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きっといまなら  作者:
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少しずつでも

▲▲▲


「海が見えるとこにしたくてさ。あんまり上の階は取れなかったんだけど」

部屋のベッドに腰掛けながら言うと、由佳ちゃんはかぶりを振った。

「十分だよ。この時期に部屋取るの大変だったでしょ?」

「いや、ちょうど何部屋かキャンセルが出たとこだったみたいでさ。ユカちゃんの日頃の行いが良いからだね♪」

まあ本当は同僚のコネでゲットした部屋であったりはするのだが、それは言わないでおこう。まあユカちゃん気付いてるっぽいけどな。

ユカちゃんは静かに満ち干を繰り返す海をじっと眺めている。大きな窓に触れている華奢な指先は、照明を落とした部屋に白く浮かび上がって見えた。見蕩れそうになるのに慌てて首を振って、オレはユカちゃんの隣に立つ。

「楽しかった、今日?」

「うん。久しぶりにはしゃいじゃったかな」

ユカちゃんはそう言って照れたように笑う。

「そりゃよかった」

喜んでくれたなら万々歳だ。

「あ、そうだ」

「なに?」

オレはポケットから細長い箱を取り出した。

「――改めてお誕生日おめでとう、ユカちゃん」

「え・・・用意してくれてたの?旅行だけでよかったのに」

申し訳なさそうな顔をするユカちゃんにひらひらと手を振る。

「いや、誕生日用に買ったわけじゃないんだ。ちょっと前に見つけて似合いそうだなって」

「・・・ありがとう。開けていい?」

頷いて促すと、ユカちゃんはリボンを解いて箱を開いた。

「あ、ネックレス?可愛いね」

嬉しそうに目が輝く。良かった、気に入ってくれたみたいだ。

ユカちゃんは何にでもありがとうって言ってくれるから、本当に好みかどうかは表情で何となく判断するしかない。オレにもらったものなら何でも嬉しいとは言うけれど、やっぱちゃんと気に入るものをあげたいもんな。

