午後 6時57分
七輪の中で、赤く照り輝く木炭。
金網の上では、厚切りの牛タンが透き通った脂を滴らせながら、その身をゆっくりとくねらせ…… あ、また取られた。
「ちょっと、それ、オレがじっくり育てたのに……」
「もう食べ頃でしょ。これ以上焼いたら硬くなって勿体無いし」
「いや、まだ少し赤いだろ、それ。七輪に戻した方が…… あ、食べた」
「女は決断力よ。人に焼かせた肉。そして、一仕事終えた後のビール。かぁーっ! 堪らないわー!」
「一皮剥けばオッサンかよ。だいたい一仕事も何も、軽く挨拶しただけだろ」
「あ、そーゆーこと言うかな? 私のお陰で丸く収まったんでしょ、さっきの後輩ちゃん達?」
「いや、確実に誤解してたから、彼女達。週明け朝イチで給湯室ミーティングの餌食だから、オレ」
「何よ、誤解されて何か問題でもあるの?」
「それは……」
仕事の忙しさにかまけてプライベートに手を抜きまくり、呆れた後輩に先日別れを告げられたオレ。
問題なんて、何一つなかった。
だが、それをあっさり認めるのも何だか悔しい。むむ。何とか違う方向に話の流れを持って行かねば……
「ってか、そっちこそ、急にどーしたんだよ。今回はオレがメシ代出す番だったのに。それをいきなりスキップした上に、焼肉奢ってくれるとか」
「んー 前回の焼鳥屋さん? アレ、ちょっと失敗だったでしょ。私の選択ミスだったし、急に付き合ってもらったから…… なんとなく?」
「……なぁ、何かあった?」
「え、なんで?」
「いや、なんか今日、いつもよりテンション高かったってゆーか。なんか無理してはしゃいでるん気がしたからさ」
ゴトン、と音を立ててテーブルに置かれるビールジョッキ。
「なんで、そう思ったの?」
「は? なんとなくだよ、なんとなく」
「あの人は全然気付いてくれなかったのに。アンタはすぐに気付く」
彼女の手がスッとおしぼりに伸びて、それを目元に近付ける。え……なんかいま、目尻に微かに光る物が……
って思った瞬間、こっちに飛んでくるおしぼり! 顔面にクリーンヒット。
ヤバい。レモンの香り、半端なく酸っぱい。
「ちょっ、物投げる癖、いい加減直せよ」
「別れたの」
「……はい?」
「だから。別れたの、付き合ってた人と。ついこの前!」
「あぁ、それで…… ってか、今度は本気でイイ男だって、オレに散々ノロけてたのに」
「うるさい。飲め」
「ちょ…… 泣くなよ」
「泣いてない! 泣き上戸なの!」
「いや、結果的に同じだろ、それ」
「うーるーさーいー!」
掘り炬燵の下で、彼女の小さな足がオレの脛をボカボカ蹴飛ばす。
痛い。フツーに痛いから。手加減しろよ。あと、周囲の席からの生暖かい視線もグサグサ刺さってる。
「……グスッ。泣かされた」
「いや、泣かせてないから」
「うるさい。泣かせた責任取れ」
「さっきは泣いてないって言ってただろ」
「アンタがハッキリしないせいで遠回りしてんだからね……」
「は? なんて? よく聞こえない」
「とにかく! せーきーにーんー! 責任取ってよ、男でしょー!」
もう一本のおしぼりが飛来したけど、今度のは難なく受け止めた。いま何か聞こえた様な……
ってか、コレ、オレのおしぼりだろ。あと、周囲からの視線、確実に誤解してる。違う、違うんだ。完全に冤罪だから。
何もしてないのに、物凄く損した気分だ。




