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午後 1時41分

 美術館前の広場には、色、高さ、太さが様々な石柱が数十個、ランダムに配置されている。


 バイクを停めたオレが追い付くと、手頃な大きさの石柱の上に立ったアイツが全身で手招きしていた。



「ねー! はーやーくー!」


「いや、そんなに急がなくても展示は逃げないだろ…… って、それ、乗っていいのか?」


「え? なんで? フツー乗るでしょ、こーゆーの見たら」


「……そこのプレート、見ろよ。なんか有名な作家のインスタレーションじゃねーの、これ?」


「え、そーなの?」



 プレートの方を見ようとした彼女がバランスを崩す。慌ててその手を掴むと、両腕が首に絡んでしがみ付かれた。


 その体勢のまま「よっ」と声を掛けながら飛び降りる彼女。


「よっ」じゃねーよ。髪がくすぐったい。あと、なんだか柔らかい。離れろ。



「ね、さっきのどこ?」


「あぁ、ちょっと待てって」



 オレのポケットに侵入を試みる彼女の手をピシリと払いのけながら、職場でこの前見つけた美術館の優待チケットを取り出す。


 それを受け取る彼女は、絵に描いたようなエヘヘ顔。ちょっと手に負えないくらい眩しい。



「ね、私がこの作家好きだって知ってて、用意してくれてたんでしょ?」


「だから、違うって。職場にたまたま置いてあったから……」


「ふーん。職場にたまたまねぇ。良く出来た話。しかも、二枚? ね、ホントは私と行きたかったんでしょ?」


「ウザいわー その自信過剰なとこ」


「ま、これくらいにしといてあげる。ほら、行こ!」



 美術館のエントランスを小走りで通り抜けた小柄な後姿は、そのままさっさと中へ消えて行った。


 おい、待てよ。なぜかオレまで早足で追い掛ける。ってか、なんでオレが急がなくちゃならないんだ。



 館内でも彼女は、ずっとはしゃぎっぱなしだった。


 オレにはいまいちピンとこない展示だったけど…… 無料で手に入れたチケットで、これだけ嬉しそうにしてくれたら十二分に元は取れただろう。



「あ、ほら、あれ見て! 前から見たかったんだ! 本物だよ、本物!」


「おい、薄暗いんだから走るなって。もっと年齢に相応しい落ち着きを……」



 順路を示す矢印なんかまるで無視して、展示スペースを縦横無尽に巡る彼女。


 迷子になるからと仕方なく繋いだ手に引かれるまま、曲がり角の向こうの空間へ足を踏み入れ……



 あ、マズい。



「あれ…… 先輩?」



 そこには見知った顔があった。職場の後輩、仲良し女性社員の三人組。

 しかも、そのうち一人はオレがOJTで指導係だった若手ホープ。過去には……そういう関係だったこともある。


 彼女達の視線がオレ、アイツ、そして二人の手に移っていく。もちろん、離すタイミングを逃したそれは、まだ繋がったたままで。

 まぁ、そりゃそーだよな。職場に置いてあったチケットで、今日は休日だ。こーゆーこともあるよね。うんうん。誰か、助けて。



「あの…… こんにちは、先輩」


「あ、あぁ、こんにちはです」


「ね、なんでデスマス調なの? 明らかに私達より若いよ、彼女達」


「いや、ちょっと黙ってて」



 一瞬、唇を奇妙な形に歪めてから、とりあえず沈黙する彼女。


 うん、静かだ。確かに黙ってとは言ったけど、全員黙れとは言ってない。誰か、喋ろうよ。



 微妙な空気に耐え兼ねたオレが口を開こうとした瞬間、すぐ横から予想外に澄んだ声が響いた。


 こんな凛とした話し方が出来るなんて、ちょっと驚きだ。普段は間延びしてて気怠げな喋り方なのに。



「えっと、同じ職場の方々ですよね? 彼がいつもお世話になってます」



 そう、それはまさに社会人の話し方だった。


 普段から姿勢が良いと思ってたけど、そこに接客の現場で身に付けた洗練された所作が上乗せされて。


 深過ぎず、かと言って浅過ぎもしない見事な角度のお辞儀と、それに完璧な笑顔が続く。



 発言内容は少しズレていたが、オレを含めてその場の全員が突っ込むことすら忘れて、しばらく彼女に見惚れてしまっていた。



 美人ってズルいよな。


 その日、何度目かのオレの呟きは、展示スペースの薄暗い空間に溜息と一緒に溶けていった。

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