午後 10時03分
カーテンの隙間から射し込む街灯の明かりを頼りに、なんとか彼女をベッドに横たえた。
「お腹苦しい」とか言いながらカーゴパンツを下げようと格闘している彼女を手伝って、両脚から強引にそれを剥ぎ取る。
彼女の身体は毛布の下だから、オレは一切何も見ていません。無実だ。なんだかしなやかな感触が手のひらに纏わり付いているが、それもあくまで過失の範囲内です、裁判長。
「じゃ、オレ、帰るから。ゆっくり寝ろよ」
「んー ありがとね」
「いや、気にするな。次回もメシ奢ってくれたら、それでいいから」
「わかった…… ねぇ、最後に一つだけ、いい?」
「ん? なんだよ」
「このヘタレ」
「なっ……」
「お酒でとっても美味しくなってるよ、いまの私?」
「失恋して酔っ払った女を送って……って、どう考えてもフェアじゃないだろ」
「あー ヘタレが聖職者みたいな言い訳してるー」
「うるさいな。送り狼って呼ばれるよりは、ヘタレの方がまだマシだ」
「ねぇ。なんで、そんな風なの? その気になればモテるのに」
「……は?」
「他の男と全然違うって言ってんの」
「そんなの別に良いだろ。オレの勝手にさせろよ」
「他のと同じだったら、一回だけヤッて。やっぱりつまんない男だったってポイして、すぐ忘れてやるのに……」
「なんだよ、それ」
そう言ったきり眠気に負けたのか、彼女は目蓋を下ろしてしまった。街灯の明かりに長い睫毛が小さく震えている。
剥き出しの背中に毛布を掛けてやると、気持ち良さそうに身体を丸めた。猫みたいな生き物だな、コイツ。
やがて、呼吸が穏やかになってきた頃を見計らって、そっと立ち上がる。最後にその寝顔を盗み見て、目蓋に焼き付けようとして……
いや、無理だな。こんなの、記憶じゃ実物に到底かなわない。
あきらめて立ち去ろうとしたオレの背中に、微かな声が届いた。
「またね」
首だけで振り返って、オレも彼女の思いに応える。
「あぁ、またな」
川沿いの桜並木を、テクテクと歩く。深夜の街灯に浮かぶ葉桜は、昼間よりもなんだか透き通って見えた。
原チャリに跨ったスーツ姿のオジサンが、オレをゆったりと追い越していく。
……あ、しまった。バイク、明日取りに行かないと。
(了)