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#7

「いぃいやあぁ〜!仕事した後の酒は美味いね! ね! モーリス!!」

 真夜中。定休日だった『Lily’s kitchen』のカウンター席。

 どぎついカクテルにハイになったジニーが隣のモーリスの肩をバンバン叩いている。


「あ……うん。今日は確かに『上手く』いったね」

(あれが仕事かよ……)

 モーリスは手放しで同意できぬ感情を隠せないが、相手はまともに話が出来る相手ではない。


 ジニーの左隣にはジェナがいる。

「ねぇ、おっさん。おとつい撃たれたばっかの脚はもう平気なわけ?」

 ジェナは心配そうに……というよりは不思議そうな顔でモーリスの太腿を覗き込んだ。

 当のモーリスも自分の右大腿に視線を下ろす。

「いやいや、痛い事は痛いよ。まだ引きずって歩いてるし。でもまぁ……平気かな、取り敢えず」

「うへぇ、さすがは元軍人か」


 ジェナが少し感心した。しかし、そこで得意気になったのは、『元軍人』モーリスを拾ったジニーだ。

「そうさジェナぁ〜。モーリスはヘタレだけど頑強な老けっ面野郎だからな!ギャッハハハ!!!」


(失礼な。このクソガキが……)

 憐れむべき老けっ野郎モーリスは、平静を装った表情で噛みしめる屈辱の味を、ワインで掻き消す。


「盛り上がってんね」

 皆の……いやジニーの楽しそうな声に呼び出されたかの様に、『Lily’s kitchen』のオーナー(せみ)(ひら)(なつ)が奥から姿を現した。

「随分ご機嫌じゃんか。今日はモーリスをどこへ連れ回したの?」

「チャイニーズ・ストリート」

「へぇ、それはまた珍しい」


 チャイニーズ・ストリートはマンハッタンの一角にある繁華街で、中国からの移民が人口の殆どを占めている。その為、街の至る所に漢字が入り乱れ中国語が飛び交う、およそアメリカ国内とは思えぬ様相を呈している。


「本当にさぁ、ものの見事に中国人ばっかだぜ?あそこ。みんな未知の言語を話してるし」

「中国語だろ?……で、そこで何に胸が躍ったんだよ」

「いやな、今日はダチと会って仲良くして来たんだよ。なぁモーリス?」

 モーリスの肩がギョッ、と跳ねる。

「いやいや、俺は知らないし。お前のダチだろ?それにだ、あれは痛めつけたって言うんだよ。お店まであんなにメチャクチャにしちゃって……」

 何やら後ろめたそうなモーリスに、怪訝な顔をした蝉平が思わず身を乗り出す。

「え?店をメチャクチャに……?」


「はん、自業自得だぜ」

「それはあたしもジニーに賛成」

 カクテルを一口したジニーの悪態に、ジェナが店内に流れるジャズに目を瞑りながら呟いた。

 やれやれ、とモーリスが頭を抱える。

 こうなると困惑してしまうのは蝉平である。

「何なに?今度は何があったのさ」


 ジニーがグラスを片手にふぅ、と溜息をついた。

(ちん)っていう馴染みの中国人がいてさ、そいつがチャイニーズ・ストリートに飯屋を開くってんで金の工面をしてやったことがあったのよ。そこそこ多額をさ」

「うん、それで?」

「だからさ、代わりに毎月の店の売り上げから幾らか寄越せって言ってたんだよ。それなのにあのデブ……全然客が来ねえだの何だのと……もう痺れを切らしてよ、今日様子を見に行ったら店の地下にカジノ開いてボロ儲けしてやがったんだぜ?」

