#10
「畜生が!!さっきのお巡り!『ここは駐車禁止ですよ』って。あんのクソが!」
「いーじゃん厳重注意だけで済んだんだから」
「ムカつくわ!!」
レストランバー、Lily's Kitchenの店内にジニーの怒号がこだまする。
「駐禁ね……それは確かにウザいわな」
蝉平がいつも通り、のらりくらりとジニーを宥めている。
「それで、どうすんだ。例のブラッドリーさん。DEAに言われたんなら遅かれ早かれ接触しなきゃならないだろ?」
「うっせぇぞ、バカリス。ブラッドリーは顔見知りだからどうにでもなるわ!」
(じゃあ、あんなに怒らなくっても良いじゃん……)
モーリスは出来たてのハッシュドビーフを口に運ぶ。
「それ美味いっしょ」
「最高ですよ」
得意気な蝉平と満面の笑みのモーリス。
「さ、じゃあ簡単だジニー。さっさとブラッドリーのお家に行くこったね。あんた一人で行った方がいいと思うけど、どう?」
「はぁ!?一人でかよ、ふざけんな!」
こっちはいつも通り冷静なジェナと雪の様な色白の顔に血が上りきったジニー。
「あたしらが付いて行くよりかはそっちのが上手く行くと思うよってこと。特におっさんなんてまだ顔も合わせてないわけだし」
「ハジきまくるかも知れねぇがな!あたしが」
「コラ、チャカぶっ放したらデレクが文句を言いに来るよ」
ジェナがクギを刺す。
(でも実はそれが目当てだったりして……)
モーリスはふと、DEA捜査官デレクの悪賢そうな顔を思い出した。
(しっかし、ジニーがイギリス人だったとは。でも警官と舞台女優の下りは本当か?いや、でも嘘をついてる感じでもなかったか……)
「よお、モーリス!!」
ガン!と、ジニーは飲み干したグラスをテーブルに叩きつけた。
「うわ!な、な、何さ」
「明日!明日ブラッドリーのお屋敷に連れてったげるわ。護衛だぜ」
「えぇ、やだよぉお〜」
「初顔合わせのご挨拶だぜ。な!」
「まあ、無理に止めはしないけどさ。ブラッドリーは偏屈だから気をつけな〜?」
「え、ジェナ今なんて?偏屈なのその人」
「うん、まあ……だね。知らん奴、いや興味の無い人間はとことん突っぱねる感じ」
「うわ……」
マフィアの根城になんぞ大金貰ったって行きたくない。しかし、ジニーも怖い。お先真っ暗のモーリスは青ざめた。
「でもさ」と蝉平が言う。
「海兵隊出身だったよな。ブラッドリーの旦那。モーリスと毛色が近いから案外気に入られたりして」
「海兵隊とマフィアって……。どんだけ恐ろしい組み合わせなんだ」
「おめえも似た様なもんだろうがハゲリス!」
「おっさんの方がヘタレ要素が濃いけどね……」
「あ、そうだったわ!こいつ失神するか腰抜かすかだもんな。キャッハハハ!」
「畜生てめぇら!ハゲにヘタレとはあんまりだ!!」
思わず口をついて出た心の叫び。明日のモーリスに光はあるのだろうか。
そして、不貞腐れる彼の肩をジニーがバンバン叩く。
「何かこいつをブラッドリーに見せんのが楽しみになって来たわ!!」
◆
ミッドタウンにあるそこそこ大きな商社ビル。商社というのは建前で、実際はクスリと武器の密売を得意とするマフィア、サイモン・ブラッドリーの持つ事務所の一つであった。
ビルの最上階のオフィスで、彼はボーッとしながら、10人ほどの手下が下品な振る舞いで仕事をするのを眺めていた。
「ボス。ラファロが無事に取引を終えたそうです。珍しく上手くやったみたいです」
配下の一人が同胞を馬鹿にして鼻で笑いながら言った。
ブラッドリーは
「そうか」とだけ返して、ギラギラとしたソファに体を沈ませながらタバコをふかす。
煙を吐きながら、何故だか彼は左腕にトライバルのドラゴンを彫った女狂人を思い出した。かつてのボスが持て余していた、あのジニーとか言う驚くほど気の荒いガキ。
(いつも何かとたかって来やがるもんなぁ、あのクソガキ……。でも見た目は上玉なんだよな。上手く捌きゃあ、良い金になったろうに)
いっそ攫って売っちまおうか。そんな取り留めのない邪心が頭をよぎる。
(それにしても、ダンフォードの道楽にも呆れるぜ……)
かつてのボスを腹の底で嘲笑った時だった。
タバコを摘まむ指に一瞬だけ神経痛の様なものが走って、指の感覚がなくなった。
(んんー?変な病気にでもなっちまったか)
少し焦って自分の指を見る。
無い。
自分の指が無い。変わりに真っ赤な血液が蛇口を捻った様に勢いよく流れ出ている。
「げっ!ボス!!!」
先ほど電話をしていた奴とは別の手下が異変に気づき、駆け寄って来たが、そいつの頭は一瞬でザクロと化して弾け飛んだ。
ガタガタと音を立てながら子分達が一斉に立ち上がるが、頭や首、或いは胸のあたりからどう見ても致死量の血を吹き上げながら死んで行く。
(何だぁー?俺は悪い夢でも見ているのか?)
