#1
実在する国家、特殊部隊、銃器、車等の名前が登場しますが、本作とは一切関係ありません。
砂埃の舞う中東の空は男達の戦いを静かに見守っていた。
アフガニスタンの市街地。アメリカ陸軍第75レンジャー連隊と、敵対する現地の民兵が銃撃戦を繰り広げている。
民家の陰に隠れていたモーリス・イーリー軍曹は、敵の様子を伺おうと頭を出した。
ビシッ!という脳に響く炸裂音と衝撃。敵の放った弾丸が彼のヘルメットをかすめたのだ。
「モーリス!大丈夫か!?今タマが当たった音がしたぞ」
最も仲の良い戦友、コリン・ベイリーが慌ててモーリスを見た。
「掠っただけさ、どうってこたない。こんなもの慣れっこだ」
民家の陰から思い切って身を出し、M4カービンライフルを連射する。
「よし、まず一人!ヘッドショットだ!」
「大したもんだな」
ギラギラとした表情のモーリスに、コリンが半ば飽きれた様な笑みを浮かべた。
二階建ての建物の中に潜んでいた民兵に対し、道路に散開していたレンジャー達は形勢的にやや不利ではあったが、その洗練された戦術を駆使して徐々に戦況を覆していく。
「よし、敵は弱っているぞ!モーリス!ベイリー!建物の中へ入って、敵を叩き潰して来い!俺達が援護する!」
指揮官が号令を出す。仲間の援護射撃と共に、モーリスとコリンは建物へ突入した。
一階に生きている敵はいなかった。手がもげている者、頭が半分になっている者、砕け散った肉片。もはや見慣れた光景ではあるが、やはり凄惨である。
「ひでえもんだな」
コリンが何気なく言った。
「ああ、でも……撃ってこないだけマシさ。それより、お祭り騒ぎやってる二階の奴らを片付けねえとな」
怒号を含む銃声が下まで響いてきている。モーリスは階段に近づき、そのすぐ後ろでコリンがバックアップに入る。
無駄に多い銃声の中、二人は慎重に階段を上がって行く。
「すげー撃ってるな、素人め……。これじゃ下が全滅しても分からんわな」
「全くだ……」
階段を上がりきった先の「お祭り騒ぎ」の部屋の入口手前で、二人は息を揃えた様に止まった。
「じゃ、派手に行こうかコリン」
コリンに目配せしたモーリスがフラッシュバンを投げ込む--。
耳をつんざく様な爆音を合図に二人は一気に部屋へ踏み込み、敵に銃弾を浴びせた。
血を吹き、バタバタと倒れる民兵達--。
「『敵兵を無力化』って所だな。ちょっとそこから合図してくるわ」
バルコニーに向けてモーリスが踏み出した時だった。
カキン。硬い金属音が鳴った。
瀕死の民兵の一人が手榴弾のピンを抜いたのだ。
それはゆっくりとモーリスの方に転がってきていた。
「クソ!モーリス!!」コリンが咄嗟にモーリスを突き飛ばす。部屋の隅まで飛ばされたモーリスの全身に、グレネードの衝撃が伝わってきた−−−。
「モーリス軍曹!モーリス!!」
指揮官の声に、意識を取り戻したモーリスは目を開けた。指揮官と他のレンジャー隊員が心配そうにモーリスの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か!?」
指揮官の両手に手を握られて、モーリスは力なく頷いた。
「モーリスは生きてる!」
別のレンジャー隊員が叫んだ。
「中尉、コリンは……奴は無事ですか」
今出せる精一杯の声量で、モーリスが尋ねると、指揮官は手を握る力を僅かに強めた。
「コリンはもうダメだ……。すまない、モーリス」
ああ、と思わず声が出た。モーリス・イーリーは自分だけ生き残ってしまった運命を呪った。
◆
半年後。ニューヨーク、マンハッタン。
朝9時。平日のこの時間、ここには人はあまり来ない。モーリスは芝生の生い茂った広場のベンチに石像の様に座っていた。その表情は暗く、ネガティブの深淵へとひたすら落ちていく様であった。
「おっさん邪魔」
若い女の声。顔を上げてみると、ミリタリージャケットにダークブラウンのカラーパンツを着こなした小さな女の子がバーガーショップの袋を抱えてモーリスの前に立っていた。
(この子は中学生?いや小学生だろうか。平日のこんな時間に何してんだろ……)