「おぉう、そりゃいかんな」


 でもさ、とモーリスが横槍を入れる。

「それを見ていきなりサブマシンガンぶっ放すのはどうかな」

 え!? と蝉平が目を丸くする。

「ジニー、あんた……そんな暴挙に打って出たの?」

「おうよ。もうルーレット台やら何やら全部破壊してやったぜ」


「その後は私と仲良く陳をフルボッコにしましたっと……」

 トン、とジェナがカウンターを指先で軽く叩いた。

「ねえジェナ。あの人、もしかしたら死んだんじゃない?」

「あ? 大丈夫だよ、おっさん。その辺りは私もジニーも手心を加えたさ。殺したら色々面倒だし」

「あれで!?」

「あれでもラッキーだろ?陳のブタさん……」


 ふと、ジニーに頭を吹き飛ばされた黒人エドの下品な笑顔が頭をよぎる。

「ああ……かもね」

 そう。撃たれなかっただけでも陳としては破格の待遇だろう。

「いや、マジ良い仕事したわ〜!!」

 全身に、余すところ無くアルコールの回ったジニーの雄叫び。

(全くどうかしちまう……)

 モーリスは残りのワインをグッ、と飲み干す。

 キャッハハハ!という狂気の笑いが、すぐ横で響いていた。


 ◆


 話のネタも尽き始めた頃、立て続けに衝撃的な目に遭わされたモーリスは気を失う様に寝入ってしまっていた。

 ジニーもまた然り。カウンターに突っ伏してすっかり酔い潰れている。


「仲良いね。この二人」

 相変わらずジャズが流れている店内。スマートフォンを見ていたジェナに蝉平が話し掛けた。


 黒のスマートフォンから目を離す事なく、ジェナが「フッ」と笑う。

「まぁね。こいつも良いおもちゃを見つけたって気分でしょうよ」

「うむ。しかし偶然に知り合った人間をここまで連れ回すとは、無鉄砲は相変わらずか……。ジェナも大変だな」

「いんや、楽しい限りですぜ。全く」


 そうか、と蝉平はワイングラスを拭き終えてから少しだけ逡巡して、

「なあ、ジェナ」

「んー?」

「……今日の昼くらいにさ、ダンフォードの親分が来たんだ」

 ジェナが大いに反応して、ようやく蝉平の方を見た。

「ウィルが?! どうしてまた……何か言ってた?」

「いや、別に何も……。ただ、『最近どうだ?』って」

「何だよそりゃ。あのジジイ……」

「……やっぱり心配で仕方がないんじゃないかな」

「はいはい、なるほどね。それにしても……ホントに世話好きだよな、あいつ」

「ああ、ジニーにだけはな。その子は特別さ、だって……」


「んあ?」

 むくり、と虚ろなジニーが頭を上げた。

「何なに?何の話してんの??」

 突然の覚醒に、二人とも一瞬だけ固まってしまった。

「あー!良い雰囲気になってたろお前ら」

「違うわ!今話してんのは……」


 途中で口を閉ざしたジェナに、ジニーがにやけながら頭上に疑問符を浮かべたところで、蝉平が助け舟を出す。

「アイリスの話をしようとしてたんだ。ジェナはほとんど知らないだろうけど」

「へ? アイリス……?」

 ピンで留められたかの様に、ジニーが大人しくなった。

「あんたの育ての親だっけ?」

 ジェナが言った。尖った顔に妙に優しい笑みを浮かべている。


「んー、育ての親か……」

 ジニーは考えるフリをして自分の中の思い出に浸っている。

「間違ってないよ、ジェナ。ただ……」

「ただ?」

「育ての親は他にもいるからなぁ……ジェナも良く知ってるだろ? あいつとアイリスを一緒にしたくないわな。アイリスは−−」



「−−アイリスは『今のあたしの』生みの親さね。今の人生はぜーんぶアイリスからもらったもん。……ジェナとモーリスにも会わせたかったな」

 寝ているモーリスの丸まった背中を見る蒼い瞳が切ない。


「……ジニー。そんなシケた面してんじゃ、そこのおっさんと同じだよ」

「ん……はぁ?あんだとジェナてめぇ!」

 慌てて眉間にシワを寄せた相方に驚く事も無く、ジェナがコートの裾に覆われたジニーの左腕を人差し指の先でつん、と突いた。

「もう会ってるよ……な?」


「ケッ、そうかよ」

 小さな女ギャングが赤面した顔を肩までの金髪で必死に隠そうとするその様は、まるで小動物の様に弱々しく見える。


 ジェナと同様、込み上げてくる笑いを抑えるのに苦労していた蝉平が再び別のワイングラスを拭き出した。


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