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異世界恋愛短編小説

子爵令嬢ジョルジーナと乱暴な婚約者

作者: クギツムギ
掲載日:2026/05/30

 異世界に転生して、子爵令嬢ジョルジーナになった。でも、私の婚約者のトニオはあんまりいい人じゃなかった。


 トニオは私に対して、暴力をよく振るってきた。場所はトニオの伯爵家の中か、私の子爵家の中が多かった。つまり、他に貴族には知られないような場所でだけ、トニオは私に対して暴力行為を働いてきた。


「ジョルジーナ様、抵抗しないでくださいね。ジョルジーナ様は僕に大人しく殴られていればいいんですよ。ジョルジーナ様は僕の所有物なので、僕がジョルジーナ様に何をしてもいいですよね」


 今日もトニオの伯爵家内で、トニオはそんなことを言いながら、私を何度も殴ったり蹴ったりした。


 いつも私は自分の頭を必死に守っていた。頭に大ダメージを食らって、数日後や数ヶ月後に死亡なんて嫌だし。


 だから、今のところ私は何とか生き延びている。でも、このままトニオに暴力を振るわれ続けたら、いつか私は死にそうで怖かった。だから、私はトニオに媚びて、トニオの機嫌を取ろうと頑張っていた。


「大変申し訳ございません。トニオ様、暴力はおやめください」


 私は悪いことをしていないはずだが、トニオに何度も謝罪した。もちろん、トニオは殴る蹴るを止めなかった。


「僕が暴力をやめるなんて嫌ですよ、ストレス発散になりますから。ジョルジーナ様は都合のいいサンドバッグでいてください。ジョルジーナ様はサンドバッグを見たことがありますか。ほら、王国騎士団の練習場に置いてある袋みたいなものが、サンドバッグというものですよ」


 トニオは愉快そうに言ってくる。この異世界のサンドバッグが、前世のものと全く同じかは分からない。でも、人間をサンドバッグにするの意味自体は、この異世界も前世も同じらしかった。


「もう無理です。誰か助けてくださいっ」

 

 思わず私はそう言ってしまった。でも、トニオの伯爵家の者や、私の子爵家の者が、私を助けてくれるはずがない。


 だって、トニオと私は政略結婚目的の婚約関係だ。そして、トニオの伯爵家は莫大な権力を持っていた。つまり、私はトニオに対する捧げ物のような存在だった。

 

 トニオの暴力を、私が我慢していればそれで済む話なんだ。そうすれば、トニオの伯爵家と、私の子爵家の利益関係はうまくいくんだ。


「ジョルジーナ様を助けに来る人なんて、いるわけないでしょう。ジョルジーナ様はバカですねえ。でも、僕はまだ手加減しているのですよ。僕とジョルジーナ様の初夜は、首絞めを試しましょうね。そのあと、僕とジョルジーナ様の子どもができたらどうしましょうか。そういえば、僕は赤ん坊を一回投げ捨ててみたかったんですよ。幼い子どもの当たりどころが悪くて死んでも、ジョルジーナ様が子どもをまた産んでくれるでしょうし」


 トニオの発言がひどすぎた。トニオが私の首を絞める段階で、私は死にそうな気がするけれどさ。それより、子どもの件がひどい。


 私だけ暴力に耐えて結婚生活を送ればいい、なんて話じゃないんだな。自分が子どもを産んだら、その子どもも暴力にさらされるのか。


 場合によっては体罰も必要、みたいな意見の人がいるのは知っている。でも、子どもが死亡または後遺症の残る可能性のある暴力は、しつけとも呼べない気がする。


 そもそも、トニオはストレス発散のために暴力を振るうタイプだ。つまり、子どもが悪さを働いていなくても、トニオは子どもに対しても殴る蹴るを繰り返す可能性が高い。


「トニオ様。子どもには手を出さないでください」


 私はかなり強めに言った。でも、トニオはせせら笑うばかりだった。


「嫌ですね。子どもってかわいいオモチャみたいなものでしょう。オモチャで遊んだらいけないなんて、変じゃないですか。オモチャは叩いて壊すものですよ」

 

