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きっといまなら  作者:
2/4

不自然な距離

△△△


綾ちゃんがイタリアに行ってから、そして私と敦史くんが付き合い始めてから5年経った。

私は無事に大学を卒業して働き始めていたけれど、高卒で働き始めた敦史くんとはやっぱりちょっと違うなって思う。なんていうか、時々敦史くんが私よりずっと大人に見えることがあるから。


違和感を覚えるようになったのはいつからだろう。

「じゃあ、また来週。夜になったらメールするから」

「うん。またね、敦史くん」

家まで送ってもらってから彼と別れ、私は扉を閉めて独り溜息を吐いた。

「今日も何もなかったなぁ・・・」

デートはすごく楽しかったし、敦史くんもそうだったと思うけれど、〝それだけ〟なんだ。

お互いもう子供じゃないし付き合ってから大分経つのに、敦史くんは一定の距離を保ったままで一向に踏み込んでこない。いくらなんでもお行儀が良すぎるような気がする。

「でも、言いづらいよね・・・」

まるで自分からおねだりしているかのようで気恥ずかしくなる。でも、何かきっかけがなくちゃこの曖昧な関係は動かない。私も敦史くんもお互い遠慮したままだ。

私は手帳をめくって今日の予定を確認すると、時計を見てから電話に手を掛けた。

『Chi parla?』

「あ、綾ちゃん?私だけど今大丈夫?」

『おー、なんだユカか。大丈夫、今日はオフだよ』

さっと日本語に切り替えて綾ちゃんは応えた。

「もうすっかり慣れたみたいだね、イタリア」

『そりゃあ5年も居ればな。肝心のサッカーの方はまだまだだけど、とりあえずリーグには入れてほっとしてるよ』

喜びのメールが届いたのは少し前のこと。綾ちゃんは着実に力をつけているみたいだった。

『――で、どうかしたのか?』

「え?」

『え、じゃねーよ。ユカが掛けてくるってことは何かあったんだろ?』

図星を指されてうん、と頷く。お互いに電話を掛けるのは決まって何か相談事があるときだから。

『――手を出してこないって、それあたしに言うか?』

ざっくり事情を話すと綾ちゃんは呆れたように言った。遠距離なうえに相手が京一くんってことは、多分綾ちゃんも似たような状況のはず。

「でもほら、高校のときとか・・・」

『昔だって別に何もねーよ。精々キス止まりだ。・・・しかもあたしからだし』

鬱陶しいとか言ってすぐに退けられたし、なんてぶつぶつ言っている。

『でもユカたちだってそのくらいはしてるだろ?』

黙り込むと綾ちゃんは恐る恐るといった口調で訊いてくる。

『・・・まさか、それもまだ?』

「・・・・・・うん」

綾ちゃんはなるほどな、と呟いて溜息を吐いた。

『付き合って5年でそれじゃ不安にもなるよな・・・しかもお互い二十歳過ぎてんのに』

大事に想ってくれてるんだろうけれど、あまりにも過保護すぎる気がして。

『壊れ物みたく思ってんのかもな、ユカのこと』

「うん・・・それがなんか、寂しいかなって」

常に感じている距離感は私への気遣いからくるものだと分かっているから、それ以上何も言えなくなってしまう。

綾ちゃんは少し考えてから、また口を開いた。

『でもさ、ちゃんと言った方がいいと思うぞ』

「・・・そうだね」

『いっそ、ユカの方から誘ってみたらどうだ?』

「え?」

『襲ってほしいならそういう雰囲気を作らなくちゃな。まさか5年も経ってんのに子供体型じゃないだろ?』

「・・・・・・」

沈黙で全てを悟ったのか、綾ちゃんが電話の向こうで頭を下げる気配がした。

『・・・なんかごめん。でもさ、多分脱げばどうにかなるって。むしろ敦はユカの身体にしか興味ないから』

「変な言い方しないでよ綾ちゃん!っていうか別に襲って欲しいとかそういうんじゃ・・・」

私はただ、不自然に空いてしまっている距離をどうにかしたいだけ。

『まあ、それは冗談だけどさ。ユカの方から言ってやらなくちゃ、多分あいつは動かないと思うぞ。あれでいて京並みに強情なとこあるからな』

そういう部分は、付き合うようになってから少しずつ見えてきた。それは敦史くんの強さであり、弱さでもある。弱みを見せないようにして守らせてくれないのは、私の無力さを突きつけられるようで痛い。