目の前の凄惨な光景には不思議と恐怖は感じなかった。感じたのは驚きと、現実に対する不信感。
その不信感も、やがてゾロゾロと部屋に入って来た黒ずくめに目出し帽のヒットマン達の姿に消え失せ、ブラッドリーに容赦の無い現実を自覚させた。
「束の間の独立だったな、クソジジイ。三日天下とはこの事か」
ヒットマンの中で図体の一際デカイ奴がブラッドリーを椅子ごと蹴倒した。転がるブラッドリーを見下ろす彼の目には明確な殺意と侮蔑の意思が溢れていた。
「てめぇ……!!」
脳天まで貫く様な痛みに耐え、ブラッドリーが声を絞り出す。
吹き飛ばされた二本の指の切断面を抑えるものの、抑える指と指の間から湧き水の様に血が溢れる。ゴボゴボと信じられない音を立てながら。
「すげぇ、班長。指ィ撃ち抜くなんて……。それにしても、こんなに血が出るんスね、指って」
若い男の声がしみじみとそう言った。
ブラッドリーは最後の力を振り絞って年の割には随分と機敏に身を起こして、ヒットマンの"班長"に体当たりを試みたが、逆に膝蹴りのカウンターを派手に食らわされ、絶叫する様に呻きながらその場に蹲った。
"班長"は脚でブラッドリーのずんぐりとした巨体を軽々とひっくり返す。
ひっくり返されると、"班長"を真ん中に据え置く様にして、総勢7名のどす黒いヒットマン達に見下ろされていた。その城壁の様に冷たい視線から、自らの余命があと数秒であるを確信し、恐怖に狂った無様な姿で人生を締めくくるまいと腹を決めた。
「ほほう、腹を括ったか。流石は麻薬部長のブラッドリー」
"班長"の言葉に呼応する様に取り巻き達も、
「かっけぇじゃん」
「イカすぅ〜!」
と冷やかしまくる。ブラッドリーはもう何も言うまいとして、"班長"のギョロリとした眼を残りの全精力をもって睨みつけた。
「分かった分かった。悪かったよ」
"班長"は手にしていたグロックの銃口をブラッドリーに向けた。先程、彼の指を吹き飛ばし、部下を蜂の巣にしたグロックである。
ブラッドリーの顔に、僅かに恐れが浮かんだ瞬間、グロックの引き金は引かれた。
軽い銃声とともにブラッドリーの眉間に穴が開き、目は白目を向いて、彼の世界は暗転した。
「あ!」ブラッドリーの屍体を見ながら、"班長"が声を上げた。
「どうかしましたか?」
心配そうに自分に目を向ける弟分達に、しまった、と言う気持ちを目元だけで表しながら、
「ダンフォード親分に言われてたんだよ。『よろしく言っといてくれ』って。すっかり忘れちまった」
「あー、それは怒られますよ。ボスは1秒後に殺す相手にだってそれなりの敬意は払う主義ですからね」
弟分達がクスクスと笑い出す。
「おいおい、ボスに報告する時には気ィ遣ってくれよな。今度また俺ん家でやるパーティに招待してやっからよ」
クスクスと笑ってたのが、一気にどっ、とした勢いに変わった。
その振動で、オフィスのガラス張りの部分に飛び散った血液が細かく震えている。
それは、虫ケラの様に殺された事に対する無念で哭いている様であった。




