午前 6時18分
早朝の高速道路は車の姿もまばらで、いつもは淀んでいる都市部の空気もこの時間だけは肺に優しい。
アクセルを捻ると足下の機関が甲高く鳴いて、タコメーターの針がスルスルと上がっていく。
ウィンカーを出して後方を確認すると、身体を右に振って追い越し車線に飛び出した。
慣れ親しんだオフィスビル、地下駐車場のいつもの場所にバイクを停めてエンジンを切る。ヘルメットを脱いで通用口へ。
カードリーダーにIDをかざして通り抜け、エントランスホールを横切る。
ちらりと壁面に視線を走らせると、長大なサイズの抽象画が目に入った。幅3メートル近い横長のキャンパスに踊る、深い青を基調とした幾何学的なパターン。
ホールに射し込む朝日を受けて鈍く輝くそれは、滝壺の底にたゆたう古代の大型魚を連想させる。
その方面に疎いオレには聞いたこともない画家の作品だったが、この絵はなんとなく気に入っていて、ここを通るたびについ視線を向けてしまう。
エレベータホールに立って、上階行きのボタンを押す。通常は六台のエレベータが稼働しているが、早朝のこの時間帯は二台だけ。
少し待ち時間があった。
暫時、目蓋を閉じて今日のスケジュールを再確認する。
午後からの会議には来期予算策定の為に厄介な議案が控えていて、長引きそうだ。午前中にいくつタスクをさばけるかが勝負だな……
32階でエレベータを降りて、長い廊下を進む。
出退勤管理のカードリーダーにIDをかざした時に、小さなサイドテーブルに目が留まった。普段、そこにはクライアントからの菓子折りや、従業員が休暇中に買ってきた土産物が置かれていて、誰でも自由に取って良いことになっている。
今朝はそこに縦長の紙片が、輪ゴムで無造作に束ねられて置かれていた。手に取ってみると、見覚えのある美術館で開催中の特別展示の優待チケット。
そういえば、アイツが好きだったな、この美術館……
ふと古い友人の顔が浮かんだところに、電話の呼び出し音が鳴る。
視線を向けると、自分が所属している部のビジネスフォンだった。誰だよ、こんな朝早くから……
指先で二枚数えてスーツのポケットに押し込むと、オレは自席へと足早に近寄っていった。