「ありがとう、綾ちゃん。少し頑張ってみるね」

『おう、頑張れよ~』

「――ねえ、綾ちゃん」

電話を切る前に、私はもうひとつ話題を切り出した。

「京一くんと、ちゃんと連絡取ってる?」

綾ちゃんは少し黙って、それから呟く。

『してるよ。メールだけだけどな』

「寂しくなったりしないの?」

『そんなの・・・考えても仕方ないだろ』

綾ちゃんは少し固い声で言ってみせる。強がりなのは見え見えだ。

どうして私の周りって、こんなふうに強情な人ばかりなんだろう。・・・ひょっとして私もそうなのかな。

『・・・でも、ちゃんと向き合うよ。自分の中である程度折り合いがついたらさ』

「・・・そっか」

その言葉に安心して、私は今度こそ電話を切った。

▲▲▲

ユカちゃんの誕生日、5月2日まであと一ヶ月というところまで来た。今年は日曜日だからゴールデンウィークとも重なる。

「準備のやりがいがあるってもんだよな♪」

サプライズにしようかとも思ったが、ユカちゃん相手に隠し事なんて出来そうにないからオレは素直に電話を掛けることにした。

『――誕生日?』

「そうそう、ユカちゃんどっか行きたいとことかあるかな~って」

『行きたいところかぁ・・・』

ユカちゃんが考えている間、オレはあれこれとプランを練ってはわくわくしていた。遊園地や動物園は定番だが、あんまり混んでないところの方がいいかもしれないな。

『敦史くん』

「ん、決まった?」

『うん・・・どこに行きたいとかそういうのはないんだけど・・・旅行とか、どうかな』

「いいんじゃない?あんまり遠くまで行ったことなかったし」

天気が不安定になりがちな時期ではあるが、日帰り旅行くらいなら調整しだいではどうにかなるだろう。

「一日で帰ってこられるとこっていうとどのくらいかなぁ・・・」

日本地図を思い浮かべながら首を捻る。関東から出るのは難しいかもしれない。

『いやあの、そうじゃなくって』

「え?」

『泊まりで・・・行きたいなって』

全く予想していなかった言葉にオレは一瞬固まった。

「泊まりって・・・ふたりで?」

『うん』

「そっか・・・」

オレは財布の中身と通帳に頭を巡らせた。・・・うん、ホテル二部屋分くらいは出せるな。

『ごめん、まずかった?』

「ううん、そんなことないよ。そうしようか」

心配そうに訊いてくるユカちゃんに慌てて言う。ユカちゃんの誕生日なんだ、満足のいくものにしてあげたい。

「場所はオレが決めちゃっていい?」

ユカちゃんはうん、と相槌を打ってから思い出したように言った。

『あ、泊まるところは同じ部屋でいいからね。無理して二部屋取らなくていいから』

「あ~・・・分かった」

さりげなく財布の心配をされているのが悲しい。やっぱまだまだ半人前だよな、オレって。

電話を切ってからふと気付いた。

「あれ?一緒の部屋ってことは・・・」

これはもしかしなくても誘われているのでは?と思いかける頭を慌てて揺さぶる

「いやいやいやいや、まさかユカちゃんがそんな」

あのユカちゃんがそんなことするわけない。そんな言葉一つで期待するなんて、男って悲しいイキモノだよな。

付き合い始めてから5年。周りには「まだ手ェ出してないのかよ」なんてよく馬鹿にされるが、オレとしてはまだ早いとさえ思っている。

「・・・傷付けたく、ないもんな」

結婚するまでは綺麗な身体で、なんて時代錯誤なことを言うつもりはないが、ユカちゃんにとっては大事なことだし。

別に待つのは全然構わないんだ、オレはそういうことばっかりが目的じゃない。

「・・・完全に強がりだけど」

いかんいかん、と雑念を振り払い、オレはめぼしい行き先を探し始めた。

△△△

敦史くんの提案どおり、私たちは海へ向かうことにした。

「水族館なんてどうかなって。ほら、今までなんだかんだ行ってなかったじゃん」

イルカやアシカのショーを挟みながら水族館を巡る。五月とはいえもう暑いくらいの陽気だったから、たまにかかる水飛沫が気持ちいい。

「ユカちゃん、見て見て」

敦史くんが全く似ていないマンボウや深海魚の真似をしては私を笑わせてくる。その間もお互いの手はずっとつながれていて、もうどきどきすることはないけれど、少し骨ばった大きな手に私はいつしか安心感を覚えるようになっていた。

「この辺でちょっと休もっか」

「え?」

敦史くんが足元に目をやっているのに気付いてはっとする。ああ、好きだなぁって思うのはこういうとき。

「ありがとう、敦史くん」

ヒールの私を気遣ってくれているんだろう。いつものことだけれど、でもこれは当たり前のことじゃないんだっていうことは分かっているつもり。ちゃんと周りを見てる敦史くんだから、さりげなくこういう気遣いが出来るんだ。

だからこそ、いつも彼に頼ってばかりいることが心苦しい。もう少しお互い支えあえるようになれたらいいのになって私は思っているのに。


「ちょっとだけ海に行ってみよっか」

本格的な海水浴シーズンではないものの、浜自体は解放されている。私たちは靴を脱いで波と軽く戯れた。ちょうど夕日が沈むところで、海はオレンジ色に煌いている。

「うふふ、つかまえてごらぁーん」

敦史くんが内股で走り出すのを苦笑しながら追いかける。完全に立場が逆だけれど、楽しいから別に構わない。傍から見たらバカップルなんだろうな、とは思うけれど。

しばらくそうしていると、やがて完全に日が沈んだ。

「――そろそろ戻る?」

今日こそこの関係を変えるんだって思ってここまで来たけれど。

振り返る敦史くんの顔はいつもと何も変わらなくて、私だけ変に緊張しているのが馬鹿みたいだった。

「どうかした?」

「ううん。行こう、敦史くん」

私は慌てて首を振った。



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