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「随分やつれたのね」
戒はベッドに横たわる王である愁を見下ろして言った。
愁はその声に反応して目を開けた。
「戒…戻ってきてくれたのか?」
戒はにっこり笑った。
「いいえ、違うわ。
さよならに来ただけよ。
もうあなたに会うのはコレで最後だわ」
戒の言葉に愁はため息をついた。
少し苦しそうにしている。
「…蒼も一緒なのか?」
「ええ、連れてきたわ。
もうすぐこの部屋へ来るでしょう。
可愛い奥さんも一緒よ」
そう言って戒はクスクス笑った。
「…なぜ、私を見捨てた?」
愁は戒を見つめた。
戒は肩をすくめて答えた。
「気まぐれに蒼に会いに行ったら可愛かったから、かしら。
あなたの子供達よりも可愛いかったのよ!」
蒼を産んだ母親は侍女であった。
父親であった男は死んでしまったため、働きながら蒼を育てた。
王宮での保育を戒がやった。
ベビーベッドの中で小さな目が戒を捉えた。
そうして笑った。
その顔を可愛いと思った。
そうして戒は蒼に向かって手を伸ばした。
指先が小さな手に握られる。
この子供を育てよう。
母親代わりになるのも悪くない。
戒は赤子を抱き上げた。
柔らかく、今にも壊れてしまいそうに思えた。
「蒼、これからは私も母親よ」
戒が言うと蒼は嬉しそうに笑ったのだった。
「まさかこんなに親ばかになるとは思っていなかったわ」
可愛くて、愛おしくてしかたない。
戒は苦笑した。
愁はそんな戒をまぶしそうに見た。
「この国の王を決めなければならぬ。
蒼が王になれば、お前は戻ってくるのか?」
「ええ、私は蒼の傍にいるわ」
「…では、次の王は蒼だ」
愁は静かに告げた。
初めて行った王都は素晴らしかった。
活気で溢れ、この国が豊かであることがよく分かった。
そうして王宮はまた豪勢だった。
全ての権力を握る人がここにいるのだ。
蒼と静が愁の寝室に入ると、愁は起きていた。
しかし顔色は悪い。
「こちらへ」
愁は二人を手招いた。
「お久しぶりです。
危篤とうかがいましたが…」
「ああ、もう命が消えかけているようだ。
時間がない。
蒼、手短に話すぞ」
蒼は頷いた。
「私の後を継ぐのはお前だ」
愁の言葉に蒼は驚いた。
「私は王家の人間ではありません。
あの小さな領主の子供です。
だから、私はこの国の玉座に興味はありません」
「お前がこの国の王になるのだ」
「なぜですか?
跡継ぎなら他にもいるでしょう。
わざわざ私が王位に就く事は考えられません」
愁は首を横に振った。
「他では駄目だ。
お前でなければいけないのだ」
愁はそう言うと苦しそうに顔を歪めた。
「横になった方が」
静が愁に手を貸して横たえる。
「娘よ。お前が王妃になっても構わぬ。
蒼を王にさせるのだ…」
なぜ、これほど自分にこだわるのだろう?
意味が分からず、蒼は無言で愁を見つめた。
やがて愁は寝息を立て始めた。
これ以上話すのは無理だった。
二人は寝室をあとにした。