 トニオは楽しそうに言った。正直ありえないと思った。今すぐ私はトニオを通報してしまいたい。トニオなんか衛兵に逮捕されてしまえばいい。


 でも、私はトニオを通報することができない。なぜなら、『私がトニオを通報して逮捕に追いやった』なんて事実ができあがれば、トニオの伯爵家は黙っていないだろうからだ。


 トニオの伯爵家が私だけに復讐するならば、まだ構わない。でも、トニオの伯爵家は、私の子爵家の家族にも罰を与えるだろう。つまり、私の両親や兄や妹が危ない、殺される可能性すらある。


「かしこまりました」


 だから、私はそのように言うしかない。私はトニオに従うしかないんだ。


 でも、それでいいのだろうか。自分の命だけでなく、将来産まれるであろう子どもの命まで、危険にさらすのか。そんなのいいわけないだろ。


 このまま私はトニオと結婚なんかしちゃダメだ。私は自分の手を汚さずに、トニオを排除しなければならない。でないと、将来の自分の子どもが、トニオに攻撃されて潰されてしまう。


「ふん。分かればいいんですよ」


 トニオは満足そうに言って、私の右足を思いっきり踏みつけた。あまりにも痛くて、思わず悲鳴が出そうになった。


「……っ」


 でも、私は叫ばないよう我慢した。なぜなら、自分が大声を出すと、トニオがもっと痛めつけて来ることも多いからだ。


「ジョルジーナ様の足があまりにもキレイなので、つい暴力を追加で振るってしまいました。ジョルジーナ様の足に痕が残ってしまうかもしれません。でも、大丈夫ですよね。ドレスの長いすそで、ジョルジーナ様の足を隠してくださいよ。この国のパーティドレスは、引きずるような長さのものが流行りなので、ジョルジーナ様の足くらい隠れるでしょう」


 トニオは愉快そうに言ってくる。こんなおぞましいトニオを許してはいけない。トニオは子どもが相手だったとしても、平気で踏みにじりそうだし。


「かしこまりました」


 私は従順な返事をしつつ、策を考えていた。なんとしてでも、トニオと私の婚約を解消してみせる。


 公衆の面前でトニオが暴力性を発揮してしまう事件さえあれば、トニオは逮捕される気がする。そうすれば、トニオと私の婚約解消もしやすくなるんじゃないか。


 あくまで自分がトニオを通報する形を取らないよう、気をつけるべきだが。やってみよう。


 そして、次の社交パーティの日、私は右足を引きずって歩いた。自分は不自然なくらいゆっくり移動してみせた。


「ジョルジーナ様。足の調子がよくなさそうですけれど、大丈夫ですか」


 トニオは優しそうに聞いてくる。でも、今のトニオは内心ブチ切れているのだろう。私には分かる。


 トニオは暴力性を、他の貴族には知られたくない。だから、トニオは暴力の証拠を隠そうとする。そのため、私が足の痛みを隠せていないと、トニオはイライラしてしまうのだろう。


