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きっといまなら  作者:
1/4

答えはここに

時系列的には「きっとどこかに」「それはひそかな」「それはいつかの」と「いまもどこかに」の間の話になります

きっかけをくれたのは、やっぱり綾ちゃんだった。


きっといまなら


「卒業したらさ、海外に行きたいなって思ってるんだよ」

部活を引退してしばらく経ったあとうちへ来て、綾ちゃんはそう言って頬を掻いた。

「海外って、旅行に?」

「いや・・・サッカーやりに」

そこまで言われてやっと綾ちゃんの言わんとすることを悟る。

「綾ちゃん、神戸の監督に呼ばれてるんじゃなかった?」

二年生のときの高校選手権でかつてないほどの好成績をとったので、綾ちゃんは今日本中から注目されている選手だ。W杯やオリンピックへの出場にも期待がかかり、当然プロのチームからも声が掛かっている。

「まあ、それは何ていうかすごくありがたい話なんだけど・・・その環境の中でやったら甘えちゃう気がしてさ」

私が黙っていると、綾ちゃんは観念したようにお茶を置いた。

「・・・分かってるよ、あたしはただ逃げてるだけだ。こんな風に期待されて、ちゃんとそれに応えられるか怖くて仕方ない」

「・・・そうだね」

期待されることは重い。まだ18歳の綾ちゃんが背負うには大きすぎるほどに。

「まあ、でもそれ以上にさ」

綾ちゃんは畳の上に横になって天井を仰ぐ。

「知名度も何もないような土地であたしがどこまでやれるか・・・試してみたい」

そう言う綾ちゃんの目は闘志に燃えていて。

「それが本音?」

「・・・うん」

綾ちゃんは天井へと手を伸ばす。

「周りからのプレッシャーに耐えるより、自分で自分を追い込んだ方がよっぽど面白いじゃんか」

それは至極もっともで、綾ちゃんらしい台詞だと思った。

「・・・どこに行くつもりなの?」

「うーん、別にどこでもいいけど・・・やっぱヨーロッパかな。イタリアとかいいかも」

私は地図上の地中海に思いを馳せて、そうしてその距離の大きさに呆然とした。

「そんなに遠くに行っちゃうんだね・・・」

引き止めるつもりはなかった。一緒には居たいけれど、綾ちゃんの夢を応援してあげたい気持ちの方がずっと強い。

「――ユカはさ、ここの大学に行くんだろ?」

ふいに綾ちゃんが尋ねてきた。

「うん。やっぱりこの町から離れたくないかなって」

京一くんも学部は違うけれど同じ学校を受けるみたい。

「・・・そっか」

何だか歯切れが悪いので顔を覗きこむ。

「それがどうかしたの?」

「いや・・・ごめん、今あたし嫌なこと考えた」

綾ちゃんは手の甲で目を覆うようにする。

「嫌なことって?」

そう尋ねると綾ちゃんは一瞬口をつぐんでから言った。

「・・・あたしが居なくなったら、よりを戻すんじゃないかって」

「誰が?」

「誰がって・・・ユカと京に決まってんだろ」

「え?・・・ああ、そっか」

合点がいって頷くと、綾ちゃんはぷっと吹き出して起き上がった。

「あーごめん、分かった。それは絶対ないわ」

「え?」

「全然そんなこと考えてなかったんだろ、ユカは?」

「うん・・・」

そういえばそうだ。少し前ならこれをチャンスだって考えて、そうして自己嫌悪に陥っていたはず。

「本当に、吹っ切れたんだな」

綾ちゃんが微笑む。

「・・・そう、だね」

いつの間に、こんなに軽くなっていたんだろう。自分でも全然気付かないうちに、私は京一くんへの想いを清算できていたんだ。

「この様子なら京に襲われでもしない限り大丈夫だな」

「襲うって・・・京一くんはそんなことしないよ」

「分かんねーぞ。あいつはこれから何年も欲求不満になるんだから」

あたしの所為だけどな、と呟いて綾ちゃんは笑ってみせる。もう完全に行くことに決めたみたいだ。

「・・・なあ、ユカ」

「なに?」

「もう、三年経つぞ」

一瞬でその意味を悟る。

「・・・そうだね」

分かってる。どうして京一くんのことを吹っ切れたのかなんて。

「そろそろさ、向き合ってやってもいいんじゃねーの?」

「うん・・・ちゃんと、考えてるよ」

メールのやり取りはずっと続いているし、会うこともたまにある。あのときは出せなかった答えも、今なら伝えることが出来ると思う。

「でも、もうちょっと待って欲しいかな」

「何で?」

「今就職活動で忙しいみたいだから・・・卒業するまでは、このままで」

本当に申し訳ないけれど、今彼に負担をかけたくない。

「・・・何ていうか、ユカって案外厳しいのな」

「えっ?」

「あいつにはそういうのより、ユカがチューしてやる方が断然効果的だと思うぞ」

・・・まあ、そんな気もするのは確かなんだけれど。

「私の方も、もう少し時間が欲しいかなって」

