1
静は鼻歌を歌いながら歩いていた。
この村の空気は美味しい。
なんだか気分が良くなる。
目を閉じて、深呼吸する。
これからいいことが起こりそうな予感がした。
今、静が歩いているのは小さな村だ。
道の両側には田園が広がり、民家はまばらにしか存在しない。
典型的な田舎だ。
それでもその風景を静は好ましく思った。
しばらく歩くと道が二つに別れていた。
左はまっすぐ奥へと続いている。
そうして右は小さな森へと繋がっている。
その森の先には建物の屋根がちらりと見えた。
この村の長の家だろう。
随分と立派に見えた。
静は足を右へと向けた。
それは何となくだった。
少し深い森を歩いてみたい。
そう思っただけだった。
そうして屋敷も見てみたいと。
森の中はシンとしている。
鳥のさえずりさえも聞こえない。
おかしい、と思った時だった。
近くの木からいきなり人が飛び出してきた。
「!」
飛び出してきた青年は驚いた顔をしている。
そうして静を背後にかばった。
青年の後ろからは何者かが追ってきているようだった。
青年が何かを投げつけた。
それは何者かに刺さったようだった。
鈍い音とくぐもった男の声。
静は背中にかばわれたためによく見えなかった。
青年がそっと息を吐いて振り返る。
「大丈夫ですか?」
青年は頬に怪我をしたようだ。
血が一筋流れていた。
「ええ。私は平気です。
それよりあなたの方が…」
静は青年の頬の血をハンカチでぬぐった。
青年は美しい顔立ちをしている。
スラリと背が高く黒く少し長い髪を一つに束ねている。
「ありがとうございます」
青年が微笑んだ。
静はその笑顔をみて頬を染めた。
「蒼!」
屋敷の方から一人の女性が走ってきた。
金色の長い髪をゆるく巻いている、グレーの瞳をした美しい人だ。
彼女は蒼の体を触り、無事を確かめると安堵のため息をついた。
「一人だけだったの?
あまり危ないことは…」
そう言うと初めて静の存在に気づいたようだった。
「この子は?」
彼女が蒼に問いかける。
「巻き込んでしまった」
申し訳なさそうに蒼は静の顔を見た。
「いいえ!怪我もしていないので、平気です!」
静は慌てて首を横に振った。
この先には屋敷しかない私道だ。
そこを勝手に歩いている自分が悪いのだ。
「…怖い思いをさせたようね。
少し時間はあるかしら?
良かったらお茶でも飲まない?」
彼女は優雅に微笑んで告げた。
静は頷いた。