モーリスが訝しんだ時だった。
「邪魔だっつってんだろ、そこあたしの席だよ!!」
女の子は、その白くて小さな手からは信じられない強い力でモーリスの襟首を掴むと、猛烈な勢いでベンチから芝生の上に叩き落とした。
うげ、という妙な呻き声を上げながら激しく咳き込むモーリス。しかし怒りの感情は湧かない。ただただ気が抜けた。
代わりに後ろのベンチでは女の子が溜息を吐きながら座って、袋からハンバーガーを取り出して食べ始める。いい香りだ。
テディベアの様な姿勢で芝生の上に座り直したモーリスはうな垂れて目を瞑る。
(そういやコリン。お前ともよく食いに行ったな……)
「おう、おっさん」
女の子がモーリスに声を掛ける。
「……何だい?」
背中を見せたまま振り返らずにモーリスは応えた。
あのさ、と女の子は言った。
「どうせ座ってるだけならどっか別んとこに移ってくんないかなぁ?おっさんの臭そうな背中眺めながら飯なんて食えねえよ」
「ああ、ゴメン。……でも、君は学校へ行かなくていいの?」
「あ?何の話だ」
「いや、どうみても小学生か中学校に上がりたての子にしか見えないからさ。」
チッ、と「女の子」が舌打ちするのが聞こえた。
「あたしがチビだって言いてぇのか?」
あからさまに声が苛立っている。
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「……おっさんこそ会社へ行く時間じゃねえのか?あ、それともまさかの無職?」
「ああ……半年前からな」
ギャハハ、と女の子は笑った。
「だよなぁ、やっぱり!ていうかお前むしろ無職でいる時の方が長えだろ!」
「あー、それは間違い」
モーリスはその爆笑を遮った。
「軍人だったんだ……これでもレンジャーにいてさ、戦場で頑張ってたんだぜ」
女の子は少しの間黙っていたが、
「よう、おっさん。こっち向いてみろ」
とモーリスに言った。
「ええ?何だよ。まあいいけど……」
モーリスは座ったままの姿勢で向き直る。
さらさらとした金髪と透けるように白い肌が目に映った。ハンバーガーを膝に乗せているその女の子は綺麗な顔をしている。ただ一つだけ、その蒼い瞳には違和感を覚えた。彼女のそれは、相当に冷徹な光を帯びている。
(やばい目つきだな、こいつ)
モーリスが背筋に寒気を感じたと同時に女の子が、
「おっさん目つきヤバイよ。戦場で何があった?」
(お前に言われたくねえよ!)
喉元まで来た言葉を何とか飲み込み、
「仲間に死なれたんだ。目の前で」
と自分でも驚くほどすんなりと言った。思い出すのも辛いのに……。
ふーん、と女の子は顎に手を突いて、もう片方の手で半分まで食べ進めたハンバーガーが落下しないよう手を添えながら、遠くを見るような目でモーリスをじっと見た。
「……何だよ。」
痺れを切らしてモーリスが言った。
「いい感じに出来上がった顔になっちゃってるなあと思ってさ」
「はあぁ?何だそれ。」
「いや別に……軍人だったのは嘘じゃなさそうだね。ちょっと神経弱ってるっぽいけど。」
「悪かったな……。」
「気にすんなって。……レンジャーって特殊部隊?」
「まぁな。」
「へぇ。すげぇじゃん!おっさん今は無職なんだよな?」
女の子は頬杖をついたままモーリスを見ている。
「ああ。今はね」
「じゃあさ、あたしの仕事を手伝ってくんねぇか?」
「君の……仕事?」
「そ!ちゃんと礼はするぜ」
モーリスは考えた。
(たった今出会ったばかりの人間に手伝わせる仕事って何なんだろ?)
(そもそもこの子は何者?)
疑問に思うことは多かった。が、
(--まあ、大したもんじゃないだろ……。話だけなら聞いてやるか)
モーリスの中で、少女に対して湧いた興味が勝った。
「うん。話なら聞くよ」
「よし。なら場所を変えようぜ。こんなとこで仕事の話はするもんじゃねぇ」
女の子はハンバーガーを袋に戻して立ち上がると、それを適当に放り投げた。
「おっさん、ほら行くぞ」
モーリスは差し伸べられた白い手を握って立ち上がった。