#2
馴染みのバーがあるからそこへ行こうぜ、とモーリスを連れ出した女の子は歩きながら誰かと電話を始めた。
「あーもしもし?あたしだけど。……おう、じゃあシャッターをノックするからよ、そん時に店開けてくんねぇ?……うん、頼むわ。……ああー、悪いね。よろしく」
「今のは?」モーリスが聞いた。
「蝉平夏……今から行くバーのマスターさ。仕事と娯楽の両面で世話になってる」
「へぇー……」
「あ、そうだ。おっさん名前は何て言うの?」
自分も女の子の名前を聞こうとしていたモーリスはドキリとして、
「ああ、俺はモーリス。モーリス・イーリーだ。……よろしく」と裏声になりながら自己紹介をした。
「モーリスね。あたしはジニー」
「ジニー……ちなみに苗字は?」
「アディソン」
「そうか……ジニー。この際だから直に聞くけど、君は一体何者?怒らせるつもりはないけど、やっぱり中学生にしか見えない」
あ゛!?とジニーが眉間に皺を寄せてモーリスを睨む。かなり「やばい」眼光を放っている。モーリスは慌てて、
「いや、気に触れたなら本当にゴメン」
「チッ。あたしはこれでも22歳だよ」
え!?とモーリスは思わず立ち止まる。二人のすぐ後ろを歩いていた会社員らしき男がギョッとしたようにのけ反って、舌打ちをしながらそれを避けた。
「22だったのか……」
「ああ。学校に通ってるとしたら大学生か。通ってねえけどな」
ジニーの身長は160cmにも達してない。185cmのモーリスと並ぶとその小柄さが際立つ。ただし、先ほどモーリスを縮み上がらせた「やばい」眼光は、その外見とは裏腹にくぐり抜けてきた修羅場の多さを物語っているように感じる。
「ほら行くぞ」と再び歩き出すジニー。
「で?あんたはいくつだよ?」
「27だ……さっきからおっさんと言われてるが、君と同じ20代。」
「はあ!?マジ?40近くに見えた」
ジニーは心底驚き、目を細めながら、
「同じ20代とは思えねぇ」と呟いた。
「それはお互い様だよ」とモーリスは笑って返した。
「ケッ、何笑ってんだよ。……ほら見えて来たぞ。あのバーだ」
ジニーが顎で指した先には「Lily’s kitchen」と看板が掛けられたバーがあった。
降りたシャッターをジニーがバンバン叩く。ガラガラとそのシャッターを揚げて出てきたのは、40代前半くらいの散切り頭の日本人だった。
「よう、ナツ」
「ノックしてくれと言っただろジニー。暴動かと思ったぜ」
「したじゃん」
「違う。今のは殴打って言うんだ」
「どっちでもいいだろ。入るぜ」
「こっちの人は?」
モーリスを見て蝉平が自分の横をすり抜けようとするジニーに聞いた。常連が連れて来ているだけあって、警戒している感じはない。
「こいつはモーリス。広場でさっき知り合った」ジニーが軽く紹介した。
「さっき?」
「そう、ついさっき。……ほら、ぼっ立ってないで入んな」
ジニーに手招きされたモーリスは「どうも」と蝉平に断ってから店内に入った。
「ああ。Lily’s kitchenへようこそ」蝉平が店のシャッターを降ろした。