優遇はされない。下手をすれば門前払いされる可能性すらある。最初はそんな低い算段だったが、幸運なことに対応は予想に反して手厚かった。


「ロートシルト代表、急な申し出を受けてくださったこと深く感謝いたしますわ」

「ほっほ、構いませんよ。しかし〝モグラ印の小麦〟はご存知の通りの人気でして、お届けに上がるまではもうしばしお時間を頂きたく」

「……ええ、承知しておりますわ」


 本音をいえばこの場で入手したいところではあったが、妨害があろうがなかろうが、アリスバレーの小麦はローディスでも手に入れるのが難しい品となっている。

 それを考えれば、今回は確約が取れただけでも大きな前進だった。交渉がまとまった事実を示せば、伯爵の態度を軟化させることもできるかもしれない。あくまで希望的観測を含んではいるが、なんの手札もなかった昨日と比べればずっとマシな状況といえた。


「それでは、わたくしはこれにて失礼させていただきますわ」

「もうローディスにお帰りになられるのですか?」

「ええ、急いでおりますの」

「しかし、街道は……」

()()は行きでも見かけましたから、危険なのは十分にわかっておりますわ。それでも、すぐに戻らなければなりませんの」


 スカーレットが強い意志で席を立ち、部屋を出ていく。

 その華奢な背中を静かに見送ったあと、ロートシルトは白い顎髭に触れながらしばし考え込んだ。


「行きはよいよい、帰りは怖い。そのような童歌もありましたな……」


 やがて秘書を呼ぶと、ロートシルトはギルドに依頼を出すように命じた。

 内容は、南東街道沿いで異常発生しているモンスターの討伐。

 うら若き当主の身を案じたというよりは、それは漠然とした直感から取った行動だった。


 ――この選択が、より良き未来を創る。


 誰にとっての〝より良き未来〟なのか。それはまだロートシルト本人にもわからない。

 だが、その選択によって今、スカーレットの命運は大きく変わることとなった。


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