付けてくれるかな、と思ったがユカちゃんはそれを大事そうに箱に入れて仕舞った。

「・・・あの」

ユカちゃんが窓の外を眺めながらおずおずと口を開く。

「・・・どうして、これにしたの?」

「何が?」

黙ってベッドを指差す。どこからどう見てもツインベッドだ。おかしなところなんかない。

「どうしてって、別に深い意味はないけど・・・同じ部屋でいいってそういうことじゃないの?」

そう言うとユカちゃんはそっと目を伏せる。

「・・・私は、一緒のベッドでいいって言いたかったの」

「え?」

その意味を反芻してはっとする。

「い、いやだって、それはいろいろとまずいことに・・・!」

「まずいことって?」

「それはオレの理性が・・・!」

言いかけて慌てて踏みとどまる。やっべ、自分から信用失くすようなこと言ってどうするんだオレ。

「理性が、何?」

ユカちゃんが重ねて訊いてくる。心なしか怒っているようにも見えてオレはすっかり(こうべ)を垂れてしまった。

「その・・・うっかり押し倒しちゃうかもしれないし」

あーあ、台無しだ。こんなシタゴコロ丸出しの自分なんて見せたくなかったのに。

「それで?」

ユカちゃんはなおも尋ねる。完全に怒っている。こんなユカちゃんはもしかしたら初めてかもしれない。

「ええ?それでって・・・い、いやらしいことを・・・しちゃうかもしれないし」

何でこんなことまで言わされなくちゃいけないんだ、と泣きそうになりながら言い訳する。

「私、そういうことされたら嫌だなんて言った?」

「え?」

頭を上げるとユカちゃんの顔は全然怒ってなんかいなくて、むしろ悲しそうでオレははっとした。

「・・・ねえ、敦史くん」

ユカちゃんは5年前と同じようにそっと手をとる。

「私は、そんなに頼りないかな?」

「そういうわけじゃ・・・」

大事な人。守りたい人。そう思っていたのは確かだけれど。

「大事にしてくれるのはね、すごく嬉しいんだよ?私は敦史くんのそういうところが・・・好きだから」

「・・・うん」

「でもあんまり大事にされすぎちゃうと、ちょっと寂しいなって思うんだ」

ユカちゃんが哀しそうに笑って、そんな顔をさせてるのはオレなんだって思って愕然とする。

「――敦史くんは、京一くんじゃないんだよ?」

あまりにも突然に爆弾が投げられる。

「何で・・・京一が」

「だって、敦史くんを見てると時々そう思うんだもん」

ユカちゃんは今度こそ怒っているようだった。

「私は京一くんの代わりに敦史くんを選んだわけじゃない。だからそんな風に、京一くんみたいになろうとしないで」

「・・・ユカちゃん」

何でこんなに、分かってしまうんだろう。どうしたってこの子には敵わない。

京一みたいにすれば好きになってもらえると思った。京一が居ないんだからオレがユカちゃんを守らなくちゃって思った。

結局オレは昔のままだ。ユカちゃんが傷付かないように傷付かないように――そればっかり考えて勝手に突っ走っている。

「私は敦史くんが好きだよ。京一くんじゃなくて敦史くんが好きなんだよ。・・・それをちゃんと分かって欲しいな」

「・・・ごめん」

小柄な身体を抱き締める。思っていたよりずっとユカちゃんの想いは大きくて、深くて。それを全然分かってなかったんだってことが身に染みた。

「だから、そうやって自分を抑えようとしないで。私はちゃんと受け止めるから、弱いところもちゃんと見せて」

「・・・うん」

“愛しい”って言葉が自然に湧き上がった。こんなに強く心が揺さぶられたのは初めてだ。

止まれなくなるからとあんなに抑えていたキスを素直にしたのは、多分無意識からだったと思う。

そっと唇を離すと、頬を染めて微笑むユカちゃんの顔があまりにも嬉しそうで、幸せそうで、目頭が熱くなる。

「・・・意外と泣き虫だよね、敦史くん」

思わず零れ落ちる涙をそっと拭ってユカちゃんが言う。自分でもこんなに弱い一面があるなんて知らなかった。

「・・・花粉症の薬が切れたからだよ」

強がったのはまだ癖が抜けていないからだ。ユカちゃんが苦笑する。

「もう五月だよ?」

「・・・ヒノキはまだ飛んでるし」

ぼそっと呟くと、ユカちゃんはそういうことにしとこうか、と言ってまた笑った。

「あっくん」

唐突にそう呼ばれて驚く。

「って、呼んでもいい?」

「それは全然構わないけど・・・。あ、オレもゆかりんって呼んでいい?」

「んー、それはちょっと嫌かな」

ユカちゃんが珍しく不満そうな顔をする。

「じゃあユカちゃんでいいや」

「うん、それでお願いします」

改まった態度が妙に可笑しくて、そんな些細なことにさえ幸せを感じて穏やかな気持ちになった。

「・・・ほんと、ユカちゃんは可愛いーな」

「え、何か言った?」

無意識に呟いた言葉は案の定聞こえていなくて、でもそれでいいと思った。

「何でもないよ」

「本当に?」

「うん。何でもない」

チャラ男の自分はもう捨てたんだから、これでいい。“愛してる”と言いたければ、隠さないで素直にそう言えばいいんだから。


ネックレスを付けなかった理由は、その直後に知ることになった。

「ごめんね、狭くて」

シングルベッドは二人で乗るには狭い。けれどユカちゃんはオレを見上げた姿勢のまま首を振ってみせる。

「・・・ユカちゃんは、やっぱすごいよ」

オレがこういうことに躊躇してた理由まで全部言い当ててしまった。本当にこの子には敵わない。

「分かるよ。好きだもん、あっくんのこと」

「・・・ありがと」

綺麗事でなくそう言えてしまうのはユカちゃんだからなんだろう。やわらかい髪に指を通して、オレはそこに口付けた。

「ユカちゃんが全部欲しいって言ったら・・・軽蔑する?」

「そんなの思うわけない。だって、私もそう思ってるから」

嬉しいことを言ってくれる。その言葉だけでもう行為を止める言い訳がひとつなくなった。

「『優しくしてね』なんて言わないでよ、ユカちゃん?」

「・・・どうして?」

「意味無いから」

「そういうもの?」

「そういうもんだよ」

そんなこと言われたら逆に火が点いてしまう。ユカちゃん相手に乱暴なことはしたくない。

「・・・・・・あっくん」

「うん?」

「――優しくしてね」

ああもう、この子は・・・。どうしてオレの理性を脅かすことばっかり言うんだろう。

「・・・知らないよ?」

「うん」

「オレ、今まで溜まっちゃってた分すごく激しいかもしれないし」

「うん」

「初めてだから多分あんまり上手くないし」

「うん」

「ひょっとしたら性格豹変するかもしれないし」

「うん」

肯定しか返ってこないから心配になる。

「だから、今ならまだ・・・」

「駄目だよ、あっくん」

ユカちゃんはオレの頬を撫ぜた。

「全部受け止めるから、やりたいようにして?それとも・・・私のじゃ触っても面白くないかな」

「そっ、そんなことない!!」

不安そうに見上げてくる瞳にオレは慌てて首を振る。

「唇とか絶対やわらかいだろーなーとか思ってたし、腕とか足とか細くて綺麗だし、腕組んだとき胸当たらねーかなーとかちょっと考えてたし、そもそも手ェ握るだけで何これちっちゃっ!柔らかっ!!とか、そういうことになったときどんな声出すのかなーとかもう色々――!」

はっと我に返って見下ろすと、今まで見たことないくらい真っ赤になったユカちゃんが居心地悪そうに縮こまっていた。

「ご、ごめん何か・・・いやでもほら、そのくらいユカちゃんはミリョク的だからさ」

「あ、ありがとう・・・」

お互いに赤面してしまって何も言えなくなる。いくらでも待つとか決意しといて結構そういう目で見てるんだよなぁ、と我ながら申し訳なくなった。

「その、何ていうか・・・こんなのでも良かったらよろしくお願いします」

赤面したままユカちゃんは律儀に頭を下げた。

「いやいやもう、こちらこそご迷惑をお掛けしまして・・・」

こちらも頭を下げようとしてごちん、と額がぶつかった。

「・・・ふふっ」

「・・・なんだこれ」

変に緊張していたのが馬鹿らしくなってしまって、狭いのを承知でオレは彼女の隣に横になった。

「なんかもう、いっか」

「え?」

「お互い初めてなのに上手くやろうって方が間違ってたよ。だから・・・これからゆっくり慣れていこう」

身体を横に向けて小さな身体を抱き締めると、ユカちゃんが胸に頭を預けてくる。

「・・・うん」



オレたちは、しばらくそのままでお互いの温もりを感じていた。


実はこのあとベッドでイチャコラしたりプロポーズしたりするのですが、思いの外エロくなってしまったので困り中。

直接的な描写を削るか、あるいはその辺りをすっぱりカットするかどちらかをして投稿するかなぁと思われます。そのまま投稿するのは・・・難しいんじゃないかなぁ・・・。


こんな話を書く予定は当初全くなかったわけですが、10年後の京一を書くに当たっていろいろ考えた結果二人はこうなるだろうな、と。おそらくこのあと一気にバカップル化して、おじいちゃんおばあちゃんになってもそのまんまなんだろうなあと思います。


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