「はい。ご心配をおかけして申し訳ございません」


 私はそう言いながらも、右足を思いっきり引きずる。でも、これは演技だけじゃない。実際に私の右足はかなり痛いので、リアリティのある引きずり方になっているはずだ。


 すると、偶然通りがかったヴィートが、びっくりしたように見つめてきた。ヴィートは侯爵家の男性だ。しかも、侯爵家の中でも王族に近いくらい、権力のある家の者だった。


「ジョルジーナ様。足がとても痛そうですね。何が原因でそうなったのですか」


 ヴィートが聞いてきた。なかなか好都合な質問だ。


「ご心配をおかけして申し訳ございません。ちょっとその、色々ありまして。私は右足を痛めてしまいました」


 私はあえてそんな言い方をした。私の右足を痛めた原因を、とても言いにくい感じに表現してみせた。


 そして、『私の右足を痛めた原因は、他人に言いにくいことだ』というニュアンスで、ヴィートに伝わったようだった。ヴィートが疑わしげな目つきになった。


「ジョルジーナ様の身に色々あったのですね。お大事にしてください」


 ヴィートはそう言った。すると、トニオが苛立たしげに、私を睨んできた。


「大丈夫ですよ。ジョルジーナ様は大げさなんです。ジョルジーナ様は健康体そのものですよ」


 トニオがそう言って、私の肩に触れた。そして、トニオが手に力を入れて、私の肩を思いっきりつかんでくる。


「痛っ」


 トニオの力が強すぎて、私は声が出てしまった。演技じゃなくて、本当に痛すぎる。


 私が痛がったせいで、トニオが険しい表情を浮かべた。そして、トニオは私の肩を激しく揺さぶってくる。


「ジョルジーナ様、痛くなんかないですよね。ジョルジーナ様は病弱ぶりっ子して、何が楽しいのですか。ジョルジーナ様は僕に恥をかかせる気ですか。ふざけないでください」


 トニオはそんなことを言いつつ、私を突き飛ばした。私は転んでしまい、ドレスのすそが少しだけめくれあがってしまう。つまり、真っ赤に腫れ上がった右足が、周囲に見えてしまった。


「ジョルジーナ様の右足、とても痛そうですよ。ジョルジーナ様、大丈夫ですか」


 ヴィートがそう言って駆け寄ってきた。すると、なぜかトニオが叫び出した。


「このジョルジーナ様は僕のものですっ。ヴィート様はジョルジーナ様のことなんか、お気になさらなくて結構ですよっ」


 トニオがそう言いつつ、歯ぎしりしながら、私のお腹を蹴っ飛ばした。痛い、苦しい。吐きそう。


「さっきからトニオ様はジョルジーナ様に対して、何をしていらっしゃるのですか。この国において暴力行為は法律で禁止されていますよ」


 ヴィートがあわてたように言って、衛兵を呼んだ。すると、トニオは焦って弁明を始めた。


「違うのですよ。今のは暴力のつもりではなく、じゃれあいです。ほら、僕とジョルジーナ様は婚約者同士ですから、距離が近いのですよ。ジョルジーナ様もそう思うでしょう」


 トニオは下手な言い訳をしつつ、私に話を振ってくる。私は床に倒れたまま、なんと言うべきか考えた。


「はい。いつもトニオ様は、このようなじゃれあいをなさります」


 私は悲しそうな表情を全力で作りつつ、そう答えた。実際のところ、私はトニオからの暴力に慣れすぎて、もはや悲しみなんて感じる余裕もないのだけれど。


 私はトニオをかばうように見せかけて、トニオの普段の暴力性を肯定した。それが伝わったのか、トニオは思いっきり激怒した。


「ジョルジーナ様は僕をかばうことが下手ですねっ。ジョルジーナ様は女性なのですから、男性をかばうことが役目でしょうっ」


 トニオは私をまた蹴り飛ばそうとした。すると、トニオと私の間に、ヴィートが割り込んだ。


「トニオ様には貴族としての誇りもないのですか、見苦しいことこの上ありません。トニオ様は衛兵に逮捕されてください。そして、トニオ様はジョルジーナ様との婚約も解消しなさい」


 ヴィートが冷ややかに言う。すると、衛兵達がトニオを拘束し始めた。


「違うんです。ジョルジーナ様が全部悪いんですよ。ほら、結婚前の女性を殴ってしつけて、意見の言えない従順な女性に仕上げるべきでしょう。いくら法律で暴力が禁止されているとはいえ、暴力は必要なんですっ」


 トニオはそんなことを言いながら、衛兵達に連行されていった。ああ、これでうまくいったのだろうか。


 私がトニオを衛兵に通報した形ではないから、トニオの伯爵家は私に復讐してこないと信じたい。私の子爵家の家族達も、無事に生き延びられると思いたかった。


 トニオの伯爵家の恨みを、ヴィートは買うだろうか。いやでも、侯爵家の中でも、ヴィートの家は権力が特に強い。あんなヴィートの家に盾突こうだなんて、トニオの伯爵家でも考えないだろう。


「ジョルジーナ様、大丈夫ですか。立てますか。もしよろしければ、ジョルジーナ様がトニオ様との婚約を解消したあと、僕がジョルジーナ様をお守りいたしますよ」


 ヴィートがそんな声をかけてきて、手を差し伸べてくれた。ああ、このヴィートの言葉は信じてもいいのだろうか。


「ありがとうございます。心から感謝いたします」


 私はそう言いつつ、ヴィートの手を取った。

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