彼への想いに気付けたからといってすぐに応えられるほど、私は器用じゃないから。

「・・・そうだな。まあ三年も三年と四ヶ月も大して変わんねーか」

綾ちゃんは彼の顔を思い浮かべたのか、そう言って皮肉気に笑ってみせた。

▲▲▲

『春休みになったし、少し会えませんか?』

そんなメールにガッツポーズを決めたのは三日前のこと。

「へへ、会うのいつぶりかなあ・・・」

ユカちゃんは受験があったから、ここしばらくは控えていた。もっともその前だって頻繁に会っていたわけじゃねーんだけどさ。

「デートって思っていいんだよな、これ?」

完全に遊びの誘いだもんな。CD返すとかじゃねーもんな。

自分も受験で大変なはずなのにユカちゃんはオレが面接に行くたびに励ましのメールを送ってくれていた。そのおかげでオレは無事運送会社に就職が決まって、春からは晴れて社会人だ。だからそれに応えるようにオレもユカちゃんの受験のときたくさんメールを送って、そうしてユカちゃんは志望していた近くの国立大に受かったらしい。キョーイチも同じとこってのがちょっと気に食わねーけどな。

「でもま、ちょっとはオレのこと見直してくれたのかもな」

もしそうならすっげー嬉しいな、と思いながら家を出た。


桜には少し早いが、梅はもう咲いているらしい。オレたちは比較的町から近いスポットを選んで花見に行くことにした。

「わあ、本当に満開だね」

ユカちゃんが感嘆の声を上げる。今日は暖かい上に休日だから、人も多い。

「桜はあとちょっとかかるんだっけ。それも見に行きたいね」

嬉しそうに微笑んでいる顔を見て、それってオレとふたりでってこと?と訊けない自分がもどかしい。まだまだ距離は遠くて、中学の頃とあんまり変わらねーんだなって思う。

「そ、それってさ」

「なに?」

「あ、いや・・・そう、キョーイチが来てたら大変だったよな~、って」

「ああ、京一くん花粉症ひどいもんね」

「そうそう」

何でこういうときにキョーイチの話題出しちまうかなあ、オレ。ユカちゃんは純粋にオレとの時間を作ってくれようとしているのに。

「――ねえ、梅原くん」

「えっ、な、何ユカちゃん?」

変なことを考えていた所為か、少し声が裏返る。ユカちゃんはちょっと笑って話を続けた。

「本当に、今までありがとう」

「え?」

一瞬首を傾げて、すぐに受験のことかと思い当たる。

「ああ、いや別に気にしないで。オレのときもたくさん励ましてもらったから、そのお礼だって」

しかしユカちゃんは違うの、と首を振った。

「そのことじゃなくて・・・ううん、そのこともすごく感謝してるんだけど・・・それ以上に――今までずっと、私を待っていてくれてありがとうって言いたくて」

何のことか分からなくて首を傾げていると、ふいに左手に何か温かいものが触れた。

「・・・ゆ、ユカちゃん」

触れてきたのはユカちゃんの指だった。そのままそっと握られる。


「――好きだよ、梅原くん」


「え・・・」

「今までずっと、中途半端な状態で待たせてごめんね」

そう言ってユカちゃんは微笑む。

「えっと・・・今日って何日だっけ?」

「エイプリルフールじゃないよ?」

「じゃあ・・・夢とかでもない?」

「頬っぺたつねってみたら?」

つねってみた。うん、すっげぇ痛い。

「・・・・・・本当に?」

おずおずと尋ねるとユカちゃんは頷いてみせる。

「まだ、私を好きでいてくれるなら・・・付き合ってくれると嬉しいな」

「そ、それはもちりょん!」

うっわ、何でここに来て噛むかなぁ・・・。

気を取り直してユカちゃんの手を握り返す。

「・・・そんなの、当たり前じゃんか。オレはずっとずっと、死んでもユカちゃんが大好きだよ」

生まれ変わってもきっと好きになるよ、って真面目な顔で言ったらユカちゃんはちょっと笑った。

「あのさ、ちょっと離してもいい?」

「え?うん・・・」

手が離れたところで、オレは両手を突き上げた。

「おっしゃあああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

「えっ、ちょっと梅原くん!?」

全身でガッツポーズをする。ユカちゃんが慌ててるけど今は止めないでほしい。

やっと叶ったんだ。ガキの頃からずっと温めてきた想いが。

好きって言われるのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。嬉しすぎて、幸せすぎて涙が溢れそうになってくる。


「・・・ユカちゃん」

「なに?」

「・・・オレ、何か花粉症かかったかもしれない」

涙に滲む視界で呟くと、ユカちゃんはそうだね、と呟いて微笑んだ。


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