午後 9時43分
まだ飲み足りないと主張する彼女をタクシーに押し込んで、運転手に住所を告げる。
寝言混じりにボヤく彼女をやり過ごすオレは、いまきっと仏像みたいな顔をしている。ってか、いつキャミソール一枚になったんだ、コイツ。引っ付くな。酒臭いし、素肌がやたら熱い。
「ほら、着いたぞ。降りて」
「無理。抱っこ」
「いや、何歳だよ」
「お肉食べさせてあげたでしょ。おんぶ」
「……背中にオエッてしたら、すぐに降ろすからな」
ホントに酔ってるのか、コイツ。
走り去るタクシーのテールランプを見送りながら、こっそり呟く。
だが、耳元に掛かる息は熱く、背中に伝わる鼓動もかなりのハイビート。
「ここ、どこ?」
「どこって、自分のマンションだろ。気付けよ」
「歩けない。連れて上がって。もしくは、連れ去って」
「もう言ってること支離滅裂だから、さっきからずっと。で、鍵どこだよ」
「んー お尻のポケット、たぶん」
流石におんぶしたまま小さなポケットの中を探るのは難しい。渋る彼女を説得して、ようやく背中から引き剥がした。
「フラフラするー」とか言いながらガラス扉に両手をついて、形の良い尻をこちらに向ける彼女。
アメリカ映画で、警官が犯罪者をボディチェックするシーン。アレが思い浮かんだ。
薄いキャミソールの裾から白い腰が覗いているが、強靭な意志で見なかったことにする。
今夜のオレ、もはや悟りの境地。
「……おい、ないぞ。ちゃんと思い出せよ」
「あ、そっか。フロントのポケットかも」
くすぐったいと身をよじる彼女のポケットからようやく探し出した鍵で、エントランスのオートロックを解除……したと思ったら、再びのしかかられておんぶ体勢。
そのままエレベーターに乗り込む。
狭い空間にも関わらず、ハイテンションで壁をガシガシ蹴る彼女。
思わずよろけて反対側の壁に肩をぶつけた。
フツーに痛いんですけど。それから、耳元で笑うな、うるさい。
そろそろ怒っても良いんじゃないかな、コレは?とか自問しつつ、男の色んな事情からそんなモードになれない。不覚。
なんとか部屋の前までたどり着いて、二人羽織みたいにして扉の鍵を解錠。いちいち手間が掛かる女だ……
「えっと…… 電灯のスイッチ、どこだよ」
「ん。そんなのいいから。男ならこのまま真っ直ぐ! ベッド目指して進撃せよー」
「そんなこと言ったって、この部屋に入るの初めてだぞ、オレ。わかんないよ……」
「明るいのヤダ。恥ずかしい」
「いきなり話を捻じ曲げるな。まぁ実際、メイクは無茶苦茶だけどさ」
「うー デリカシーない男、最低……」
「背中で拭くな! 白いシャツー!」
「あ、ゴメン。でも、もう遅いわ」